カウンセリングの技法は、日常の中でどのように活用できるのか。ベテランのカウンセラーで、認知行動療法を得意とする伊藤絵美さんは「認知行動療法のうち、『問題解決法』は、目の前にある現実の問題をどう理解して、それに対してどうアクション(行動)を起こすか、という非常に実践的な技法。私も、『大嫌いな原稿執筆を先に進めるには』『翌朝の早起きが嫌で仕方がない』『ついさぼってしまうトイレ掃除をこまめにするために』などで活用している」という――。(第2回/全3回)

※本稿は、伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)の一部を再編集したものです。 

ブラシでトイレ掃除
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問題解決法という最強の対処法

「認知再構成法」とあわせて認知行動療法のもう1つの横綱技法である「問題解決法」について、私の実践を紹介します。

問題解決法とは、文字通り「問題を解決する」ための技法で、①「何が問題か」を理解する、②解決策をイメージする、③解決策を実行する、④結果を検証する、の4つの流れで行います。

認知再構成法が認知に焦点を当てた「思い直し」の技法だとすると、問題解決法は、目の前にある現実の問題をどう理解して、それに対してどうアクション(行動)を起こすか、という非常に実践的な技法だということになります。ここでは、私自身が「これはうまくいったなあ!」と自画自賛している数々の問題解決法の実践例を紹介していきます。

大嫌いな原稿執筆を先に進めるための問題解決

① 何が問題か:そもそも原稿を書くのが嫌い。文章や構成を考えるのが面倒くさい。PCを開くと誘惑に負けてネットを見てしまう。締め切りに多大なプレッシャーを感じる。「今日はいいや」と自分を許して、執筆を先延ばしにする。どんどん執筆が遅れる。最悪の場合、締め切りを過ぎてしまう。自分を責める。ますます原稿執筆の仕事が嫌いになる。

② 解決策のイメージ:毎朝、起きたらPCを立ち上げて、原稿のファイルをとにかく開く。「10分でいいから」と自分にいって、とにかく何か入力する。休日にPCを持ってカフェに行き、原稿を少しでも書き進めたら、チーズケーキを食べていいことにする。文章を書く気になれないときは、キーワードだけ書き連ねる。「どうせ書くならとっとと終えたほうがよい」と自分にいいきかせる。本当に気が向かない原稿の仕事は最初から断る。

③④ 実行と検証:朝イチでファイルを開くのは、できている(実は今もそうやって朝イチでこの原稿を書いています)。お気に入りの某カフェに行くときはPCを持参している。ケーキはご褒美として有効。集中しようとするのではなく、スキマ時間にちょこちょこ書くという作戦で今のところ何とかなっている。先日は1つ、依頼を断った。原稿を書く仕事を好きにはなれないが、このやり方であれば、何とかやっていけそうではある。

翌朝の早起きが嫌で仕方がないときの問題解決

① 何が問題か:翌朝、早起きしなければならない。早起きは苦手。睡眠時間を削るのも嫌。明日の早起きを思うと今から憂うつ。夜更かしが好きなので早く寝るのも苦手。

② 解決策のイメージ:携帯でアラームをセットし、保険をかけて目覚まし時計もセット。前の晩の夕ご飯を軽めにする。なるべく早めに食べ終えるようにする。早起きのことを思うと呼吸が速くなるので、深くゆっくりとした呼吸を心掛ける。寝るときにラベンダーのアロマオイルを枕カバーにふりかける。明日の朝、しゃきっと目覚めて行動する自分をイメージリハーサルする。いつもより1時間早めにベッドに入る。ベッドで好きな漫画を読み、眠くなったら寝る。早起きして1日元気に仕事ができたら、夜はご褒美でビールを飲む。

③④ 実行と検証:今でも早起きは憂うつだが、ゆっくり呼吸するのと、1時間早めに寝るのとで、何とか睡眠時間を確保し、翌朝も予定通り早起きして何とかパフォーマンスは保てている。1日働いた後のビールは美味い!

目覚まし時計
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トイレ掃除をこまめにするための問題解決

① 何が問題か:部屋が散らかっていても、自宅のトイレだけはまあまあ綺麗な状態を維持したい。しかしついつい掃除をさぼってしまう。床が埃っぽい。水回りが薄汚い。便座の裏とかうっすら汚い。トイレに行くたびに「掃除しなきゃな」と思うけど、後回しにしてしまう。

② 解決策のイメージ:水回りは毎回手を洗うときに、ざっと手で綺麗にする。床はトイレに入るたびにトイレットペーパーをちぎって、ざざっと埃を取る。トイレを出るときに、箱に入っているトイレクイックルを半分ちぎって箱の上に置いておく。次にトイレに行ったとき、そのクイックルで便座をざっと掃除する。

③④ 実行と検証:トイレクイックル作戦は大成功! 箱の上に置いたクイックルが、乾いて使えなくなるのが嫌なので、次にトイレに行ったときに、どうしてもそれを使ってざざっと掃除をすることになる。他もすべて「ついでの行動」なので、あまり苦もなく毎回できる。トイレがまあまあ清潔な状態に保たれていると気分がよい。

難しい専門書を読み進めるための問題解決

① 何が問題か:読まなくてはならない、あるいは読んだほうがよい専門書がある。分厚いし、内容的にも難しい。持ち歩くには重すぎる。ということは家で読むしかない。しかし家には様々な誘惑があって、なかなか落ち着いて読書ができない。そういう本が何冊もたまっている。

② 解決策のイメージ:そういう本はリビングの椅子の横に積んでおく。朝、10分だけ、テレビやネットを消して、その本を手に取る。とりあえず開く。たくさん読むことや、きりのよいところまで読むことは、はなから目指さず、とにかく10分間、スマホのタイマーをセットして、読み進める。「なるほど」と思った箇所はマーカーを引く。10分経ったら、どんなに中途半端な箇所でも、「それでよし」として、読み終える。どんなに分厚い専門書でも、いつか読み終わるだろう。

③④ 実行と検証:ずっと読みたかったが積読になっていた大著『愛着と精神療法』(デイビッド・J・ウォーリン著、津島豊美訳、星和書店)という本について、実践してみた。何カ月もかかったが、最終的に読破できた。一気読みするより、少しずつ読むほうが、かえってよく理解できたように思えた。今では毎朝、この方式で、専門書をちょっとずつ読む習慣ができた。

痴漢撃退のための問題解決(これは大学生だった頃の話です)

① 何が問題か:通学のための満員電車で毎日のように痴漢に遭う。痴漢されると怖くて心身が固まってしまい、身動きが取れなくなる。怖いだけじゃなく、気持ち悪いし、むかつくし、その日1日の気分が台無しになる。今と違って「痴漢は犯罪です」というコンセンサスもなく、耐えるしかなかったが、ある日、電車を降りたら、私を痴漢していた男も一緒に降りてきて、なんと「お茶しませんか?」とナンパしてきた。私は仰天した。痴漢に対して固まっているだけじゃ、こちらが嫌だということが伝わらないのだ。痴漢にナンパされるなんて冗談じゃない! 黙って耐えるだけじゃ嫌だ! 仕返ししてやりたい!

② 解決策のイメージ:(今なら、周囲の人にも協力してもらって、痴漢を駅員に突き出して捕まえてもらうだろうが、当時、そういう選択肢が私にはなかった)ポケットに安全ピンを入れて持ち歩くことにした。痴漢に触られたら、その手を避けるのではなくグッとつかむことにした。それで相手が手を引けばよしとする。それでも手を引かない場合は、そいつの手をこちらから捉えて、安全ピンの針をそいつの手の甲に刺してやることにした。

③④ 実行と検証:こちらがそいつの手首をグッと強くつかもうとすると、案外痴漢は手を引っ込めるということがわかった。捕まりたくないのだろう。それでもなお、手を引っ込めない奴は、安全ピンでそいつの手の甲をチクッと刺してやった。刺すところまでいったのは3度ぐらいしかなかったが、どいつも「うっ」とうめき声をあげ、手を引っ込め、2度と触ってこなかったので「よし」とした。

母の入院先を見つけるときの問題解決

① 何が問題か:(これは2019年の話です)脳出血でほぼ意識のない母親をケアしてくれる病院がなかなか見つからない。看護師の妹が1度引き取って介護したがそれには無理があり、再度、病院に入院してもらったがケアが不十分で、娘である私たちがいたたまれない。安心してケアをお願いできる病院をどうやって探したらよいかわからず途方に暮れている。

伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)
伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)

② 解決策のイメージ:自分たちの手持ちの情報ではどうにもならないので、フェイスブックで友人たちに事情をありのままお伝えし、病院や介護施設についての情報提供を依頼することにした。

③④ 実行と検証:フェイスブックで友人たちに助けを求めたところ、多くの友人から様々な情報や助言をもらうことができた。そのなかから看取りまでお願いできそうな病院の情報が見つかり、その病院を見学し、そこに母のケアをお願いすることになった。入院費はそれなりにかかるが、母の貯蓄から出すことにした。その病院のケアは素晴らしく、私たちは安心して母を委ねることができ、2021年4月に亡くなるまで、お世話になることができた。情報提供してくれた友人たちと、その病院には深く感謝している。

以上、問題解決法の私自身の具体例を6つ挙げてみました。いかがでしょうか? 現実的な問題を具体的に理解し、それを解決するための手段を具体的にイメージし、実行してみて結果を検証する、という問題解決法の流れをおわかりいただけたでしょうか。

千葉敦子さんの生き方を象徴している

問題解決法は認知行動療法の主要技法の1つですが、私が尊敬するジャーナリスト、故・千葉敦子さんの生き方を象徴するものでもあります。千葉敦子さんは、生活するうえで、そして生きるうえで遭遇する様々な問題を、ときには1人で、ときには友人ら他者の助けを借りて乗り切っていくという問題解決のプロフェッショナルでした。乳がんを患い、再発したときも悲観することなく、ずっと住みたかったニューヨークに移住し、そこでも問題解決を重ねながら、天寿をまっとうされました。

自分らしく主体的に生きるための思想であり技術

彼女は著書にこう書いています(『「死への準備」日記』126~7ページ)。

私は大きな困難に出合ったら、まずその問題を分析して、どう対処するかを考える。問題に直面した直後の一時間くらいは、衝撃が大きすぎて何も考えられなかったこともあるが、そのあと、だれに相談したらいいかを考え、解決のために一歩踏み出す。最初に乳癌を発見したときも、ついこの間、右側にしこりを見つけたときもそうした。アメリカの保険会社に健康保険の申し込みを断られたときもそうしたし、何度か失職したときも同じようにした。
だから、いまのように病気が重くなり、治療の可能性が非常に低いという状況にあって、もし鬱状態に陥ったり、寂しさ、悲しさに襲われて仕事や日常生活がまともにできない、というようなことでもあれば、さっそく専門家の助けを借りるだろう。
だが、いまのところ、私は治療の激しい副作用に苦しみ、体力低下に悩みながらも、気が沈んでいる状態が何時間も続くことはない。寂しさとか悲しさとも無縁だ。私は、癌にかかったことをとくに不幸な事件だとは思っていない。私のこれまでの人生は、いくつかの困難があったにせよ、楽しい思い出に満ちている。

私は千葉さんの著作が大好きで、ほぼ全作揃えており、ときどき読み返しては、彼女の「問題解決法のスピリット」に毎回新鮮に感嘆し、そこから多くを学びます。千葉さんの著作は残念ながらほぼ品切れになっており、なかなか入手しづらいのですが、『昨日と違う今日を生きる』という著作だけは電子書籍で読めるので(2023年5月現在)、ぜひ皆さんにも読んでいただきたいと思います。

自分の人生の主人公は自分自身でしかありえません。問題解決法は、自分自身の人生を自分らしく主体的に生きるための思想であり、技術だと私は考えています。まあ、要するに問題解決法が大好きなんです。その魅力が皆様にも伝わったら嬉しいです。