「保育園落ちた日本死ね」という匿名ブログをきっかけに保育園問題に注目が集まるようになっているが、保育の場の不足は日本の女性の復職を阻む要因の1つにすぎない。社会や企業、また女性、男性の意識など、さまざまなところに妨げとなるものがあるからだ。出産した女性が再び働きやすい世の中をつくるためには、そうしたらいいのだろうか?

Googleは2016年3月14日から4月30日まで、産休、育休からの復職を応援する「#HappyBackToWork WEEKS」を実施する。この春を、新入社員だけではなく、働く母親にとっても“Welcome To Work”にするためのアイデアとは?

「女性が働きやすくなるアイデア」をみんなで出し合う

Googleは2014年10月より、テクノロジーの活用により、アジア各国の女性が直面する問題の解決を目指す「Women Will」という取り組みを行っており、#HappyBackToWorkはその下で展開される。

「日本の女性の71%が、“女性が家庭の外で役割を持つことは重要”と思っている。一方で“日本の社会は仕事を続ける母親をサポートする社会だ”と思っている人はわずか4割にとどまる」――#HappyBackToWork WEEKS実施初日に開かれた発表会で、Googleの専務執行役員 CMOである岩村水樹氏はそう提起し、「サポートされていないという気持ちが、最終的に職場を去ることにつながっている」と続けた。

Google株式会社 専務執行役員CMO アジア太平洋地域 マネージングディレクター 岩村水樹氏

#HappyBackToWorkはこの問題を考えるため、2015年3月に開始した取り組みだ。女性はもちろん、男性、企業とさまざまな人に働く女性を支援するアイデアを募ったところ、1年間で5000件のアイデアが寄せられ、サポーター企業は700社に達した。この700社が実践しているアイデアは1600件に上る。例えば、「退社時の“すみません”を禁止」というアイデアは、育児中の社員が先に退社する時に感じる心理的な負担を解決するためのものだ。一人一人による小さなアイデアを、この取り組みが大きな動きへと変えている。

「みんなのアイデア」から見えてくるもの

Googleはこれら5000件のアイデアから時短、育児、家事、残業、保育園など、よく用いられるキーワード600個を抽出し、どのような文脈で使われているのかといった傾向を分析した。さらに“誰ができるアクションか”という軸の両極に「男性」「企業・社会」、“何を変えられるか”という軸の両極に「働き方」「育児・家事」を置き、アイデアを4つのカテゴリーに分類した。

#HappyBackToWorkに寄せられたアイデアを、4つのカテゴリーに分類した。縦軸の“誰ができるアクションか”については、男性にアクションを起こして欲しいという傾向が見られた。横軸の “何を変えられるか”については、働き方の改革だけではなく、子育て中の社員に対して、その心理的・物理的不安を下げるために企業に何ができるかという観点からのアイデアが多数寄せられた。

Googleによると、1の「男性が働き方を変える」カテゴリーについては、「“働くママのために”というより、残業や長時間労働を当たり前とする職場の風土を変えるために、男性が自分たちの働く価値をどのように変えていけるかといった点について、アイデアが寄せられた」(Women Willプロジェクトリードの山本裕介氏)という。その中から「男性には、2週間の育休より1年間の定時あがりを」などのアイデアが紹介された。

2の「男性が育児家事を変える」カテゴリーでは、「育児家事は“手伝う”ものじゃない。“シェア”するもの」など、意識面でのアイデアが多かったという。3の「企業・社会が働き方を変える」カテゴリーでは、人事評価制度、勤務時間、在宅ワークなど勤務場所に関する具体的なアイデアが上がった。そして、4の「企業・社会が育児家事を変える」カテゴリーでは、「多様なニーズがあり、それに応えるアイデアが寄せられた」(山本氏)。例えば、子供の預け先については、子連れ出勤をOKにする、社内託児所の設置が難しい場合はビルや区画でシェアするなど、複数のアイデアが寄せられた。

#HappyBackToWork WEEKSでは期間中、サポーター企業52社がこれらのアイデアを元にした取り組みやサービスを展開する。

就業時間のスライドでフルタイム復帰を支援

人事評価や勤務時間などさまざまな変化に取り組む企業も多い。Women Willにサポーター企業として参加するNTTドコモでは、就業時間をずらす「スライド制度」を導入することで、育児のために短時間勤務中の女性がフルタイム勤務に戻る数を大幅に増やすことに成功したという。

同社の通常勤務は9時半から18時まで。これまでは「それでは保育園のお迎えに間に合わない」という理由で短時間勤務を選んできた人が多かった。そこで始業、就業の時刻を個人単位で繰り上げ、繰り下げすることでフルタイム勤務が可能になるかもしれないと考え、勤務時間をスライドできるようにした。NTTドコモが2006年に発足させたダイバーシティ推進室で主査を務める室住篤子氏は、「これまで短時間勤務の社員に対しさまざまな対策を講じてきたが、フルタイム勤務に戻る社員はわずかで、結果が出なかった。だがスライドワークの導入により、例えば8時から16時半というように前倒して勤務ができるようになり、フルタイムに戻る短時間勤務者は100人以上に増えた」と報告する。スライドワークは現在、男性社員も含めて約200人が現在使っており、「女性活躍を支援するにあたって女性を支援するだけでは不十分。男性社員や幹部向けも重要だ」と続けた。

#HappyBackToWorkに参加する理由もそこにあるという。

復職ママの声が未来を開く

フルタイム勤務だけではない。短時間勤務でも会社にいる間は精一杯働いており、中核になりたい、責任ある仕事をしたいという女性は少なくないはずだ。

「復職ママも戦力だと認識してほしい」、こんな声が後半のパネルディスカッションで紹介された。発表会参加者から寄せられた声に対して、Women Willの賛同企業・組織の8名による“イノベーターボード”が、その実現のためにアイデアを出すという企画だ。

経営者の顔も持つNPO法人ファザーリング・ジャパン理事の川島高之氏は、「男性管理職の意識改革が必須」と指摘し、「復職ママを戦力と認識しないと、経営者や管理職は損だ」と続けた。三越銀座店店長を務める三越伊勢丹ホールディングス執行役員の浅賀誠氏も大きくうなずき、「復職し、短時間勤務をしていた女性社員が、売り場のリーダー職をやりたいと申し出た。制度がなかったので、人事に掛け合い制度を設けた」と明かす。この制度の下で、短時間勤務のリーダーが5人誕生したとのこと。「上司、職場の理解に加えて、制度として根付かせていくことが重要」と実体験に基づき語った。

この例のように、復職後の現状に対して諦めるのではなく、女性側から発信していくことも重要といえそうだ。ポピンズでチャイルドケアサービス部マネージャーを務める菅原櫻子氏は、「頑張りすぎると会社に迷惑がかかると思っているのでは? 仕事に対する情熱や子供の状況など、女性側から発信することでしか、チームの理解は得られない」と述べる。ファザーリング・ジャパンの川島氏、三越銀座店の浅賀氏ら男性からは、「なかなか変わらない昭和の“粘土層”を変えていく」(川島氏)、「話を聞く場を作りたい」(浅賀氏)という心強い声が出た。

Women Willの賛同企業・組織の8名によるパネルディスカッション。発表会当日に参加者から集められた声に対して、「働きやすくなる」アイデアを出すという“リアル版#HappyBackToWork”が行われた。

“1人で頑張り過ぎない”ことで子も親もハッピーに

職場では短時間勤務だからと遠慮し、家庭では家事育児は女性のものだからと頑張りすぎる女性たちに対して、「やりたいことを全部欲張って」とエールを送るのは、AsMama代表取締役社長の甲田恵子氏。AsMamaは子育てをシェアするためのコミュニテイを作る活動を行っているが、「いろいろな大人に接することで、子供は多様性や社会性を学べる」と、そのメリットを語った。

“頑張る”という言葉は、仕事、家事、育児すべてこなさなければならないという別のストレスにもなりうるが、シェア、あるいは人に任せて頑張るという視点が新鮮だ。「日本の母親はベビーシッターを使うことに後ろめたさを感じている」と指摘するポピンズ菅原氏は、「ベビーシッターを使うと、子供がやりたいこと、親がやりたいことの両方が実現できる」と発想の転換を促す。

一方で、「仕事と育児だけでなく、自分が輝く時間を確保したい」という声に、「両方とも権利であると同時に、責務。欲張るからには権利主張の前に、職責を果たすという意識が必要」という川島氏の言葉も刺さる。

発表会には経済産業政策局経済社会政策室、藤澤秀昭氏が出席し、「少子化、高齢化により生産年齢人口が減少しており、女性活躍は喫緊の課題」と述べた。政府の取り組みとして、女性や高齢者など多様な人材の能力を生かし経営上の成果を上げている企業を表彰する「ダイバーシティ経営企業100選」、優れた女性活躍推進を進める上場企業を「中長期成長銘柄」として投資家に紹介する「なでしこ銘柄」、女性起業家の支援を行っていくとした。

【上左】NPO法人ファザーリング・ジャパン 理事 川島高之氏。【上右】株式会社三越伊勢丹ホールディングス 三越銀座店店長 執行役員 浅賀誠氏(画像中央)。【下】会場の参加者の中にも、乳児を抱く姿が見られた。
末岡洋子
欧州IT事情に詳しいフリーランスライター。@IT(アットマーク・アイティ)の記者を経て、フリーで活躍中。