鍵は「野外」にあるというのに

産卵中のサバクトビバッタ。群生相化するとメス成虫は集団で産卵する(モーリタニアにて。撮影=前野ウルド浩太郎)。

孤独相は無害だが、群生相になると害虫化する。群生相の出現は大発生の前兆となるので、群生相になるメカニズムの解明がとくに注目を集めてきた。私は華麗に変身するサバクトビバッタに惚れ、惚れた相手が変身する秘密を知りたくなった。したがって、これまで手掛けてきた研究のすべては相変異がらみだ。

相変異の仕組みはどうなっているのか。バッタにホルモンを分泌する器官を移植したり、ホルモンを注射する生理的な実験によって、相変異にホルモンが関与していることがわかってきた。

そして数年前、われわれヒトの鬱を引き起こす原因である神経伝達物質のセロトニンがサバクトビバッタの群生相化を引き起こしていることが明らかにされ、科学雑誌の最高峰「サイエンス」の表紙を飾った(Anstey et al., 2009)。相変異に関わる新発見は科学的に高い評価を受ける。

野外で相変異がどのようなプロセスで起こっているのか、なぜ相変異するのかといった謎を解明することができれば、群生相化を阻止するなどの有効な防除技術が開発できると考えられ、過去100年以上に渡ってヨーロッパを中心に膨大な研究が行われてきた。しかし、相の変化がどうなっているのか、その一部はわかってきたが、相変異のメカニズムには未だに不明な点が多く、得られた成果も防除技術開発に十分反映されていない。

この連載の第1回目でも触れたが、その最大の理由は、従来の研究がサバクトビバッタの生息しない地域の実験室内で行われており、生息地での野外調査がほとんど行われていないため、野外での生態に関する情報が欠如しているからだ。生態が不明であるため殺虫剤を効率良く散布する技術が開発できず、現状では環境を汚染するリスクを負いながら広大な発生地域全てに殺虫剤を散布せざるを得ない。

相変異を知ると具体的に何ができるのか。例えば、産卵にも相変異が関わっている。サバクトビバッタは湿った地中に産卵するが、孤独相は単独で産卵するのに対し、群生相は集団で産卵する。集団産卵がどのように行われているのか、その謎を解くことができれば、産卵場所を前もって特定できたり、産卵したいバッタを1カ所におびき寄せて一網打尽にするなどの応用ができる。これまで、群生相が何におびきよせられているのかということは研究されてきたのだが、研究者によってバッタの姿やニオイ、卵のニオイなど主張が異なっており、一貫した結果が得られていない。いずれも室内実験の結果で、実際に野外でどうやって集団産卵されているか詳しく観察されていない。

年間数百億円もの被害を出す害虫にもかかわらず、なぜ誰も野外調査をしないのか。これも連載第1回目で書いたが、現地の研究者はすぐに偉くなってしまうので野外の現場に出ることができず、白人研究者はテロリストのターゲットになるので、野外に出ることができないのだ。

ならば、私が行こう。

私がやりたいことは、研究の初心に立ち返り、今まで手付かずだった野外生態を解明することだ。野生のバッタがいつ、どこで、何をしているのかを自分の目で観察し、本来の姿を知る必要があるのだ。