振り込め詐欺が初めてマスコミに取り上げられた当時、ある警察高官は「放っておけば日本社会がめちゃくちゃになる」とコメントしていた。窮地に陥った肉親のふりをして老人に電話をかけて現金を騙し取るという非情な手法が、日本人の心を根底から危うくしかねないのだと、警察の幹部たちは素早く察知したのだ。

振り込め詐欺は、それほどの破壊力を秘めているのだ。何といっても、現代の日本人の心性に精通しつつ、それを金のために踏みにじることを躊躇しない。いったいどんな人間が実行犯なのか、被害者はどうやって選ばれるのか、あるいは誰が詐欺話の筋書きを練っているのか等々非常に気になっていたし、設定を次々と変えつつ、同種の電話越しの詐欺が後を絶たないことも不思議だった。

本書はそうした疑問の数々に、明快かつ丁寧に答えてくれる1冊だ。著者は、世間的には「不良」と一括されるであろう少年少女の生を追いかける傑作ルポを、すでに何冊か著している。振り込め詐欺も、実行犯の多くが若者なので、著者の取材の網に引っ掛かったことが本書の執筆の発端なのだろう。

読んでみて驚きだったのは、詐欺結社といいつつも、それは暴力団のようながっちりした組織ではなく、被害者の名簿、詐欺話のシナリオ、演技力のある電話部隊、そして注意深い管理者さえ揃えば誰でもできてしまう、流動的な集団。いわばフランチャイズ式なのである。これは欧米の麻薬組織と同じ理屈で、いつでも末端を切り捨てられるようにしてあるのだ。

そうしたドライな組織なだけに、著者が実行犯の不良少年たちに密着して得た証言は、凶悪でこそあるがどこか醒めている。

「俺自身、元々は結構太いとこで、振り込めのプレイヤーやってたんですよ。融資保証金詐欺とオレオレですよね。それで3年ですけどプレイヤーでモシモシやって、それから番頭任されるようになったんですよ」

ここでいう「プレイヤー」が、実際に電話をかけて(=モシモシやって)人を騙す役であるのは明白だ。“番頭”などという言葉を使っているところからもわかるように、実行犯たちにとっては、詐欺は仕事なのである。いや、学歴社会から落ちこぼれた不良少年たちにとっては、数少ない経済的な上昇の回路なのだ。そのためか、極めて不愉快な読み物のはずの本書には、上質の青春小説の味わいすら漂っている。

その一方で、詐欺に「投資」して収益を吸い上げる“金主”の正体が最後まで明かされないところなど、なかなか不気味だ。一つ間違えると取材者が消される、本当に恐ろしい世界なのだということが伝わってくる。

そして何より、才覚豊かな少年たちが心優しい人々を騙す詐欺に向かわざるをえない理由の一端が、現代日本の若年者雇用の惨状にあるという著者の結論には、首肯せざるをえない。