国内最大手の生命保険会社が直面してきた、大企業だからこその問題の数々。もう遅れはとれないと本気で乗り出してきた策とは……。
名古屋支社でのイキイキ職場ミーティング。上下関係なくアットホームな雰囲気で家族やプライベートの話題も自然に。

男性育休5年連続100%、職員7万人、女性9割の大企業の新ステージのダイバーシティ!

全国に約100の支社と約1500の営業部、海外にも4つの事務所を構える、日本生命保険。約7万人の職員のうち90%は女性が占め、女性が職を持つのが一般的でなかった頃から“ニッセイレディ”と呼ばれた営業職員の女性たちが活躍してきた。専業主婦から入社する人も少なくなく、彼女たちのための環境整備にも力を入れた。子どもを預けて働きに出る“ニッセイレディ”は、当時の女性たちの自立の象徴だった。

一方で、2000年に入る頃までは、管理職や意思決定部門は約10%しかいない男性が占め、女性が活躍できる範囲が限られていた。

女性の活躍の場を広げる、ニッセイの進化の幕開け

日本生命の長年の課題をあげるなら、女性管理職の少なさと慢性的な長時間残業だった。

08年、女性活躍の分野で出遅れていた日本生命も、いよいよ「輝き推進室」を設置し、仕事と家庭の両立支援制度の充実や風土づくりに乗り出した。同社ではこの時期を“第1フェーズ”として、ステップアップするごとにフェーズを区切って呼んでいる。

09年からは、女性の活躍範囲をより拡大し、管理職登用にも乗り出し、男女のワークライフバランスの充実を図り、研修などにも力を入れた“第2フェーズ”へと移っていった。

12年からは“第3フェーズ”として、女性活躍推進を経営戦略と位置づけ、さらに取り組みを加速。女性管理職の数値目標を設定し、男性育休取得100%を推進した。

そして15年、ついに“第4フェーズ”が始まり、女性活躍推進からダイバーシティ推進へ移行。「人財価値向上プロジェクト」を立ち上げ、女性や育児だけでなく、シニア層のキャリア開発、障害者やLGBTの理解促進、グローバル人材育成へと動きだした。

それまでの遅れを一気に取り戻すかのような躍進劇からは、日本生命のよい焦りと本気度が見えてくる。業界最大手であり、国内企業としてもこれだけの規模ならば、従来のやり方でも他社よりは長く業績を伸ばしてこられたかもしれない。しかし、「もうそれではいけない」という本気の改革を、この4フェーズには強く感じる。そして、ある程度の制度導入や環境づくりが進んできていても、危機感を捨てず、手を緩めずに次のステージへ進もうとしているのだ。その“大企業の本気”は、これから紹介する地道な取り組みに支えられていた。

東京2020大会は、生命保険もプレイサポートで

大阪の本店で人材研修などを担う部署で働く北間優衣さんは、入社2年目。先天性の身体障害を抱える。大学3年時、障害者を積極的に雇用する特例子会社「ニッセイ・ニュークリエーション」でインターンを経験し、こうしたやりがいのある会社で働きたいと思った。

人材開発部(大阪)北間優衣(きたまゆい)さん

「子どもの頃から両親は、障害者だからという理由で私に何かを禁止したことはなく、普通学級に通い、体育の授業も水泳も一緒に参加しました。だから、仕事もフルで働こうと考えていました」

しかし、中学時代からプレーしている車椅子バスケでは、日本のパラリンピック強化指定選手に選ばれ、大会でMVPも取得するほど。「2020の自国開催で結果を出したい」という強い思いとの間で揺れていた。

日本生命は、15年には東京オリンピック・パラリンピックのゴールドパートナーとしての協賛が決まっており、決定から半年後には専門の推進部を社内に立ち上げていた。

「生命保険事業でも、オリンピックやパラリンピックでも、“支える”というのが重要なキーワード。全国に支社と営業職員がいるわが社だからこそ、東京だけに集中せずに日本中を盛り上げるサポートがしていける。“プレイサポート”をテーマに、選手を、そして人々の生活を支えていきます」と、清水博社長にも意気込みが感じられる。

(左下)車椅子バスケ応援のために、会社全体で赤い応援Tシャツを制作。「試合のとき、会場がこの赤に染まるのを見るのが何より力になります」と北間さん。

日本生命は、北間さんの悩みを受け止め、アスリート雇用枠での就職が決まった。週2日出社し、残りは練習に参加。日本代表候補ともなると、練習は週5日以上。出社日も退社後に練習に向かい、合宿も年間120日以上ある。

「最初は周囲も私にどんな仕事を頼むか悩んでいたようですが、障害と車椅子バスケについて話をする時間を2回ほどもらったところ、徐々に私に対する理解が広まり、任される仕事も増えました」

60~70人の部下を育休に送り出してきました

日本生命といえば、男性育休取得率100%で有名だ。それもすでに17年度で5年連続達成。育休は基本的に1週間程度だが、現場で人が抜けてしまうことは大きな打撃。年を重ねるごとに、それを現場の好機として活用するようになってきた。

「もう60~70人の部下を育休に送り出してきました。それは、私自身も大きく変える経験になりました」と話すのは、名古屋支社理事支社長の三木勝也さん。

(左)名古屋支社 理事支社長 三木勝也(かつや)さん(右)名古屋支社 拠点長候補職 神谷(かみや)健吾さん

「例えば営業部には30~40人程度の職員がおり、その営業部長が育休を取るとやはり業務に支障が出ます。そこで、その期間、周辺の営業部長に交代で来てもらい、朝礼や業務を担ってもらうことで、職員にも『いつもとは違った視点や刺激をもらえる』と好評です」

名古屋支社に配属されたその日に第1子が生まれたという神谷健吾さんも、18年に子どもが10カ月になった頃に育児休暇を取得した。

「育休を取ったことで、妻への日頃の感謝はもちろんのこと、一緒に働く子どものいる職員が帰るのを見て、『早く帰れていいな』と思っていたのが『ここからが大変なんだろうな』と応援するような気持ちで見送るようになりました」と話す。

「育休のおかげで、支社あげての前倒し運営や、業務シェアが広がってきました。私が若いときは深夜や土日まで必死で働くことが美しいと思っていましたし、娘たちが小さい頃はほとんど起きている時間に帰れませんでした。共働きが当たり前だったなら、私も家事分担や子どもとの時間をもっと楽しめたかも。今の若い人たちには、同じ思いをさせてはいけない」(三木さん)

日本生命では、転勤を伴う職種と地域限定型の職種があるが、三木さんや神谷さんは転勤を伴う営業総合職。「何も言わずについてこい」の時代は終わり、育児ができなければ、家族にはついてきてもらえないと不安を口にする。

「営業部長も、昔の根性論の時代の人々から、子どもがいる人やゆとり世代といわれる人々に変わっています。そういう人たちに『営業は嫌だ』と言われたらわが社はもたないんです。働き方への価値観が変わった今だからこそ、上は業務負荷を調整したり、仕事が終わったらパッと切り替えられるような風土づくりが大事です」

イノベーションを起こす、新たな風を外から入れる

業界最大手とはいえ、国内ばかりに目を向けてはいられない。イノベーションを起こすには新しい学びが必要と、17年から「グローバル・リーダーシップ・プログラム」を設け、海外事務所や海外現地法人のインターンシップを公募で実施し、グローバル人材育成に取り組み始めた。

(上左)人材開発部(エム・エル・シー・リミテッド派遣)シドニー駐在中 小林あさひさん(下)シドニーのスタッフと毎日笑いのたえない職場で

早速1期生として選ばれた9人のうちの1人で、オーストラリア・シドニーの提携会社に派遣された小林あさひさんは、11、13、16歳の3児の母でもある。17年度は単身赴任し、生活が落ち着いた18年4月から次女を呼び寄せ一緒に生活している。

「営業や輝き推進室などを経験し、社内の女性たちに『自分たちのキャリアを長期的に考えよう』と言いながらも、40半ばになって、自分はどうなんだろうとふと考えました。この先まだ仕事人生は長いと思うと、今後は会社や社会に貢献するために今こそグローバルな視点で学びたかったのです。言語の大変さはありますが、仕事の仕方も保険のあり方も日本と違い、学ぶことも多いです。今、上司である女性2人も子どもをもって遠隔や週4勤務など柔軟な働き方を当たり前のようにこなしていることも勉強になります」

コミュニケーションの取り方の工夫や気配り、仕事の効率化の徹底にも目を見張ることが多いという。残り1年の任期を終えたら、日本でそのマネジメントや事業などを生かせるのを楽しみにしている。

セミナー、自社イクボス、制度づくりから風土浸透へ

日本生命では、育児や介護との両立や、キャリアアップを図るサポート体制はすでに整いつつある。

「ニッセイアフタースクール」を17年4月から新設。子育てとの両立から資格取得まで幅広く100以上の講座を提供している。主に水曜日のノー残業デーに、公私の充実にもっと費やしてほしいと実施。学びの機会を広げるため、PCやスマホ、DVDでも受講できる。その半面、全国に支社がある会社だからこそ、そうした制度活用はもちろんのこと、働き方改革やダイバーシティへの理解促進・浸透の難しさも抱える。

人材開発部部長兼ダイバーシティ推進部長 浜口知実(ともみ)さん

「タイムラグはどうしても出てしまいます。だからこそ、支社のトップや管理職が『ワークスタイル変革宣言』という個人の働き方改革を書いて張り出したり、人材を育成する『ニッセイ版イクボス』育成のセミナーを全国で開くなど、各職場や地域で取り組みを行っています」と長年改革を担うダイバーシティ推進部部長の浜口知実さん。ニッセイ版イクボスが推進するのは、次世代育成の“育次”、闊達(かったつ)な風土・組織づくりの“育地”、部下のワークライフマネジメント支援の“育児”、そして自分も成長する“育自”の4つのイクジだ。現場での環境・風土づくりのために全社で浸透を図っている。

「これだけラインアップがあっても、働き方改革の課題はあります。『限られた時間の中で最大の成果を出す』ことを改めて全体が意識していく必要があります。また、効率的なマネジメントと人材育成の両立は管理職共通の悩みなので、今後もマネジメント講座などインプットを増やしたいですね」

会社が変わり続けるには、社長のコミットメントが必要

18年4月に就任したばかりの清水社長は、日頃から現場の声を聞きたいと社内で話を聞く機会を多く取るようにしている。あるとき、20代の女性職員に、こう言われた。

代表取締役社長 清水 博さん

「会社が変わり続けるには、社長のコミットメントが必要です。あなたが手を緩めると絶対に無理ですから、意識して言い続けてください」

責任に改めて背筋が伸びたという。

「私も役員時代に女性管理職のメンターを3年間、全部で9人を担当しましたが、女性だけでなく男性や管理職含め周囲の意識改革の必要性も強く感じました。女性9割の会社で女性管理職が16%は、まだまだ少ない。女性活躍、ダイバーシティという言葉がなくなるほどに浸透するまでやり続けます」

国内でも、未来を見据える企業のダイバーシティ推進や働き方改革は、整備ではなく成果を出す段階にきている。大企業のさらなる10年の“成果”が国内の働き方改革を牽引(けんいん)していくと期待したい。