TOPIC-2 なぜ紋切型の世界観になるのか

この連載の初回(「『極端な事例』から現代社会を読み解く」)では、「私たちの日常生活のなかでは曖昧なままになっていることがら――どう生きるか、どう働くか等――が、端的に『結晶化』されているメディア」として自己啓発書を位置づけ、読み解いていくのだと述べました。では、1年間の連載のなかで扱ったさまざまなテーマの啓発書には、どのような価値観の結晶物をみることができたのでしょうか。順にみていくことにしましょう。

連載第2テーマ「心」では、ベストセラーの傾向から、内面に対する2つの態度をみることができました。1つは、現代人の「心」は不安にさいなまれ、ストレスを抱え、他人に傷つけられたものであるため、自分自身でそれを癒し、整えていこうとする態度です。もう1つは、他人の「心」を読み、自分に有利になるように操作していこうとする態度です。

自分自身か、他人かという対象こそ違いますが、ここからさらに2つの価値観をすくいとれるように思います。1つめは、「心」を操作することで問題は解決するという価値観です。これは逆にいえば、前回も述べたことですが、「心」の問題が生じる社会的背景は論じられないか、せいぜい単純な書き割のように、ありふれた紋切型の表現でしか論じられないということでもあります。

もう1つは、他人は自らに害をなす存在だとする価値観です。この価値観が根底にあるからこそ、他人から身を守る(「心」を守る)ために自らの内に防御壁を作る、あるいは他人を操作し、より優位に立つことで害を食い止める、といった行動がその後に促されるわけです。後者の場合は、操作のハウツーを実行すれば、いとも簡単に他人を動かすことができるとも語られます。これも、他人を単純な書き割のようにみなしている態度の表われだと考えることができます。

こうした他人とどう関係性をとっていくかということ、つまり「つながり」のあり方に関しては、第6テーマ「セルフ・ブランディング」で論じました。近年のブランド論では、自分という存在は、自分の思うことのみで出来上がっているのではなく、他人からの評価や受容を通しても出来上がっているとする、いわば社会学的な自己観に近い考えが示されています。

この考えにもとづいて、特に近年ではソーシャルメディア上を中心に、他人からの評価・受容をより獲得しようとするハウツーが示されるわけですが、ブランド論では他人との「つながり」に関する、独特なルールがしばしば示されていました。つまり、自分を受け入れてくれる人だけと結びつこう、そうでない人は捨て置こう、もしくは積極的に拒否しようという価値観です。「無縁社会」という言葉が示すような、「つながり」に関する問題が発生する社会的文脈ではなく、まず自分自身の「つながり」を確保しようとする価値観もしばしば示されていました。つまり、自己啓発書における「つながり」観はとても利己的で、都合のよいものだということです。