年収ランキングの上位にずらりと顔を並べるテレビ局。在京の民放キー局に限れば、平均年収は1300万円を超えるほどです。社員にこれほどの高給が支払えるのは、それだけたくさんもうけているからなのでしょうか? 就活人気も高いテレビ業界の仕組みに迫ります。

日本一高給取りのテレビ局員

2016年が始まりました。日頃忙しく働いている人も時には充電が必要です。鋭気を養うために、お正月はゆっくりと羽を伸ばし、家族だんらんで食卓を囲みながらテレビ番組を楽しんだ人も少なくないでしょう。毎年恒例で、大みそかは紅白歌合戦、三が日は箱根駅伝を見る人も多いようです。

このように手軽な気分転換として欠かせないテレビ。放送する番組内容は庶民に寄り添っていても、テレビ局員はかなりの高収入だということをご存知でしょうか。サラリーマンの平均年収が400万円台だと言われているなか、テレビ局員の平均はその3倍以上に上ります。

まずは年収の高い会社のランキングを見てみましょう。2014年6月期から2015年5月期の有価証券報告書に記載されている情報に基づくと、同期間における年収の高い会社トップ10は表のようになります。

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【上】年収ランキング上位10社。その半数をテレビ局が占める。【下】テレビ局 年収ランキング上位6社。いずれも年収1300万円を超える。

10社中、電気機器メーカー、証券会社、商社からそれぞれ1社ずつ、経営コンサルティング会社から2社ランクインしているのに対し、テレビ局はなんと半数の5社を占めています。近畿広域圏を放送対象域とする朝日放送が3位、TBSで知られる東京放送ホールディングスが4位、日本テレビホールディングス、フジテレビを傘下におさめるフジ・メディア・ホールディングス、テレビ朝日ホールディングスがそれぞれ6位、7位、8位にランクインしました。

もちろん平均年収のみではなく社員の平均年齢や社員数なども考慮すべきですが、全体の傾向としてテレビ局は給料が高いと言えます。世間一般では商社や証券会社、銀行などは高給取りというイメージがありますが、実はそれら以上にテレビ局員の稼ぎが良いのです。民間放送の在京キー局に限って言うと、どこも平均年収が1300万円を超えています。地方局は在京キー局ほどではありませんが、ある程度の規模と収益を誇っている会社においても平均年収が1000万円を超えているところがあります。テレビ局員の給料はなぜ高いのでしょうか。

意外と薄利のテレビ局

テレビ局員の給料が高いのは、テレビ局は参入障壁が高く、競合他社が少ないぶん多くの収益を上げられるから。また電波使用料などのコストが売上の割には安く、そのぶん多くの利益を上げられるから。要は「たくさん儲けやすいから給料が高いのでは?」という憶測の声をよく耳にしますが、実際はどうなのでしょうか。

一般的に、社員の給料の高い会社は利益率も高いことが多いです。会社のビジネスモデルや商品などが優れていて高収益のため、分け前として社員に多くを還元することができるからです。

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テレビ局 年収ランキング上位6社の当期純利益率

例えば年収ランキング1位に輝いたキーエンスは、当期純利益率30%超が3年以上続いており、長期的に見ても30%近くの純利益率を維持し続けています。2014年に経済産業省が発表した全国における当期純利益率の平均は2.9%ですので、その10倍以上もの収益力を誇っています。会社の業績からすれば、社員の平均年収が1648万円なのは決して高すぎる水準ではないのです。また、年収ランキング2位の野村ホールディングスは2015年3月期の当期純利益率が11.6%、5位のGCAサヴィアンは2014年12月期における当期純利益率が17.4%といずれも高収益です。

ところがテレビ局に関しては、競合が少ない、電波使用料が安いなどと言われているものの、思ったほど利益率は高くありません。2015年3月期の年収ランキング上位6社の当期純利益率は表のとおりですが、利益率が最も高い日本テレビホールディングスを除けば、大半の会社が当期純利益率3%前後で全国平均とさほど変わらないことが分かります。

高収益とは言えないビジネスモデル

ここで、テレビ局の収支構造について考えてみたいと思います。まずは収益についてです。民間放送のテレビ局は、視聴者に対して基本的に無料で番組を放送する代わりにスポンサーから広告料をもらっています。番組の間にCMが流れるのはそのためです。番組の視聴率が高まれば高まるほど広告媒体としての価値が高まるため、多くの広告料を獲得するためには面白い番組の制作が欠かせません。スポンサーからの収益は常に一定ではなく、番組の良しあしによって変動するのです。

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テレビ局の収益は、スポンサー企業からの広告料が多くを占める。

次に費用についてです。テレビ局が番組を放送するには、電波使用料のほかにスポーツ試合などのテレビ放映権料、中継権利料、そして番組制作会社などへの業務委託料、タレントへの出演料などがかかります。一般的に原価率が60%~70%に上るため、粗利率は30%~40%程度です。また、社員に対する人件費、番組の広告宣伝費のほかにスポンサー企業とテレビ局とを仲立ちする広告代理店への代理店手数料などもかかります。収益の15%以上を代理店に支払うため、人件費、設備費などを含めた販売管理費を差し引けば営業利益率は5%~10%にとどまります。そこからさらに納税などをしなければならないため、税引前利益に対して40%程を占める税金を支払えば当期純利益率は必然的に3%程度になります。テレビ局のビジネスモデルは、それほど高収益ではないのです。また、インターネット広告の普及により、このままいけばテレビ局の広告収入は減っていくと考えられます。それなのに社員の給料はなぜこれほど高いのでしょうか。

高給の理由も決算情報から読み解ける!

筆者が思うに、利益率が低いにもかかわらずテレビ局員が高給取りなのには3つの理由があります。

【1. テレビ局にそれだけの高給を支払う能力があるため】

通常の場合、当期純利益率3%前後の会社で働く社員の平均年収は400万円~500万円台であることが多いです。もし平均年収を1300万円にしたらおそらく当期純利益率は1%未満か赤字に陥ってしまいます。ところがテレビ局は高額な人件費を負担した上での純利益率が3%です。もし年収を500万円台に下げれば利益率は上昇します。ただ後述しますが、テレビ局で働く正社員の数は規模の割には少ないので、たとえ平均年収を500万円に下げたとしても筆者の計算では純利益率は2%程度のアップに過ぎません。平均より少し高くなりますが、高利益率というほどではありません。

【2. 社員の1人あたりの売上高が多いため】

1つ目の理由とも関係してきますが、業界最大手のフジテレビを例にしましょう。会社がホールディングス化する前の決算情報を見ればフジテレビ単体の業績がよく分かります。フジテレビジョンの2008年3月期の有価証券報告書によれば、同期における従業員数は1431名、平均年齢は39才、平均年収は1534万円となっています。

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フジテレビ 売上高の分配。最も多くを占めるのは、原価及び販管費に計上されている業務委託費の21%。いかに社外のリソースが多く使われているかが分かる。

かなりの高給取りですが、その期の売上高が3829億円なので、1人あたりの売上高を計算すると2億6757万円と多額です。世間では年収の3倍の売上高を上げればいいと言われている中、1人で2億6千万円以上もの売上を計上していると思えば年収1534万円はむしろ安いとも言えます。

ただそれには裏があり、フジテレビは事業を1431名の社員だけで回せるはずもなく、業務の多くを下請け会社に委託しています。総勢で何名関わっているかは分かりませんが、かなりの人数だと推測できます。その証拠に、フジテレビのコストの中で最も高いのが制作会社などへの業務委託費です。2008年3月期の損益計算書をもとに営業利益までの売上高の配分表を作成してみましたが、原価及び販管費に計上されている業務委託費は売上高の21%を占めています。その次が代理店手数料の15%。福利法定費などを含めた社員などの人件費は11%にとどまっています。

給料と業績が一致しない企業もある

テレビ局で働く人の構成は東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドと似ています。有名な話ですが、ディズニーリゾートで働く人の9割近くがアルバイトです。正社員は1割程度に過ぎません。ところがアルバイトが正社員並みに出勤した場合の年収は200万円台なのに対し、正社員の平均年収は800万円前後あります。4倍もの開きがあるのです。

同じことがテレビ局についても言えるでしょう。社員数が少なく、制作会社への委託度が高いテレビ局員の年収は1500万円超でも、制作会社で働く人の年収はその4分の1以下と言われています。なぜバイトや下請けの給料が安いかと言えば、それは需要と供給の関係によります。ディズニーリゾートで働きたい、テレビの番組制作に携わりたい、といった希望者が多ければ多いほど、その人件費を安く抑えることができます。人気業界で働くということはかくも厳しく、その中で正社員になるのは狭き門なのです。

【3. 不規則な勤務に対する手当が付くため】

番組制作や放送の都合上、アナウンサーや報道記者に限らず、制作や編成などに関わる社員も勤務時間が早朝や深夜に及ぶことも多く、長期出張なども考えられるため、さまざまな手当てが発生します。

冒頭でも触れましたが年末年始にバラエティーやスポーツ番組を楽しむ視聴者がいる一方で、その放映のために働いているテレビ局員がいます。テレビ局員は通常通り休日を楽しむことができないケースも多いのです。

また、テレビ局員の仕事はルーティンワークではなく、常に新しいコンテンツを作り出す必要があります。そして最近では二次使用も盛んとなりましたが、この流れては消えていく番組という名の“商品”には、視聴率という結果がもれなくついてきます。激務である上に、リアルタイムでたたき出される結果にも責任を持たなければならないので、体力的にも精神的にもハードだと考えられます。

以上のような理由を考えれば、テレビ局員の給料が高いのもうなずけるのではないでしょうか。一般的な傾向としては業績好調で利益率の高い会社の社員の給料が高いのですが、中にはテレビ局のようにそれほど利益率が高くなくても仕事の特質により給料が高くなることがあるのです。

3つの理由を満たす企業や、参入障壁が高い業界はほかにもあるはずです。しかし給与面でテレビ局ほど恵まれているところはまず見当たりません。そこには過去から続いてきた人件費の相場など、その業界ならではの背景が存在していると言えるでしょう。

いまや毎年のように企業の年収ランキングが開示され、それが就職先としての人気にも影響を及ぼしたりしますが、ただ単に給料が良いという点に反応するのではなく、なぜ給料が高いのか、その理由や業界の特性について考えてみてもいいのではないでしょうか。「なぜ」の問いかけに対してヒントを与えてくれるのが決算情報なのです。

それでは2016年、プレジデントウーマンオンライン読者皆さまの益々のご活躍とご繁栄をお祈り申し上げます。

秦 美佐子(はた・みさこ)
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。