男女ともにフェアな環境整備をしてこそ、本当の両立支援施策に
――今の女性活躍の現状をどう見ていらっしゃいますか?
【白河】2019年、生え抜きから取締役になる人が複数出てきました。取締役は議決権があるので「女性は執行役員まで」というガラスの天井が少し破られた。でも管理職になりたくない人はまだまだ多いのが現状ですね。
【佐藤】管理職になりたい女性の割合が増えるのは賛成ですが、男性を基準にして、女性の昇進意欲が“低い”と判断するのは、やめたほうがいいです。男性も全員がなれるわけではないのに、男性は管理職になることを期待されすぎている。基準を変えていくことも大事です。
【白河】女性でキャリア意識の高い人ほど、育休を取る間に男性の同期に抜かれて、「意欲の冷却化」というものが起きてしまいます。
【佐藤】同期の男性との比較ではなく、自分の能力が職場でどう評価されているかを見ることが大切です。男性が、育休などを取得しないほうがおかしいのです。両立支援とは、女性にやさしいコースをつくることではないです。
――両立支援とは、女性にやさしいコースをつくることではない?
【佐藤】大企業では両立支援制度も充実し、継続就業はしやすくなっています。ただ、女性が管理職になりたくないという理由は2つあります。1つは管理職に必要なスキルが身につく仕事やキャリアを、管理職になる前の職場で経験できていないことがあります。もう1つは今の管理職の働き方です。長時間労働の管理職の働き方を見ていると、自分には無理だと思ってしまう。やはり管理職を含めて会社全体の働き方改革が重要になるのです。
【白河】働き方改革前は、よく「うちの女性たちは管理職になる意識が低くて困る。意識を高める講演を」と依頼されるのが嫌でした。日本の女性は男性の7倍も家事・育児時間がある。ベースの環境がフェアでないのに、意識だけ高く持つのは不可能です。働き方改革以降は、長時間労働が低評価になり、働き方の柔軟性、多様性が広がって環境が少しフェアになった。両立支援は女性だけにやさしい施策をつくることでしたが、本当は男女ともにフェアな環境を整備することが大切。その軸が働き方改革だと思います。
先生はよく両立と活躍の2軸支援の話をされますよね?
【佐藤】過度に両立支援制度に依存せず、希望すれば早くフルタイムに戻れて、無理なく両立できる働き方が、女性の活躍には不可欠です。両立支援制度に依存すると、スキルの獲得にはマイナスになります。それは女性本人の責任ではなく、管理職になるためのキャリア経験を積めないような働き方が問題なのです。
長時間労働DNAはどうアンインストールするのか
【白河】味の素は所定労働時間を短縮する働き方改革をし、完全リモートワーク、フルフレックスで柔軟性もある。午前8時15分始まり午後4時半終業です。社長に聞くと「全体の退社時間を4時半にすれば、保育園にお迎えに行く人も後ろめたくない」とおっしゃった。「これが本当のフェアなのだ」と思いました。これで早く短時間勤務からフルタイムに切り替えたい人が増えてくる。
【佐藤】柔軟な働き方は大事ですが、子育てのための短時間勤務の利用者が多いのがいい会社ではないです。無理なくフルタイムに復帰できる働き方がある会社がいい会社ですね。
【白河】昭和レガシー企業は、長時間労働が偉いという価値観が染みついている。味の素のように思い切った施策で長時間労働DNAをアンインストールしないと、フェアになりません。
【佐藤】昇進したくない女性が多い会社は、管理職が長時間労働の可能性が高いかもしれません。
【白河】働き方改革以降、管理職の残業時間が1.5倍になったというデータもあります。
【佐藤】会社は、時間当たりの貢献や、新しいことを考えたことで部下を評価するようにと部下に言うけれど、変えられない管理職が多い。管理職の部下評価の基準をを変えるべきです。
【白河】女性活躍研修の前に、管理職研修が先のような気がします(笑)。
――最近話題の男性の育休は女性活躍に効果がありますか?
【白河】パートナーの男性が育休を取ることも大事ですが、自社の男性が育休を取ることも大事。社内のライバルは男性ですから。同僚男性も育児をすることでフェアになります。
時間制約がある働き方を経験
【佐藤】男性の育休取得だけでなく、キリンの「なりキリン ママ・パパ研修」は、いい制度です。誰もがひと月、時間制約がある働き方を経験し、たとえば保育園のお迎え時間にリミットのある社員の状況を、全員が理解できるようにするといった試みです。それでキリン全体の残業は51%も減ったそうです。
【白河】急に管理職にと言われても困るという女性の戸惑いも目立ちます。ある研究では、管理職の部下への期待は、男女でも差があり、時間制約が入るとまた差が出てくる。
【佐藤】無意識の行動です。基本的に目の前にいる人の属性、例えば6時間勤務、女性、子育て中というだけで、部下への対応を決めないことです。部下に希望を聞けばいいわけです。
【白河】逆に男性だからといって“海外勤務いつでもOK”ではない。大和証券グループ本社取締役副社長の田代桂子さんにインタビューしたところ「男性もいろいろな働き方や生き方ができるようにならなければ本物だとは言えない」と。
【佐藤】今は部下も変化している過渡期です。単線的なキャリアに乗るしかない男性が多いのも問題です。元々、管理職になると部下マネジメントのヒューマンスキルが必要になります。部下に意欲的に働いてもらうためのスキルで、部下が多様化したため、昔の管理職よりも現在はより高いヒューマンスキルが求められています。これまでは、テクニカルスキルはあってもヒューマンスキルがない男性が管理職になっていました。ヒューマンスキルに関していえば、女性のほうが高い可能性がある。
――女性を育成するために気をつけることは何でしょう?
【佐藤】管理職が、プラスだけでなく、マイナスのフィードバックをすることが大事ですね。男女の別なく褒めることはやっていても、男性に比較して女性へのマイナスのフィードバックが少ない男性管理職が多いのです。
管理職研修で部下の育成プランを書いてもらうと、男女ではっきりと違う。男性には長期の視点で育成を考えていても、女性にはそれがないのです。悪気があるのではなく、長期の育成プランを考えても、結婚や出産のライフイベントあるかもしれないと、長期の育成を考えないのです。男性だって妻の仕事があるから「転勤なら退職します」と言い出すかもしれないのに、まったく想像できていない。
【白河】だから今、アンコンシャスバイアス※1研修がはやるのですね。
【佐藤】管理職に、部下の女性の育成プランをまずつくらせ、人事がそのフォローアップするなどの工夫が必要です。
企業の女性活躍にお金がついてくる時代
【白河】私は、ESG投資※2など女性活躍にお金がついてくる時代になったことがすごく良いと思っています。
【佐藤】女性が半分いれば管理職にふさわしい人が半分いるはずで、女性が管理職になれていないのは、仕事経験やキャリア管理などの面で女性の能力開発ができていないということです。会社全体の評価が下がるわけだからね。
【白河】ただ数合わせのために女性役員をという会社もあります。ゼロよりはいいと思うのですが……。
【佐藤】質が問われる時代も来るでしょう。役員の数は多くないので、基本的に女性役員1人ではなく、できれば最低でも3人が大事です。役員の場合、女性比率ではなく女性の数が問題です。
【白河】今役員クラスの女性にお願いしたいことがあります。皆さん、男性の5倍ぐらい優秀なのは明らか。でも優秀すぎて何か制度を入れるときに「私の頃はなんの制度もなかった。今は甘すぎる」と、つい言ってしまう。ぜひ後進のためにもハードルを下げていただきたい。
【佐藤】そう。難しいのは、優秀すぎて下の世代のロールモデルにならないことです。管理職でも「3分の1ぐらいできない人がいたね」でいいんです。男性だって同程度だから。
【白河】そう言っていただけると気持ちが楽になります。女性活躍はトップの本気が問われますが、本気のトップは何が違うのでしょうか?
【佐藤】社長が代わっても継続することです。あるいは、経営方針が変わっても、やり続けることが重要です。また人事制度では、一律的な育成やキャリア管理ではなく、個々人の事情に合わせていくべきで、人事制度改革の改革は、働き方改革より遅れています。
【白河】アパレル会社の社長が、育休・時短の人材が15%を超えたら経営課題だから、ちゃんと対処しなければダメだと。今は「現場で配慮して」で終わっています。その穴を埋める人たちからの不満もすごく強い。
【佐藤】管理職に、部下が育休を取ったときにどうするかのマネジメント研修を全然やっていないですね。
【白河】人員が実際にマイナス1になるだけで大変です。
【佐藤】マイナス1でやるのか、代替要員を入れるのか。または仕事を見直す、分担を変えるなど、いろいろ考えるいいチャンスなんですが。
【白河】変化の激しい時代、なくなる仕事もあるかもしれません。女性たちにぜひアドバイスをお願いします。
※1「アンコンシャスバイアス」=無意識の思い込み(偏見) ※2「ESG投資」=環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資をいう
これからは、変化対応行動の高い人材が求められる
【佐藤】能力を高めなければいけないのは確かです。今の仕事で数年後までであればどうにか必要なスキルはわかる。しかし、5年後、10年後に必要なスキルはわからなくのです。ただ確実なのは、仕事が大きく変化しているのは間違いない。つまり、そのときになると新しいスキルが必要になるわけです。そのための準備として、3つのことを勧めています。まずは“知的好奇心”。アンテナを張って社内外の変化をウオッチし、早めに変化に気づくことです。次に“学習習慣”。仕事に必要なことだけでなく、おもしろそうだと思ったことなどを学び続ける習慣です。最後は“チャレンジ力”。新しいことをやれと言われた際、びっくりせずに前向きに取り組むことです。この3つの「変化対応行動」が取れている人は変化に困らないんです。
――その3つはどうすれば獲得できるのでしょうか?
【佐藤】社内で変化の多い仕事を経験していること。自分と違う考え方の人と一緒に仕事をしていること。大事なのは、仕事以外の役割を持っていること。男性でも夫役割、父親役割があるが、やっていない人もいる。地域では住民としての役割が、大学院に行けば学生役割がある。仕事役割以外の役割を担うために、働き方改革でできた時間を有効に使って取り組むことが、結果的に自分自身の変化対応行動の向上につながります。
【白河】それらは管理職人材には必須ですし、女性は妻・母の役割などをすでに実践していますね。
【佐藤】女性のほうがすでにいろいろな役割を担っているので調整力があり、上司になっても、多様な部下、変化する部下に柔軟に対応できると思いますよ。
――今後の日本企業の課題とは?
【佐藤】問題は「今の働き方でいい、逆に早く帰ったら妻に怒られる」と言うような人をどうするか。若い人でも「いい仕事をしたいのに、なぜ帰れと言うんだ」と言う人もいる。この人たちといかに闘って働き方を改革していくのか。仕事をするだけでスキルが高まるわけではない、仕事以外も知らないと、「変化対応行動」が取れないのですから。
【白河】男性で長時間労働の人は、本当に会社以外のことを知らないですからね。
【佐藤】管理職登用基準も変えないといけない。今の登用基準だと、女性は管理職になりにくい。でも管理職に求められるヒューマンスキルの内容を明確にしたら、女性のほうに管理職候補が多いという話になります。女性の管理職を増やそうではなく、登用基準を明確にしたら、結果女性が増えていたということも大切です。
【白河】今のままだとジェンダー平等が達成されるには7世代かかるらしいので、もう少し変化を早めてほしい。女性管理職が増えたら、業績が上がるのかと言われるけれど、今まで失ってきたものも大きいですよね。
【佐藤】それは間違いない。損しているし、生かしてこなかった。企業はしっかりそこを見ていくべきですね。
編集部注:文章の一部を修正しました(2020年3月2日)。