学生が、共働き家庭に入って家事や育児を学ぶワーク&ライフ・インターン。親が不在中に、自分で何とかしないといけないという状況に置かれ、力がつく。これを企業が導入する事例も。家庭に入った管理職はどう変わったのだろうか。
<対談>ジャーナリスト 中野円佳さん×スリール代表 堀江敦子さん

「子どもが苦手」な大学生、急増中!

【中野】2人目の子育ては、1人目の経験があるので肩の力が抜けていて、ものすごく楽だと感じています。1人目からこんな子育てをしたかったというのも2人目ママからよく聞く話。「自分の子どもがはじめて触る赤ちゃん」という状況が一つの原因だと思います。

【堀江】全国で65%以上が、「自分の子どもがはじめて触る赤ちゃん」なんですね。スリールは「ワーク&ライフ・インターン」という、仕事と子育ての両立を体験するインターンシップをしていて、主に大学生が共働きのお宅に行って、働くことと子育てすることをリアルに学んでいます。「両立に不安を抱える」大学生が対象。大学生がペアを組み共働き家庭に入ります。平日夜6時から9時くらいの、親が帰るまでの間、保育園のお迎え、夕飯の支度、入浴のお世話をする。これを月6回、4カ月間みっちりやります。今、大学生の3分の1は「子どもが苦手」と言うんですよ。それは子どもと接した経験が少ないことが背景にある。

【中野】昔は近所の子たちがいたり、きょうだいの数が多かったりして、お姉ちゃんお兄ちゃんが下の子を見ることも多かった。今の若い人は、自分が出産するまで、赤ちゃんや子どもと隔離されている。

【堀江】さらに仕事と両立している人なんて、身近にほとんどいないわけです。自分の母親は専業主婦でしたという人がまだ多く、「3歳までは家庭で見たほうがいい」という3歳神話が根強い。

【中野】自分の親が共働きでも、今の大学生や私たちの親の世代はとても苦労して共働きしているので「自分の面倒を見てくれたのがおばあちゃんで寂しかった。だから自分の子育ては自分でしたい」という声も聞きます。

【堀江】今はサポートも増えて、社会が変わってきているにもかかわらず、価値観のあり方は凝り固まっている。よく、「ショック療法」と言っているんですけれど、実際に見てみると、自分の家といかに違うかがカルチャーショックとして経験できます。絶対両立しなければいけないと言っているわけではなくて、自律的に選択できるようにしていく場を提供しているつもりです。

【中野】受け入れ家庭には、自分は学生に教えてあげているんだという感覚があって、その金銭ではないギブアンドテイクがとても大事なんだろうと思います。私自身、家事代行やベビーシッターなどさまざまなサービスを使っているのですが、「業者の人」ではなく、一人の人としてお付き合いできるかがとても大事な気がするんですよね。

【上】このほか、月1回、体験で学んだことを同期と一緒に振り返る「キャリア勉強会」や、インターン先の家庭とも交流できるパパママcafeという交流会も。【下】スリール調べ/インターンで子育てを経験することで、将来への自信が持てるようになる。

今、私は家事代行ではタスカジを使っているんですが、うちの子はお気に入りのタスカジさんが来ると掃除を手伝って楽しそうなんですよ。しかも相手は英語でこちらは日本語なんだけど、ジェスチャーで適当にやりとりしてる。家事代行だから「チャイルドケアはお受けしていません」とか、ベビーシッターで、子どもが寝ている間に家事を頼もうとすると「別料金です」とか言われてしまうと、こちらもサービスの受益者という意識になり「じゃあいいです」となるんだけど、そういう契約関係に還元されない部分が肝なんじゃないかと。

【堀江】それは私自身、いろいろな形で子どもをお預かりする中で感じてきました。お金の契約という感じが強いと、毎週3回、2年間通っていたご家庭ですら、そこのお母さんの下の名前も知らないし、どんな仕事をしているかも知らない。お金ではない関係だと、たとえば子どもに「プレゼントをあげたいんです」とか「お誕生日会をしてあげたいです」と提案できるし、仕事の話も聞ける。子どももそういう関係性の中で育っていくものだと思います。

【中野】親側も自然に感謝を示して贈り物をするなど、一緒になって子育てを考えられる関係性が築けるといい。ただ、お金が介在しないほうがいいと言っているわけではないんです。善意に任せて、家庭でやれ、無償労働でやれという流れはよくないと思うので。

【堀江】もし親戚だったとしても価値観は違うもの。子育ての考え方も違えば、お互いにwinに感じるものも違う。お願いする相手が誰であれ、任せっきりの「アウトソーシング」ではなく、「一緒に子どもについて考えていく」ステップを踏まないと、ミスコミュニケーションになってしまう。

【中野】堀江さんのイメージする理想の社会の形みたいなものはありますか?

【堀江】自分たちが助けてほしいことをちゃんと伝えて、それを受け取った人が、それならできるよとお互いに言い合えるようにしていくのが重要だと思っています。今の大学生は、自分の意見を受け入れられた経験が少なく、「自分の意見を発信してもいいんだ」と思えていないケースが多いんですよね。いろんな大人に出会って、自分らしくどんなふうに生きていきたいのかを発信していくのもスリールでやろうとしているところで、学校教育の中にも入れていこうと動いています。

男性マネジャーが育児体験で大変身

【中野】最近、女性活躍には女性自身の意識改革が必要という論調から、「マネジメントを変えないと」というほうにシフトしてきた印象があります。堀江さんには、「ワーク&ライフ・インターン」を中高年男性にこそやってはと言っていたのですが実現したとか。

 

【堀江】「育ボスブートキャンプ」という、「ワーク&ライフ・インターン」のマネジャー版を実施しました。平日に3日連続で定時に仕事を切り上げ、共働き家庭で家事と子育てを経験する。参加者は若いマネジャーでしたが、その層が変わると、中高年男性も変わろうと思い始めます。経営者の行動は、メンバーの10人中9人が「変えてください」と迫ったときに変わっていくと感じています。

【中野】マネジャーが自宅に来て、子どものお迎えとかをやるわけですね。結構しびれますね、お互いに。

【堀江】一番の気づきは、「今まで子どものことを言われても、本当の意味では理解できていませんでした」というマネジャーが、子育てを体験したことでママ社員の状況がわかるようになり、「自分の働き方が子育て中の社員から見ると特殊な状況であるとわかった」「自分の当たり前を押し付けてはいけないと思った」と変わったこと。

 

【中野】パパでも週3回連続で5時に帰ることはしてなかったりしますよね。

【堀江】そうなんですよ。5時で退社した子育て中の社員にメールをぼんぼん飛ばしちゃったりするわけです。「結構重要メールなのに、全然返信をくれない」とイライラする。子どもといても返信する時間ぐらいあるだろうと思っていたら、実際に体験してみて、「ない」ということに気づく。あるいは、良かれと思って「いいよ、子どもがいるから大変なんでしょう」と言っていたりするんですよ。けれど、ママのほうは「やろうと思っていたのに」「あの時間はできないから、もっと前に確認してほしいと言ったのに」と思ってどんどん信頼がなくなっていく。

体験後に全員が「前よりマネジメントがうまくいくようになった」と答えています。見えないものが多すぎて、何が課題かわからなかったんですね。

【中野】マネジメント能力が上がっている、というのがいいですね。Chan geWAVEでやるダイバーシティマネジメント研修でも、部下役をやると学びが大きいという声が出ます。なかなか相手の立場に立ってみることってないんですよね。育休中のママがケースを考える、「育休MBA」を取材したことがありますが、ママ社員の側も経営側、管理職側の視点に立つことが重要だと思います。

中野円佳(なかの・まどか)
1984年生まれ。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。14年、育休中に立命館大学大学院にて提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』として出版。15年より企業変革パートナーのChangeWAVEに参画。東京大学大学院に通うかたわら、発信・研究などを手掛ける。
堀江敦子(ほりえ・あつこ)
1984年生まれ。2007年日本女子大学社会福祉学科卒、楽天リサーチ入社。10年同社を退社し、スリールの事業を開始。国内外問わず多くの福祉現場での活動を実施。中学から始めたベビーシッターの子どもの数は100人を超える。14年、経済産業省「キャリア教育アワード」優秀賞を受賞。