※本稿は、伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)の一部を再編集したものです。
「思い直し」の技術「認知再構成法」
認知行動療法には、「認知再構成法」と「問題解決法」という、ちょっと難しい名前の技法があります。この2つは認知行動療法の「横綱技法」ともいわれるもので、汎用性と効果がエビデンスとして示されているとてもパワフルな技法です。
本書は認知行動療法の解説書ではないので、この2つの詳細は他の本(『世界一隅々まで書いた認知行動療法・認知再構成法の本』『世界一隅々まで書いた認知行動療法・問題解決法の本』(どちらも遠見書房)に譲るとして、私がこれらの技法をどのように使っているか、具体例をあれこれ紹介したいと思います。
まずは認知再構成法から。
「認知を再構成する」とは、平たくいうと「思い直しをする」ということです。「Aと思ってしまったが、改めて考え直してBと思ってみる」というのが「思い直し」ですね。これは日々、皆さんがやっていることですよね。仕事でちょっとしたミスをしちゃったとき、「あ、やべえ!」と一瞬思っちゃったけど(「あ、やべえ!」が自動思考です)、「早く気づけてよかった」「まだ誰にもバレてない」「今度から気をつけよう」と思い直せば、これはもう立派な認知再構成法なんです。
なので普段から、Aという自動思考が出て自分が苦しくなったあとに、自ら思い直してBという別の考えを出して、自分をなぐさめたり、励ましたり、開き直ったりすることができている人は、認知再構成法が上手にできているということになります。自信をもってください。
コツその1:「自動思考」と「助ける思考」を対話させる
認知を再構成するには、様々なやり方やツールがあるのですが、私がもっぱら重宝しているのは、対話のワークです。自分を苦しめる「自動思考」のパートと、そういう自分を自動思考から救い出す「助ける思考」のパートとを、頭のなかで対話させます。例を挙げます。これは数日前に実際に私が行った対話のワークです。
自分を苦しめる「自動思考」と救い出す「助ける思考」
【自動思考】:アマゾンのレビューで自分の本がめちゃネガティブに評価されていたのを読んじゃった。何でこんなこと書かれないといけないんだろう。私の本って、そんなにひどい? この人、私のことを嫌っているんだろうなあ。ああ、気持ちが落ち込む! レビューなんて見なきゃよかった。
【助ける思考】:あら~、それは災難だったね。ほんと、レビューなんて見ないほうがいいかもね。あれこれ好き勝手に書かれているのを見ちゃうから。
【自動思考】:そうなのよ。見なきゃよかった。でも自分の本だから評判が気になるじゃん。それに悪い評価だけじゃないし。
【助ける思考】:でしょう? 悪い評価だけじゃないでしょう? それなら悪い評価だけを見て落ち込むのはやめたら?
【自動思考】:確かに。でもなんか気になっちゃうんだよね。あと知らない人、いや、ひょっとしたら知っている人かもしれないけど、とにかく誰かに嫌われたり恨まれたりしているような気がして、薄気味悪いというか怖いんだよね。私、その人に何かしたんだろうか?
【助ける思考】:身に覚えがあるの?
【自動思考】:とりあえず、ない。ないから、かえって怖いのよ。
【助ける思考】:確かにね。ところでアマゾンのレビューでひどく書かれている以外に、実害ってある?
【自動思考】:うーん。ない気がする。ネットでエゴサーチとかしたらなんか書いてあるかもしれないけど、私、それこそ怖いからエゴサーチしないし。
【助ける思考】:アマゾンのレビューでひどく書かれることの実害は?
【自動思考】:そのレビューをうのみにしたり、同意したりする人が出てくるだろうってこと。そうそう、そのレビューが「役に立った」とフィードバックしている人がそこそこいるの。それも怖い。私にはそのレビューは悪意としか思えなくて。その悪意が広がっていく感じがして。
【助ける思考】:なるほど。ちなみに悪意を感じられるレビューに「役に立った」とフィードバックする人がそこそこいたとして、そこに何か実害はあるの?
【自動思考】:うーん。それで本の売り上げが若干落ちる可能性はあるけれども、それ以上の実害はないかもしれない。強いていうと、私がこういうふうに嫌な気持ちになること自体が実害かな。
【助ける思考】:では、その嫌な気持ちをどうしましょうかね? どうやって自分をその気持ちから救い出す? そういう嫌な気持ちになった自分に、何と声をかけることができそうかしら?
【自動思考】:そうだなあ。「1度本を出しちゃったら、100パーセント良い評価を受けるなんてことはありえないのだから、たまに悪い評価があったって、それは本を出した代償として引き受けるしかないんじゃないの?」といってみようかな。
【助ける思考】:では自分にそういってあげてみて。どういう自動思考が出てくるかな?
【自動思考】:代償っていう言葉は嫌だな。なんか悪いことをしたみたいじゃない。あと、「何で私が人の悪意を引き受けなければならないの?」という気持ちにもなった。
【助ける思考】:そっかあ。じゃあ、別の言葉をかけてみようか。
【自動思考】:「自分の気分が悪くなる以外に実害はないのだから、深刻に受け止め過ぎず、悪くなった気分をケアしよう」というのは、どうかしら。
【助ける思考】:それを自分にいってみて。どうですか?
【自動思考】:うん、それならピンとくる感じがする。もういったん気分が悪くなっちゃったのだから、その気分をケアするしかないもんね。
【助ける思考】:どうやってケアする?
【自動思考】:レビューのことばかり考えていてもしょうがないので、それについては「うんこのワーク」でトイレに流して、あとは別のことをして気をそらそうかな。それからかま吉(ぬいぐるみ)をだっこして、なぐさめてもらう。
【助ける思考】:かま吉は何と言ってなぐさめてくれるの?
【自動思考】:「大丈夫。大丈夫。何も悪いことは起きないよ。かま吉がついているから大丈夫だよ」と言ってくれると思う。
【助ける思考】:かま吉にそう言ってなぐさめてもらえると、どうなるの?
【自動思考】:ホッとして安心する。自分の気分以外に実害はないのだから、確かに大丈夫だよな、と思えそう。かま吉がそう言ってくれると説得力があるし。
【助ける思考】:それはよかった。では、この件についてはもう大丈夫かしら?
【自動思考】:うん、大丈夫になった。助けてくれてありがとうね。
対話のワークは以上です。いかがでしょうか? 「アマゾンのレビューに悪意ある評価がついて怖いし、気分が悪い」という最初の反応(自動思考)が、対話のワークを通じて、「自分の気分以外には実害はない。気分については『うんこのワーク』でトイレに流し、何か別のことをしよう。かま吉が言ってくれている通り、大丈夫なのだ」という新たな思考が導き出され、そのように思い直しすることによって、私は気を取り直すことができました。
この対話のワークのコツは、「頭のなかの言い聞かせ」にしない、ということです。
言い聞かせることなら、簡単にできますが、頭のなかの言い聞かせ、すなわち「理屈」ってほとんど役に立ちません。理屈ではなく、「どう感じるか」「腑に落ちるか」を基準に対話をすることが大事です。
コツその2:ひたすら優しい言葉をかけ続ける
「セルフ・コンパッション」という考え方と方法が現在注目を集めています。コンパッションとは、「思いやり」「やさしさ」のことで、自分の心身に痛みを感じたときに、そこにそっと視線を向け、思いやりのあるやさしい言葉をかけていくことが「セルフ・コンパッション」になります。
自動思考に気づき思いやりのある言葉をかける
たとえば、私は先日、左の手首を痛め、大好きなピアノを弾くときも手首が痛いので、絶望的になってしまいました。「あー、動かすと手首が痛い。せっかく最近、ジャズピアノを習い始めて、ピアノを練習するモチベーションが上がってきたところだったのに。そんなときに限って、なんでこんなふうに手首が痛いのよ! ピアノの練習ができないじゃない! あー、神様って意地悪だ」という自動思考が生じます。
その自動思考に気づいた私は、「あ、かなり絶望的になっているな。心どころか身体が実際に痛い今こそ、セルフ・コンパッションを実践するチャンスだ。早速やってみよう」と考え(これ自体が一種の思い直しなので、ここですでに認知再構成法のプロセスは始まっています)、自分に向けて、次のような言葉をかけてみることにしました。
「身体が痛いとつらいよね。左手首が痛いなんて、あなたは左利きだから特に、地味にずっとつらいよね。あまり痛みがひかなかったら、整形外科にかかるとして、今は、その痛みをマインドフルに観察し、受け止めてみよう。そして痛くない左手の動きを探してみよう。ピアノに関しては、本当に残念だね。左手の練習は、今は中止するしかないけど、そりゃあ、がっかりしちゃうよね。でも右手の練習は続けられるから、そっちだけでも続けてみたらどうかなあ。絶望しちゃう気持ちはよくわかるけど、大丈夫。今、できることをやってみよう。それにしても痛いの、つらいよね。ひどいことにならずに、早くよくなることを祈っているよ」
こう自分に思いやりのある言葉をかけることで、私の気持ちはやわらぎました。
ちなみに、「結局これって、先に紹介されている対話のワークと全然変わらないじゃん」と思う方がいらっしゃるかもしれません。そしてそれはおっしゃる通りで、対話のワークで導き出される新たな考えも、セルフ・コンパッションによって導き出される新たな考えも、結局は同じようなものになることが多いです。要はどちらでもよいのです。自分にとって苦しい自動思考を、対話のワークによって思い直しをしてもよいし、セルフ・コンパッションで思い直ししてもよく、そのときどきで気が向いたワークをすればよいのだと思います。
コツその3:イメージのなかで納得のいくストーリーを作る
もう1つ、イメージを使った思い直しのワークを紹介しましょう。
先日、私は駅のホームで中年男性に思い切り身体をぶつけられました。女性で、身体の小さい私は、昔から、駅のホームや街中で男性から身体をぶつけられることが、ときどきあります。
同じ体験をした人には、わかってもらえると思いますが、これって一瞬の出来事で、「え⁉ 今私ぶつかられた? これって故意だよね」と思ったときには、時すでに遅し、ぶつかった張本人は、もうどこかに消えてしまっています。つまり抗議や仕返しができない状況です。
「呪いのストーリー」をイメージする
これにはもう本当に腹が立ちます。自分より身体的に弱い立場の小柄な女性にわざとぶつかってストレスを発散しているのでしょうか? その人にとってはストレスコーピングでも、こちらにとっては完全に暴力です。本当なら捕まえて警察に突き出して暴力事件として処理してもらいたい案件です。しかしそれも難しい。本人がすでにいなくなっちゃっているので。
そこで、こういうときは、イメージワークをすることにしています。身体をぶつけたおじさんをぶん殴るイメージとか、背後から飛び蹴りをするイメージとか、現行犯逮捕されて面倒なことになるイメージとか、そういう単純なイメージをすることもありますが、私はもっと念入りに、その人が今後、次から次へと不幸な目に遭って(例:野生の猿に襲われる、落とし穴にハマる、携帯や財布を落として2度と見つからない、雷に打たれる)、最終的には死んだら地獄に落ちて、死んでからもずっと不幸が続くといった「呪いのストーリー」をイメージするのです。
「何と人が悪い」と眉をひそめる人もおられるかもしれませんが、一方的にやられた側としては、このぐらいのイメージを作ってようやく怒りが若干治まる程度です。
こんなふうにイメージを伴うストーリーを作ることで、思い直しすることができるのです。もちろんこういう呪いのストーリーだけでなく、自分がハッピーになるストーリーをイメージするのでも全く構いません。コツはとにかく本気でリアルにイメージすることです。
以上、認知再構成法の思い直しについて、私自身が重宝している3つのやり方をご紹介しましたが、重要なのは自動思考に気づきを向け、それに巻き込まれず、マインドフルに受け止め、そのうえで、対話をするなりセルフ・コンパッションをするなりイメージをするなりすることです。自動思考に気づくことが重要な第一歩なんだ、ということを忘れないようにしてください。