安倍さんも明言

この連載では「産む×働く」を軸にして、「働き方改革」に取り組む、さまざまな企業を取材してきましたが、ついに政府にも大きな動きがありました。

2016年1月29日、総理大臣官邸で第4回一億総活躍国民会議が開催され、民間議員として出席しました。「ニッポン一億総活躍プラン」の策定に向けての意見交換が行われましたが、総理が、「働き方改革」それも長時間労働是正を骨格にすることを明言したのです。

「総労働時間抑制等の長時間労働是正を取り上げる」という踏み込んだ発言は初めてです。ひょっとすると日本の働き方の転換点に立ち会ったのかもしれません。

正確にはこのような表現でした。

「第一に、働き方改革です。具体的には、同一労働同一賃金の実現など非正規雇用労働者の待遇改善、定年延長企業の奨励等の高齢者雇用促進、総労働時間抑制等の長時間労働是正を取り上げます」

もちろん働き方改革は、昨年の会議の最初から検討事項には入っていました。しかし「テレワーク」が中心になるのではと、危ぶんでいたのですが、まさかの大逆転です。

欧州では「総労働量規制」がありますし、EUは「11時間」のインターバル規制(前日の就業の終了時間から11時間あけないと就業を開始してはいけない)もあります。働きすぎな日本人には、規制があったほうがいいし、政府が規制するほうが、企業に自主的な規制をさせるために、さまざまなインセンティブを出すよりも予算の節約になります。

経済界の抵抗が強いので難しい項目とされてきましたが、総理自らの発言からして、何か踏み込んだ動きがあることが期待されます。

今年は「働き方改革」、それも「長時間労働撲滅」元年となるかもしれません。

なぜ、長時間労働は問題か

そもそもなぜ長時間労働が問題なのか? いったいどこからが長時間労働なのか?

最近の学生は『残業=ブラック企業』と思い込んでいるぐらい、残業を警戒しています。しかし、社会人となった以上は「会社で残業があるのは当たり前」と思うでしょうし、もっと上の世代にいたっては「残業代がないと家計が回らない」という人もいるぐらいです。下町ロケットでも、刑事物のドラマでも、プロフェッショナル仕事の流儀でも、「深夜まで仕事をがんばる」シーンが一番盛り上がる。夜電気がついているのを見て、「あいつら、がんばっているな……ふふふ」と社長が言ったり、「社長! 昼夜問わず働いて完成しました!」っていうシーンがクライマックスになる。

日本は「昼夜忘れて長時間取り組む働き方」が「尊い」国なのです。そのほうが短期的には効率が上がる方もいることは事実ですし、最終的には「働き方が人それぞれ、その人の時間軸それぞれで選べる」というのがいいのですが、まずはこの「長時間が当たり前」というデフォルトを何とかするべきではないでしょうか?

なぜ日本には「過労死」を含むブラック企業問題が起きるのか、そして普通の会社員には「残業がデフォルト」なのか?

当然の疑問の答えを『ルポ過労社会』(中澤 誠著/ちくま新書)からいくつか抜粋します。

日本では「残業が当たり前」な4つの理由

1)特別条項で青天井の日本の残業

海外の人は残業せずに帰っているように見える。日本には労働時間の規制はないのか?

あります。日本には週40時間一日8時間という規制があります。それはドイツの48時間よりも厳しい規制です。(フランスは週35時間)

しかし、日本では労使合意があれば、いくらでも働かせられる国でもあります。

36協定(サブロク協定)の特別条項を労使が合意すれば、月45時間の上限以上の「青天井」に残業時間を課すことができます。月80時間からの残業は「過労死ライン」ですが、その80時間を超えた協定を結んでいる企業が7割。この特別条項があれば、月200時間超の残業を課すことも可能です。つまり上限がない。EUでは「残業も月48時間まで」という上限規制が義務づけられています。

2)企業にとってお得な少人数が長く働くこと

残業には割り増し賃金がある。残業させることは企業にとって、お得なのでしょうか?

お得です。アメリカはEUのような厳しい上限規制はないのですが、1.5倍という割り増し賃金です。日本は1.25倍。(60時間を超えたら1.5倍だが、中小企業は除外)今のままの割り増し賃金では、日本では人を増やすより、少人数に長く働いてもらった方がお得という仕組みになっています。

3)テレワークやフレックスがあれば問題解決?

長時間労働規制ではなく、フレックスタイムやITを使ったテレワークがあればいいのでは? いつでもどこでも働けるようになるほうが、自由に働けるし、子育ても楽になる。

確かにテレワークやフレックスを組み合わせた柔軟な働き方は大きな変化をもたらしています。しかしそこにも「上限」はあったほうがいいと思います。子どもが寝た後、家で働きたい人もたくさんいる。でも、日本の働くお母さんの睡眠時間は世界一少ないのです。いくら在宅でも、毎日子どもが寝た後深夜に働き、その後また昼間働きでは、持続可能な働き方とは言えません。

EUでは上限規制のほかに「インターバル規制」(11時間あけないと次の仕事を始めてはいけない)があります。テレワーク、フレックスといえど、何か上限はあったほうがいいと思います。既にインターバル規制を入れている企業もあります。

4)確かに子育てや介護がある人が長時間働けないのはわかる。でも若いうちは限界まで働く経験が必要だと思うけど……

この意見は多いです。なぜなら今世間でものを言うようなキャリア女性はみな若い頃、独身時代、ハードな働き方をしてきて今があるという成功体験があるからです。

ワークライフバランスで企業を選ぶ若い世代

わたしも4)についてはずっと気になっていました。しかしワークライフバランスの第一人者、佐藤博樹先生(中央大学)に聞いたところ「最初のときこそ、自分が時間内にきちんと仕事をするという感覚を身につけないといけない。もしストレッチをかけたかったら、その感覚を身につけた後に合宿でも何でもすればいい」ということでした。

またミレニアル世代と呼ばれる1980年代以降生まれの若者たちの動向も無視できません。Bentley Universityの論文によれば、2025年には世界の労働人口の75%がこのミレニアル世代に当たるそうです。

日本では「ゆとり世代」と重なるこの世代、アメリカと違って、日本での人数は少ないのですが、彼らはお金や「やりがい」だけでなく「時間」、つまりワークライフバランス度で企業を測ります。2060年には日本の労働人口は半減しますから、今から優秀な人材を囲い込むためには、「仕事が第一」「プライベートより仕事」という考え方の企業には優秀な人は来ない、または付加価値をつけた後に転職していってしまうでしょう。

またグローバル人材と多様性の中で仕事をする場合、暗黙のうちに「上司がいるうちは帰りにくい」という文化や風土は通じません。

人材獲得競争に勝つためにも、上限のある働き方を推進する理由は十分にあると思います。

長時間労働をやめるには?

さて、経営者が長時間労働をやめるためには、何が必要なのか?

まず36協定違反などの取り締まりを強化するということがあります。特別協定すら結んでいない企業もあります。

この問題に長年取り組んできたワークライフバランス社社長小室淑恵さんにインタビューしたところ、「規制が厳しくなるのはいいのですが、実は最近協定違反にならないように、36協定の特別条項が上限60時間だったところを、実態に合わせて80時間に引き上げるなどの動きもでてきている」ということです。

いくら強化しても、やはり上限がないことには、いたちごっこになります。一方で、小室さんがコンサルタントとして入った企業ではすでに、「労働時間は短縮し、売り上げも利益も増え、女性管理職が増え、残業時間を減らす前に比べて、1.8倍になった企業、2.7倍になった企業などの事例が出てきています。社員の子どもを持つ率も増えるという良い効果」がたくさん出ているそうです。

しかし、取り組む企業が増えるほど、「自社だけが取り組んでも、まわりが長時間競争ではフェアに競争できない。日本全体の長時間労働を変えてほしい」という政府のリーダーシップ、強い規制を望む声もあがっています。

「長時間労働問題は少子化問題でもあります。団塊ジュニア世代の女性の一番若い人が41歳(1974年生まれ)、または幅広く捉えると37歳(1978年生まれ)です。あと3~5年ぐらいで「働きながら子育て出来る」と実感し、出産してくれなければ、この先100年人口は増やせない。つまり、ここ3年だけは人口増を最重要課題にして時限の措置でも取り組むべきです」と小室さん。

こうした状況の中、総理から出た「総労働時間抑制等の長時間労働是正を取り上げる」という明言。女性活躍法案でも、一番良い認定3をとるには「残業時間45時間以内は必須条件」となっています。

確かに日本人は勤勉で仕事第一で働き、高度成長期は結果を出してきた。それは否定できません。しかし時代は動いています。だいたい長時間働いても、日本の時間あたり生産性は22位(34カ国中)とOECD諸国の中でも低い。日本人の「働き方」も今大きく動くときを迎えているのだと思います。

6時間労働という考え方

そもそも1日8時間というのはなぜ決まっているのでしょう?

これはアメリカの労働者が1886年に「1日24時間のうち、仕事に8時間、休息に8時間、自分の時間に8時間を」を求めてストライキしたことに由来します。

人が決めたものなので、変えられます。

「1日の労働時間を8時間から6時間に短縮したら効率が上がり、従業員の意欲も高まった――。スウェーデンの職場で近年、そんな報告が相次いでいる」というニュースもありました(http://www.cnn.co.jp/business/35071464.html)。

日本でも一日6時間を取り入れているのはZOZOTOWNを運営するスタートトゥディです。「ろくじろうとは「6時間労働制」というスタートトゥデイ独自の取り組みです。8時間労働が当たり前という常識を見直し、働きすぎな日本人に新しい働き方を提案することを目的に実施しています」とHPにあります。

あなたは何時間働いて、いくら必要ですか?

結婚していたら、1人ではなく2人で働いて、何時間働いていくらもらえれば、安心して子育てできますか?

時間とお金が見合っているか……そろそろ、考えるべき時代になっているのではないでしょうか?

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。1億総活躍会議民間議員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊1月5日発売『専業主夫になりたい男たち』(ポプラ新書)。