夜7時か8時には帰って、2人の息子に本を読み聞かせるエドマン社長。もともとは、細部にこだわり、パーフェクトな成果を挙げたいタイプだったという。母としても、子どもが病気やケガのときこそ、そばにいてあげたいと思い、そうした気持ちを手放して誰かに任せていくことは、とても大変なことだった――。

H&Mジャパン クリスティン・エドマン社長

2008年に日本に初上陸して以来、すっかりおなじみになった衣料品のH&M。世界52カ国で約3000店舗を展開するスウェーデン発のグローバル企業である。

その日本進出時からずっと、H&Mジャパンの代表取締役社長を務めているのがクリスティン・エドマンさんだ。

エドマンさんは日米のハーフで東京育ち。アメリカの大学に学び、スウェーデン人の夫を持ち、スウェーデン国籍を有するエドマンさんは、2人の息子を育てながら働くワーキングマザーでもある。次男を妊娠した頃にはすでに社長になっていた。

スウェーデンは女性の社会進出が進んでいることで知られるが、彼女がスウェーデンの人々の考え方を取り入れた結果、H&Mジャパンは残業が少なく、長期休暇も遠慮なく取得できる会社になった。

H&Mのグローバル平均では、女性管理職比率は73%にも及ぶ。日本の女性管理職比率の平均が8%であることを考えると、H&Mには女性がキャリアを重ねるためのヒントが隠されているとわかる。

どうすれば長時間労働をすることなく、仕事もプライベートも充実させることができるのか。クリスティン・エドマン社長に聞いてみた。

子育ては家族のサポートが鍵

ずっと2人の息子を育てながら仕事をしてきました。私はH&Mに入社して1年目にスウェーデンで長男を出産したのですが、まだ生後2カ月のとき「香港でH&Mのアジア1号店をオープンするから、それに関わってほしい」という依頼が来たんです。それで生まれたばかりの長男を連れて、一家で香港に引っ越しました。

主人は博士号を取るため卒業論文を書いていた最中でしたが、私より時間がフレキシブルに使えたので、育児を引き受けてくれることになりました。

主人は日本育ちのスウェーデン人で、男性が育児や家事をするのは当たり前。むしろ子育てを楽しみにしていたほどです。私のほうが不安でしたが、彼は「いまがチャンスだから」と背中を押してくれました。

とはいえ最初の1年はすごく大変。私の母に来てもらったりして、なんとかやってきました。いま息子たちは8歳と4歳。まだまだ手がかかります。やっぱり家族のサポートが鍵ですね。

そばにいてあげられず、罪悪感を感じたことも

1日の大まかなスケジュールをいうと、朝が私とボーイズの時間です。毎朝6時に起きて、朝食とお弁当をつくり、学校まで送る。そのとき子どもたちといろいろな話をします。夜は主人のほうが早く帰って、食事とお風呂と宿題の面倒を見てもらっています。私も夜7時から8時の間に帰宅するようにしているので、彼らが寝る前に本を読んであげることくらいはできる。でも一緒に夕食を食べる時間には間に合わないのが残念です。

悩ましいのは子どもたちが病気やケガをしたとき。やっぱり母親としては、病気のときこそそばにいたい。それができないことに罪悪感を感じたこともあります。でもいまは何かあった場合、私ではなく主人に連絡がいくようにしました。それを手放すことは、私にはすごく難しかったですね。

子どもたちもだんだん大きくなり、父親もしっかりついていてくれるので、私が海外出張に行くこともできるようになりました。でも電話やスカイプは一切しません。電話で話すとかえってママがいないことを強く実感するようで、泣き出してしまうから。私も出張の前、子どもたちと別れがたくて空港に着くまで泣いていたこともあります。

ごめんなさい! 妊娠してしまいました!

次男を妊娠したとき、私はすでにH&Mジャパンの社長になっていました。

社長が産休を取るなんて、日本ではあり得ない。それで本国の社長に、「本当にごめんなさい! 妊娠してしまいました」とまるでティーンエージャーのように謝りながら報告したのです。

ところが彼の反応は、「それはおめでとう! じゃあ、1年か1年半くらい育休を取りますか?」というもの。これには私もびっくりしました。でも彼は、私が不在のあいだ、ほかのマネジャーに代わりを務めてもらうことで、その人の能力をテストできるチャンスだと考えていたのです。

結局、半年間お休みをいただきましたが、快く休ませてもらえたのは、もうひとつ理由があります。それはH&Mには「チームで働く」というフィロソフィーがあること。マネジャーはチームを育てるため、どんどん仕事を任せる。だから長期休暇も取りやすい。

スウェーデンでは夏季休暇は6週間が当たり前ですが、H&Mジャパンでも、2週間連続のバケーションを取ってもらいます。2週間あれば完全に仕事を忘れ、いろんな刺激を受けてリフレッシュできるから。今年はある部署で、3週間連続の休暇を強制しました。

「こんなに休んでもいいなんて、会社に必要とされていないんじゃないか」と思うかもしれない。でも自分が休むことが、下の人を育てることになるんです。だからH&Mジャパンでは、バケーションをちゃんと取る人や、残業をしないで定時に帰る人が高く評価される仕組みになっています。

100%は目指さなくていい

日本の企業では長時間働く人のほうを評価しがちですよね。H&Mに入社したばかりの人もそんな人が多いので、その意識を変えてもらわないといけない。マネジャーが残業ばかりしていると、若い人たちが、「あんなに残業しなければいけないなら、昇進したくない」と思ってしまうでしょう。

業績を上げ、なおかつ定時で帰るには、仕事のやり方を効率化することが大切です。私がこのポジションに就いたとき、グローバルの人事担当者に、「手帳を見せてくれ」と言われたことがあります。当時の私は一日中、ミーティングの予定でぎっしり。「スケジュールに会議を詰め込まないように」と注意を受けました。なぜなら私の役割は、「いつでもみんなが相談に来られるようにしておくこと」だからだと。そのとき私は自分に期待されていることをようやく理解しました。

【写真上】9月に開かれた新宿店のリニューアルオープンのパーティーで。抽選で選ばれた一般客も参加。【写真下】ストアでは、店長から自慢話を聞くようにしている。「ダメな点は本人が一番よくわかっているから」

それまで、成果を出すには細かくコントロールしないといけないと思っていました。でもそれを手放して、みんなのことを信じて権限を委譲し、できていないことがあればフォローする。つまり、コーチするのが仕事なのです。

H&Mには「Eighty-Twenty(80-20)」という法則があります。つまり最も重要な20%の仕事にフォーカスすれば、それだけで80%の結果につながる。そして、100%は目指さなくていいという考え方です。完璧を目指しがちな日本人には、最初はちょっと受け入れにくいかもしれません。

私が入社したばかりのとき、あるTシャツが全世界で何枚くらい売れそうか予測し、生産枚数を決めるよう言われました。私が「リサーチをして、パワポで資料を作るのに2、3日かかります」と答えると、「資料などいらないから1時間で決めてくれ。どういう考えでその結論までたどり着いたか説明してもらえればいい」という。

仕方なく、「去年はこれくらい売れました。今年は販売に力を入れるから、これくらい増やしたい」とベーシックなロジックを話してみると、「OK。それでいい」。

びっくりしましたが、それがいまの私たちのやり方になっています。

ディテールを手放す勇気をもって

みんな真面目だから、ディテールまで把握しようとする。私も最初はそうだったけれど、小さいことにこだわっていると細部に溺れて、しまいには大局が見えなくなってしまうのです。完成度を上げたくなるのが日本人のいいところでもあるし、私自身も実はそういう性格です。でもディテールまでかっちり決めてしまうと、コントロールすべきことが多くなりすぎる。その結果、長時間労働になっていくのではないでしょうか。

もちろん、誰でもパーフェクトな結果を出したいから、そこを手放すのは怖い。だけど自分や部下の成長を考えると、常にオーバービュー(概要)をつかむ訓練をしたほうがいい。管理職の役割は、そうやって自分の代わりが務まる人材、「ネクスト・ミー」をつくることなんです。

長い女性のキャリアの中で、出産や子育てですごく大変な時期は、ほんの2、3年だけなんですよ。それに、100%ではなく、80%の力を発揮できればいい。そう考えれば、家庭とキャリアを両立することはできる。だから、どちらかを選ばなくてもいいんです。

私はスウェーデンでH&Mのような大きな企業でも、女性がワーク・ライフ・バランスをとりながら、管理職になっていく姿を見てきました。そういう働き方を日本でも進めていきたい。

大事なのはメンタリティーをチェンジすること。日本の企業でもできるはずです。私がそれに貢献できたらうれしいですね。

クリスティン・エドマン
1975年生まれ、東京育ち。清泉インターナショナル学園、米ラファイエット大学卒。マテル東京支社、アントステラ東京支社を経て、2005年、ストックホルムでMBAを取得、H&Mの研修生に。07年アジア進出に伴い香港エリア・マネジャー、08年H&Mジャパン社長に就任。2児の母。