巨大合併の陰には「バトンリレー」

野村ホールディングス
代表取締役・グループCEO 
永井浩二
(ながい・こうじ)
1959年、東京都生まれ。81年中央大学法学部卒業、野村証券入社。95年豊橋支店長、97年岡山支店長、2000年事業法人一部長、01年京都支店長、03年取締役、07年常務執行役、09年代表執行役兼専務、11年代表執行役副社長兼Co-COO。12年より野村ホールディングス代表執行役・グループCEO。

2004年9月、薬品大手・三共の会長から、電話が入った。社長と2人でいくから、野村証券の社長に会いたい、とのことだ。当時45歳。企業の資金調達やM&A(合併・買収)などを手伝う、企業金融本部担当の執行役だった。三共は「主幹事」と呼ぶお手伝いのまとめ役を、長く野村が務めてきた1社だ。

どんな用件で訪ねてくるのか、担当役員としては、気にかかる。同席したいと伝えると、「社長1人と会いたい」と断られた。2人が帰った後で社長に呼ばれ、話の内容を知る。三共が第一製薬と経営統合する、その手伝いをしてほしい、という極秘案件だ。すぐに社内にもわからないようにチームを設け、経営統合が実現する日まで、黒子の作業が続く。

電話をもらった三共の会長と出会ったのは5年前。入社以来、投資家相手に株式の売買などを扱う営業ひと筋だったのに、突然、企業金融へ異動した際だ。当時の事業法人一部次長となり、三井物産、東急電鉄、そして三共を担当した。会長はまだ専務で、薬品業界の将来像や生き残り策を話し合い、次長から部長へ昇格する過程で、いろいろ提案した。そのときは「先々の話」との位置付けだったが、京都支店長を2年弱やって戻ると、専務は社長になっていた。再び戦略を論じる機会が訪れ、翌年、極秘の電話を受けた。

事業法人部や企業金融部は、誰か1人がヒーロー役を演じる場ではない。俺が大きなディールをまとめてやると力み、独りで収穫を得ようと思っても、そうはいかない。お客の経営陣が何を考え、何を求めているかをきちんと受け止め、どういう提案がベストかを考え抜く。歴代担当者が、そうやって、お客からの信頼を積み重ねる。そのなかで、あるとき、たまたまバトンを受け取っていた人間にチャンスが訪れる。