バッタ博士・前野ウルド浩太郎は、なぜバッタに惚れたのか。
それは「変身」するからだ。
聞けば、なぜ、どのように(ベルトもなしに)バッタが変身するのか、その肝心なところは謎のままだという。
だが、我らがバッタ博士は今、その手がかりをつかみつつあるのだ。

人間でいう「人相」のように

孤独相(上)と群生相(下)の終齢幼虫(撮影=前野ウルド浩太郎)。

私は相変異の謎が解きたい。

説明しよう。相変異とは、バッタ研究の中で最も注目される現象で、「相変異の謎を解明する者は、バッタの大発生を制する」とまで考えられている。

相変異は生物学の専門用語で、要は変身のこと。人間でいう「人相」のようにサバクトビバッタにも「相」があり、育つ環境が影響する。エサが豊富で周りに他個体がいない環境でのんびり育つと、お互いを避け合うおとなしい「孤独相」になる。一方、エサが乏しく多くのバッタが1カ所に余儀なく集まり、他個体とぶつかり合いながら育つと、群れることを好む獰猛な「群生相」となる。性格だけではなく、見た目もまるで異なる。

孤独相は生息地の色に自分の体色を似せることができ、天敵の目をくらます。一方の群生相は皆が一様に目立つ体色になる。その昔、あまりの変貌ぶりに両者は別種だと勘違いされていた。そもそもバッタはなぜ相変異を進化させ、変身するのか? それは、生き延びるため。そして、子孫を残すためである。

我々ヒトは寒ければ服を着て、ストーブで暖をとる。長距離を移動するには車や飛行機を使う。ヒトは「モノ」を使うことで手っ取り早く環境に適応し、目的を成し遂げる。しかし、昆虫は自分自身を「変化」させて環境に適応する。たとえば、アブラムシのように同じ種でも悪化した生息地から脱出を試みるものは長距離を移動できるように翅をつくり、一方、居心地の良い環境で移動する必要がないものは翅そのものをつくらず、本来翅をつくるためのエネルギーも使って、繁殖に専念する。

昆虫は将来、自分自身あるいは子が遭遇するであろう環境に備え、温度や日照時間の長さ、エサの質など何らかの情報に反応して最も適した「変化」をする。一度変化の路線を決めたら変更がきかず後戻りできないもの、いつでも柔軟に変更できるものなどさまざまで、種によって異なる。

情報を読み間違えるとせっかくの変化も裏目に出てしまう。どの情報を使うかは重要な問題である。バッタの場合、「混み合い」すなわち他個体とのぶつかり合いを情報として読んで変身する。彼らにとって高頻度のぶつかり合いは、エサ不足などの厳しい環境の訪れを意味する。バッタはいつでも柔軟に変化でき、さらに孤独相と群生相との中間の特徴を持つものも現れ、変化が連続的なのが特徴だ。相変異は、バッタと一部のガの仲間でしか見られない(ちなみに相変異を示すものが「バッタ」、示さないものが「イナゴ」だ)。