平均年収1600万円超で、年収ランキングダントツ1位の座を誇るキーエンス。工場を持たない「ファブレス経営」が高収益、高給の一因と考えられますが、自社工場を持たないメーカーは他にもたくさんあります。キーエンスだけがずば抜けた高収益を上げられる理由とは?
ファブレスだけではもうからない!
社員の給料が高い会社は、利益率が高い場合が多いです。社員がいくら優秀であっても会社がそれほどもうかっていなければ高給を支払うことができません。高収益を実現できるからこそ社員に多く還元できるのです。
前回の「平均年収1600万円超! なぜメーカーなのに『日本一給料の高い会社』になれるのか?」では、キーエンスの当期純利益率が36%もあることを明らかにしました。全国平均より10倍以上も高いその収益力こそが1600万円超の給料の源なのです。
キーエンスがなぜ高収益を獲得できているのかについては、「ファブレス経営」がその一因だとお伝えしました。ファブレス経営では製造や組み立ての工場を自前で持たないため、設備関連費や労務費が極端に少ないのです。
ただし、ファブレスだからと言って必ずもうかる訳ではありません。伊藤園や任天堂、セガなどもファブレスの会社として知られていますが、いずれもそれほど高収益でありません。例えば伊藤園の2015年4月期の粗利率は48%であり、任天堂の2015年3月期の粗利率は39%で、いずれもメーカーとしては高めですがキーエンスの粗利率80%に比べればはるかに低いです。
キーエンスの真の強みはファブレス経営そのものというよりも、それによって可能となった高い商品開発力ではないかと筆者は考えます。実際に、キーエンスのホームページによれば新商品の約7割が「世界初」もしくは「業界初」だそうです。これは並大抵のことではありません。顧客の顕在ニーズに応えるモノだけをつくっていたら、「世界初・世界最高」を生み出すことはできません。潜在ニーズを掘り起こし、世の中に望まれる以上のモノをつくらなければ新しい市場を創造することができないのです。そして新しい市場だからこそ、同業他社との価格競争に巻き込まれることなく、高い付加価値を感じさせながら商品を売ることができるのです。
では、キーエンスはいかにして商品開発力を磨いてきたのでしょうか。
現場密着こそが商品力を高める
メーカーが商品を売る際、顧客に直接売るのではなく、代理店や問屋といった卸売業の会社を通して売るのが一般的です。 企業を顧客とするB to Bビジネスの場合は、卸売業の会社を経由して商品を販売しますが、一般消費者を顧客とするB to Cビジネスであれば、さらに量販店やコンビニといった小売業の会社を通して商品を販売します。
なぜメーカーと顧客の間に、卸売業や小売業といった会社を介在させるのでしょうか。それは、販路を拡大することができる、個々の顧客と直接取引することにより発生する煩雑な手続きから解放されるといったメーカーにとってのメリットがあるからです。
ところがキーエンスは代理店などを仲介させることなく、全ての顧客に直接販売を行っています。その分、営業職の社員数が多いのですが、この直接販売にこそ高収益のヒントが隠されているのです。
キーエンスの商品は工場の生産ラインに不可欠な自動化・省力化のセンサーや測定機器などを販売しているため、工場さえ持っている企業であれば自動車、半導体、電子機器、食品、薬品といったあらゆる業種が営業のターゲットとなります。そしてキーエンスは直接販売のため、営業職が製造の現場に実際に赴き、製造過程の問題点を見聞きしやすい立場にあります。現場を知り尽くしているからこそ、生産性の向上や不良率の低下につながる商品を自社で企画することができる、つまり、直接販売だからこそ「開発・営業両部門が一体となった新商品開発・市場開拓」が実現できるのです。
また、1社で発生した問題は他の多くの顧客の製造現場にも共通する問題であったりするため、1つの成功事例を元に、新商品を他社にもどんどん展開することができます。さらにキーエンスは国内にとどまらず海外にも進出しており、売上の半分を海外売上が占めています。
このように、個別の問題を解決できる付加価値の高い商品でありながら、それを大量に製造委託先に発注することでコストを安く抑えることがでるため、利益率はさらにアップするのです。
直販がもたらすコスト削減
直接販売のメリットは、現場に密着することで顧客が喉から手が出るほど欲しい商品を開発販売できるようになるだけではありません。直接販売だからこそ費用を大幅に節約できるのです。
大きな効用が期待できる商品を製造する会社、例えば製薬会社や化粧品会社なども原価率が低く、粗利率が高いことで有名です。武田薬品工業の粗利率は70%前後、資生堂は粗利率75%前後もあります。しかしキーエンスと同様に付加価値の高い商品を世に出していても、それを開発したり売り出したりするために多額なコストをかけています。武田薬品工業の場合、新薬の開発には膨大なコストや年月がかかるため、研究開発費は実に売上の22%に上ります。また、化粧品は宣伝のためのコストや販売コスト、サンプル品にかかるコストなどが欠かせないため、資生堂の売出費(店頭での各種販促費用)と広告宣伝費は売上の23%も占めています。
一方、キーエンスは顧客の現場で生の声を聞きながら問題点を探り、解決案を探っていくため、研究開発に膨大なコストはかかりません。2015年3月期の研究開発費は売上の3%程度に止まっています。また、直接販売のため販売代理店への販売手数料といったコストがかかりません。一般消費者向けの商品を作っている訳ではないため、広告宣伝費もかかりません。例に挙げた企業と比べて、キーエンスが開発費や売出費をかけなくても済むのは直接販売による恩恵と言えます。キーエンスの販売費および一般管理費では、役員および社員の人件費と研究開発費が全体の6割以上を占め、それ以外に目立って大きな費目はないのです。
B to B直販の効果を最大限に生かす
粗利率が80%と極めて高いことに加え、販売管理費では人件費以外にはさほどお金をかけていないため、キーエンスでは営業利益率52%超という驚異的な水準を達成しているのです。
連載第15回「年収1300万円の働きマンと年収600万円のお休みマン、選ぶならどちら?」で、「年間休日140日、残業禁止、それでも社員には地域水準で最も高い給料を支払い、かつ優秀な経営成績を維持する優良企業」として紹介した未来工業も、キーエンスと同じく、B to Bで直接販売を行うメーカーです。しかしその未来工業をしても、粗利率は37%程度、営業利益率は12%程度です (未来工業株式会社 第50期 有価証券報告書より)。両社の強みや魅力は別のところにあるため、一概に比較はできませんが、それにしてもキーエンスの収益力の高さには目を見張るものがあります。
このようにB to Bで直接販売をしている会社は少なくありませんが、その中でキーエンスだけ飛び抜けて利益率が高いのは、顧客ニーズをくんだ上で「世界初・業界初」を誇る数々の商品を販売しているからだと考えられます。
なお、キーエンスは直接販売制度を活かしてその効果を最大限享受できていますが、全ての会社が同じようにできる訳ではありません。顧客数が比較的少なく注文高が多額の場合は、直接販売で対応できますが、顧客が不特定多数に上り個々の売上単価が少ない場合は、労力や手間のかかる直接販売よりも、卸売店や小売店に委ねた方が賢明です。
以上、今回はキーエンスの類まれなる収益力の背景にある高い商品開発力や直販制度、コスト削減などについてお伝えしました。次回は役員報酬、配当金、税金といった観点から企業体質に迫ります。
※次回は、2016年4月14日(木)公開予定です。
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公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。