●カンパニー制であるため、横のつながりは薄かった
●長時間労働の改善、働き方の変革を進めているところであった。
組織が大きくなってもリクルートが「古くならない」理由
クリスマスのイルミネーションで華やぐ東京駅八重洲南口のグラントウキョウサウスタワー。夕方6時になると、41階にあるスカイルームに次々と社員が集まってきた。会場にはビーチパラソルや浮輪、ダイビング用のシュノーケルが飾られ、室内は真夏の海辺風。やがて始まりを告げるナレーションが流れる。
「地球の30%が陸、70%が海だとしたら、私たちに見えていない世界は広く、可能性にあふれています。……みんな違うから輝くところ、多様性の海が待っています。2時間楽しくダイブしましょう!」
2017年12月初め、リクルート社内で開催されたダイバーシティ推進プロジェクト「Be a DIVER!」のイベントは、〈男性と育児〉がテーマ。インストラクターには、子育て学の専門家、リクルートの“育メン”OB、育休経験がある男性社員を招き、〈実践編〉〈マインド編〉〈スキル編〉と熱いトークが繰り広げられた。
参加者は、性別、年代、国籍もさまざまで、赤ちゃんを連れた社員もいる。互いに体験を語り合い、笑い声もはずむ。その輪の中でにこやかに頷(うなず)きながら聴いていたのは、サステナビリティ推進室長の伊藤綾さん。自身も双子の男児のママであり、16年から始めた「Be a DIVER!」の発起人だった。
「このネーミングには『ダイバーシティ』と『ダイビング』の2つの意味があります。まず海の中へ潜ると、多様な生き物がいることがわかる。それこそがダイバーシティであり、社員一人一人に関わるものだから、皆で話し合って勉強していこうというイベントです。参加者は多くても100人ほどですが、毎回、詳細なイベントレポートを1万2000人以上の従業員にメールで配信しています。それによって日々の職場にも広く浸透していくことが大事と考えたのです」
なぜリクルートはLGBTに関心が高いのか
イベントはほぼ毎月行われ、子育て、介護、働き方などテーマは多岐にわたる。「LGBT」を取りあげた回は反響も大きかった。「LGBT」とは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとった、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の総称。初回はゲストを招いて話を聞いたが、2回目以降は社内の当事者も登壇するようになった。参加者は一緒に話すことでより理解が深まり、当事者たちのネットワークもできた。
社内での関心が高まるなか、17年4月にはグループ9社で人事制度が改正され、同性パートナーも配偶者としての福利厚生を適用することを決定した。その当日、社員から届いたメールが伊藤さんには忘れられないという。
「当事者の方からのメールで、『入社したときの私に、今日という日のことを教えてあげたい』と。本当にリクルートに入って良かったと書かれていて、とても心に響きました」
そもそもリクルートの企業文化の1つに、「圧倒的な当事者意識」があげられる。社員自らが当事者意識をもって、日々の生活で感じる「不便」「不満」「不安」を見出す。それがビジネスチャンスとして活かされ、新規事業の立ち上げにつながってきた。大学生向けの就職情報誌に始まり、総合結婚情報誌の「ゼクシィ」、中古車情報誌「カーセンサー」、クーポンマガジン「ホットペッパー」等を展開。小中高生向けのオンライン学習サービス「スタディサプリ」も受験生の悩みを解消するために生まれた。
また多様化するライフイベントに合わせて、サービスも進化している。「ゼクシィ」編集部では、かなり早い段階からLGBTの人たちのニーズに着目し、読者の事例のなかでも同性カップルが結婚式をするケースを紹介してきた。それによってブライダル業界全体の意識が変わり、ウエディングドレスを2人で着たいと望むカップルの希望に対応するような会社が出てきた。
さらにマンションや一戸建てなど不動産情報を提供する「SUUMO」では、17年から家を探すときの条件の1つとして、同性カップルでも入居しやすいことを示す「LGBTフレンドリー」という項目を賃貸物件に追加。スーモカウンターでは「LGBT新築マンション購入相談」も開始した。
転職直後に「男の人が恋愛対象」とカミングアウトした副編集長
この取り組みに尽力したのは、リクルート住まいカンパニーで「SUUMO」副編集長を務める田辺貴久さんだ。自身も当事者である田辺さんは07年にリクルートへ中途入社。同世代の女性が多い職場は活気があり、互いの個性を楽しんで働いている空気が心地よかったという。
「転職して、チームのメンバーにはいち早くカミングアウトしました。飲み会の場で恋愛話が出たりするので、僕も自然に『男の人が恋愛対象なんです』と(笑)。皆もいろいろ関心をもって聞いてくれて、快く受け入れられたような安心感がありました」
さらに転機となったのは14年、社内の新規事業コンテストに「LGBTダイバーシティ・マネジメントへの取り組み」を起案したのだ。
きっかけは同僚の女性社員からの声掛け。当事者として加わることに抵抗もあったが、社長はじめ上層部の評価は高く、入賞を果たす。組織長向けの研修をすることになり、研修を受けたマネージャーから部下へ取り組みの波が一気に広がった。
「会社の課題として取り組むときのスピードと展開の速さには驚きました。僕が主体的に進めるというより、サービスの担当者や人事制度を担当する人がそれぞれに動いてくれた。LGBTの話も人ごとと捉えるのではなく、これはやらなきゃいけないとスイッチが入ると、誰もが自分ごととして動いてくれるのです」
田辺さんは同性カップルが家探しの際に理由なく断られたり、嫌な思いをするのを目の当たりにしていたので、住まいカンパニーでは「LGBT」向けのサービスを展開した。一方、人事面では同性パートナーも配偶者としての登録が可能になり、自身の生活にも変化があった。
「実際に僕もパートナーを登録し、職場の上司や周りの人に伝えました。すると、ある時、グループミーティングで報告してくれて、お祝いのプレゼントをいただいたのです。僕らがもらった『パートナーシップ登録書』をフェイスブックにあげると、社内の人からも『おめでとう!』『シェアしてくれて、ありがとう』と。2人の関係を受け入れてくれたことが嬉しくて、家に飾っていますよ」
フェイスブックの写真には、皆に祝福されて照れる笑顔がある。パートナー登録したことで5日間の休暇もとれ、2人で海外旅行へ行くことができたのだそう。さらに後に続く同僚や後輩が自分の個性を発揮して働ける環境づくりを提案していきたい、と考える田辺さん。
「LGBTのみならず、いろんなバックグラウンドを持つ人がいるということは、組織にとっても多様な引き出しがあるということ。その引き出しを開けて、中身をシェアしていくことが強みになると思うのです」
「おまえはどうしたい?」を問われ続ける
LGBTの取り組みは、ダイバーシティの在り方もあらためて提起することになった。リクルートホールディングス執行役員で、メディア&ソリューションSBUを統括する野口孝広さんは、働き方改革やダイバーシティも担当している。前任の住まいカンパニー時代には、LGBTの講演を主催したことがあった。
「たまたま田辺から『こういう人がいるので講演してもらいましょう』と。もとは女性ですが、イケメン親父でカッコいい方なんですよ(笑)。彼の話が興味深く、そこで学んだのは性の差とは多様なものだということ。男女それぞれ、体と心の状態、恋愛対象の違いによって27通りに分かれるのだと。僕の中では衝撃的で、まさにダイバーシティとつながったのです。もともと誰もが持つ可能性をどれだけ引き出せるかというのが、リクルートの経営理念にある『個の尊重』です。事業を通じて社会に貢献するためには、新しい価値を創造し続けなければならない。それを担うのは個人であり、一人一人が持つ可能性にちゃんと向き合うことが大切だと考えました」
リクルートには創業当時から男女の差なく活躍する企業風土があるが、女性管理職の比率は高くはなかったという。06年から着手したダイバーシティ推進の取り組みでは、まず女性が結婚・出産後も活躍できるような環境をつくるため、長時間労働の改善、両立支援などを進めた。
続いて女性管理職向けに育成や研修などの活躍支援策を実施。一方、女性活躍のみならず、LGBT、介護との両立、男性の育児支援などに取り組む。こうしたダイバーシティ推進の実現には「個の尊重」が欠かせず、一人一人の意識を高めるいくつかの仕組みがある、と野口さんはいう。
「社内では月間MVPほか3カ月に1回、年間1回など個人を表彰する賞が多いんです。もちろん本人は嬉しいけれど、周りで見ている人たちが『私もこのやり方でやってみようかな』と思ったり、自分もがんばろうと奮起するかもしれない。個人の成果をシェアすることで、前向きな意欲が広がっていくと思います」
さらに人事評価に使われるツールの1つが「WCMシート(Will・Can・Mustシート)」だ。仕事を通じて実現したいことや中長期的なキャリアイメージ(Will)、そのために自分ができること(Can)、やらなくてはならないこと(Must)を一人一人が考えて記入し、上司との面談で話し合いながら確定するのだ。
「とにかく上司とメンバーとのコミュニケーションを大事にしていて、半期ごとに自分たちの業績や成果の振り返りをします。その中で必ず問われるのは『おまえはどうしたい?』。それに答え続けることで自分の考えが深まり、仕事に対する使命感を抱くようになる。そのなかで当事者意識が生まれていくのです」
そうした当事者意識がまた新たなビジネスの着想に結びついている。
15年7月からスタートした「iction!プロジェクト」は、「子育てしながら働きやすい世の中を、共に創る」を目指し「はたらく育児」を応援するプロジェクト。リクルートグループ全体で一日5時間以内などの「短時間ジョブ」の創出を進めている。さらにワーキングマザーである推進担当者の声を基に、限られた時間のなかで専門性を活かせる働き方として、「ZIP WORK」を提案。広報や人事労務など高い専門性を持ちながらも、介護や育児などのためフルタイムで働けない人に向けた取り組みで、現在100社以上で導入されているという。
面接で「専業主婦の生活を教えてほしい」と言われた
「リクルートが珍しい会社といわれるのは、トップダウンの命令ではなく、まずは現場の声がすくいあげられて動きだしていくから。『Be a DIVER!』もその1つです」
サステナビリティ推進室・室長の伊藤さんがこのイベントを思い立ったのは、15年11月のこと。「ゼクシィ」編集部から異動して半年あまり、ダイバーシティ推進に取り組むなかで現場社員が女性活躍だけではないダイバーシティも大切にしたいと考えていることがわかり、その声をどうにか形にしたいという気持ちがあった。そんなとき社内で「経営への提言」を募集するコンクールがあることを知り、応募したのが始まりだった。思いがけず審査員から賛同を得てグランプリを受賞。「Be a DIVER!」の実現が決まり、翌年1月に初めてイベントを開催した。
伊藤さんが「Be a DIVER!」に込めた思い。それは自身がリクルートという企業でたえず感じてきたことだという。入社したのは28歳のとき。それまで夫の転勤に付いて社宅で専業主婦をしていた伊藤さんにとって、採用試験の面接が心に刻まれていた。
「専業主婦の私は何のスキルもないし、就職を考えても仕事はなかなか見つかりませんでした。リクルートで面接を受けたときも自分から話せることはなくて。けれど、『あなたはどんな毎日を送っていたのか、ぜひ教えてほしい』と言われ、社宅での体験や日々の暮らしを思いつくまま話しました。すると『それはあなたの価値だから、ハンディと思うことはない』と。そこで私は『個の尊重』ということを体感しました」
「ゼクシィ」編集部で働きだしてからも、パソコンの使い方から覚えるほどで、ブランクを感じて自信をなくすばかり。それでも職場で常に聞かれたのは「あなたはどうしたいのか?」という問いだった。伊藤さんは、“私のように自信のない花嫁さんもいるんじゃないか”と思いつく。そんな女性たちに役立つ美容法など細やかな企画を立てると、どんどんヒットするようになった。
やがて編集長になり、私生活では30代で双子の男の子を授かった。出産の際に生死にかかわる大病を経験したこともあり、生き方も見つめ直す契機になったという伊藤さん。
「育休から復帰すると、『5時に帰る編集長』に徹し(笑)、まさに毎日が『働き方改革』の実践でしたね」
そうした体験が、今はダイバーシティ推進の取り組みに活かされている。その原点にはやはり、リクルートで培われてきた「個の尊重」という経営理念があると顧みる。
「一人一人の価値を信じ、可能性を引き出していく。それは社員だけでなく顧客一人一人と向き合う姿勢であり、事業の根幹なのです」
ダイバーシティを推進することこそが、さらなるビジネスにつながっていく。その仕組みは実はシンプルで変わることなく、なおも成長を促す機動力にもなっているようだ。