女性活躍の数値において高い実績を持つANAグループ。出産や育児への支援も手厚く、安心して働き続けられる職場として女性からの支持も高い。だが、過去には働くママに不平等な現実もあったという。片野坂真哉社長が、人事部長時代に解決できなかった問題とは?

“ゲタ履かせ”と言われるくらいやらなければ変わらない

【白河】ANAでは、2019年4月に山本ひとみさんが取締役常務執行役員に就任されましたね。これで女性役員は合計5名になり、しかも5名とも生え抜き社員の方々と聞いています。これは、長く女性活躍に取り組まれてきた証でもありますね。

【片野坂】ANAの場合、もともとの目標は「女性役員2名以上」で、これは数年前に達成できました。ただ、私は現状よりさらに女性役員を増やすべきだと思っているので、次のステップも考えなければいけません。加えて、2020年までには全体の女性管理職比率を15%に、うち総合職事務や客室乗務員における女性管理職比率は30%を目指しています。こちらも達成に近づいてはいますが、施策を作るのは男性中心なので、少し及び腰になっているようにも思います。

ANAホールディングス片野坂真哉社長(左)と少子化ジャーナリストの白河桃子さん(右)

【白河】女性役員を何%にしましょうと言うと、「数だけ合わせても仕方がない」「内容が伴わないと意味がない」などという意見が出てきがちです。それでもやはり、加速的な動きは必要だと思われますか?

【片野坂】私たちは、2014年に女性活躍推進を経営戦略の一つとして位置づけ、女性登用を含めた「ポジティブアクション宣言」を行いました。当時は、女性にゲタを履かせているなどという声も上がりましたが、そう言われるぐらい加速的にやらないと女性活躍は進みません。何と言われても、とにかくやらなければと考えていました。

「自分たちのポストがなくなる……」という男性の声も

【白河】そういう意識をお持ちの方が、各企業のトップにもっと増えるといいなと思います。宣言から5年が過ぎて、今はどうでしょうか。女性登用や両立支援などの施策について、男性から「女性ばかり不公平だ」という声は上がっていませんか?

【片野坂】例えば、ANAでは東京など5都市に営業支店があり、これらのトップは執行役員にもなります。以前から5名のうち2名は女性でしたが、この4月にもう1名増えました。これを受けて、男性陣からは「自分たちのポストがなくなる、大変だ」という声が聞こえてきています。でもそれでいいんですよ、刺激になっているということですから(笑)。

【白河】営業支店長のポストは5個しかないわけですから、その気持ちもわかります。でも、そうした声がありながらも、ブレずに女性登用を進められているのですね。ANAグループ全体を見渡せば、執行役員や取締役、社長、副社長といった要職に多くの女性が就任されていますね。ANAホールディングスの社外取締役には女性がいらっしゃいますし。

【片野坂】そうですね。特に航空会社ANAには、10年以上前から、客室乗務員だった人も含めて複数の女性の取締役や執行役員がいます。ただ、結婚・出産を経て役員になった女性はいないので、キャリアコースの整備がまだまだ足りていないのだなと思います。

人事部長時代には叶わなかった2つの願い

【白河】ライフイベントで、どうしてもキャリアの踊り場期ができがちなので、そこをどう変えていくかは非常に重要だと思います。ANAグループのように女性への支援、つまり産休・育休制度や時短勤務制度などが手厚いと、その分男性より昇進が遅れる「マミートラック」の問題が起こりがちです。

【片野坂】その点は私も問題視していました。実は人事部長だった5年間は、そこを変えようとしたんですよ。当時は、女性が産休・育休で約1年間休むと、復帰後に評価が落ちていたんです。大半の男性社員も、仕事をしていなかったんだから評価が落ちて当然という考え方でした。私は「能力が落ちたわけではないのにそれはおかしい!」と強く反対して、何とか皆の意識を変えようと頑張っていました。

【白河】評価は重要ですね。産休・育休に入る前と復帰後とで能力が変わるわけではないのに、昇進や昇給が遅れる、重要な仕事を任されなくなるというのは、多くの女性が納得いかないところでもあります。

【片野坂】人事部長時代にはもう一つ、女性の採用数を抑えて欲しいという男性事務方の声が上がりました。女性は結婚退職があり、出産の時期に休むので、あまりたくさん採ると大変だからと。これもおかしいですよね。私は娘がいることもあって、やはり反発しました。ここ5~6年は、ANAの総合職であるグローバルスタッフ職(事務)の新入社員の男女比率はほぼ半々になっています。

【白河】今おっしゃった2点は、多くの企業の本音でもありますね。でも、それに対して「おかしい!」と声を上げる人がいなくては、女性活躍は進みません。人事部長時代に皆の意識を変えようと努力された結果が、今につながっているのではないでしょうか。

【片野坂】残念なのは、私が人事部長のうちには変えられなかったこと。しかし、今は2点とも改善されました。今の当社では、産休・育休を取っても評価や昇給は他の社員と平等で、管理職にもチャレンジすることができます。また、採用に関しても男女同等になっています。加えて、働き方改革の面でも残業削減や有休取得が大きく前進しました。私の人事部時代の念願が大きく改善されたのは嬉しいです。

出産が賭けにならないように改善が必要

【白河】出産や育児が不利になることなく、復帰後も両立しながら昇進していけるコースが用意されたのですね。では、残る課題は何だとお考えですか?

【片野坂】産休・育休後に同じ職場に戻るのが難しいという課題が残っています。パイロットや客室乗務員は同じ職場に復帰しやすいのですが、総合職はまだ簡単ではありません。お休み中、その人のポジションには他の社員が就くので、専門性が強い仕事ほど、その“代わりの人”がそのまま定着してしまうこともしばしば。そのため、総合職の女性にとっては、同じ職場には戻れないかもしれないという意味で、出産が賭けになってしまう現状があります。

【白河】その問題については、本人の思いも聞きとる必要がありますね。復帰後も同じ職場でバリバリ働きたいのか、子育てを優先したいのか、違う専門性を身に着けたいのか……。「育児中で大変だろうから」と勝手に配慮して仕事を減らしたり、同じ能力なら男性のほうが選ばれたり、といったバイアスがかからないようにしたいものです。

【片野坂】やはり、希望をしっかり聞きとりながら改善していかなければなりませんね。出産が賭けになってしまわないように、まだまだ取り組んでいかなければと思っています。

女性活躍は「実行あるのみ」

【白河】近年、投資家の間ではESG投資、とりわけジェンダー投資(男女平等度)が注目を集めています。その中で、欧米の投資家たちは、女性が活躍できていない日本企業はリスクが高いと見ているそうなんですね。少子高齢の国なのに、人口の半分もいる女性の力を捨てていると。グローバル企業として、その辺は意識していらっしゃいますか?

【片野坂】ESGには当然力を入れていて、ESG経営を中核に据えた中期経営戦略を策定しています。ダイバーシティ&インクルージョンの項目には女性登用も入っています。特にジェンダーに関しては、社内で施策を進めるのはもちろんですが、投資家の皆さんに向けてもしっかり発信していく方針です。

【白河】ANAの貢献するSDGs目標の中にゴール5(ジェンダー平等)も入っていますね。職種別や階層別に見るとどうでしょうか。以前、社員の30%が女性だという企業の社長が、「当社の比率なら、管理職を含めてどの階層にも女性が3割いるべき。そうでないとマンパワーを使い尽くしていないということになる」とおっしゃっていました。なるほど、各階層の女性比率はマンパワーの使い方の指標にもなるのだな、と納得したものです。

【片野坂】当社も女性の管理職比率は3割弱と高いほうですが、職種で見ると総合職事務と客室乗務員で占められています。この比率は職場ごとに分解して見るべきでしょうね。事務系の職場ではどうか、整備の現場ではどうかと見ていくと、当社にはまだまだ課題があります。しかし、これも本人の思いを尊重しながら決めていくべきだろうと思います。

【白河】それでも3割弱というのは、他の企業に比べればかなり高い数値です。役員の階層でも同じく高い数値を達成されていますね。目標とする女性役員の割合を示した「30%クラブ」というキャンペーンがあるのですが、社長もぜひメンバーになっていただきたいです。最後に、女性活躍への取り組みに対して“覚悟の一言”をお願いします。

【片野坂】「実行あるのみ」ですね。女性に活躍してもらいたいと思ったら登用を進める、制度や慣習がおかしいと思ったら改善策を実行する。会社も世の中も、口にしたり考えたりするだけでなく、実行して初めて変わっていくのだと思います。

【白河】今、ANAグループで女性が大いに活躍されているのは、最初はゲタを履かせていると言われても意図的に登用して、取り組みを加速させてきたからこそだと思います。そして、おかしいと思ったら声を上げ、ひとつひとつ解決策を実行してこられました。今日お聞きした“トップの覚悟”は、女性活躍への取り組みにおいてお手本になると思いました。