2015年8月29日、政府主催の「女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム(World Assembly for Women in Tokyo, 略称:WAW! 2015)」のハイレベル・ラウンドテーブルが東京・高輪で開催された。ハイレベル・ラウンドテーブルと銘打たれた分科会では、「男性と共に変革する」「困難を抱える女性たち」など6つのテーマが議論された。そのうちの1つ、「ワークライフ・マネジメント」に登場した安倍首相は、ワークライフ・マネジメントは安倍政権が推進する“女性が輝く社会”の実現に不可欠であるとし、「多様な働き方をすることは、間違いなく生産性が上がる」と述べた。
安倍首相は「夕活」をアピール
ワークライフ・バランス、ワークライフ・マネジメントは決して新しい言葉ではないが、「仕事(ワーク)」「生活(ライフ)」という壮大なテーマなだけに、単純な解決策はない。ラウンドテーブルには、米国で前女性問題担当大使を務めたジョージタウン大学の女性・平和・安全保障研究所所長のメラニー・バービア氏、オーストラリアで女性問題首相補佐大臣を務めるミカエリア・キャッシュ氏、経済同友会代表幹事の小林喜光氏、日本電機代表取締役執行役員社長の遠藤信博氏、ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵氏、大和総研研究員の是枝俊悟氏、プロノバ代表取締役の岡島悦子氏、北都銀行代表取締役頭取の斉藤永吉氏、イー・ウーマン代表取締役社長の佐々木かをり氏、少子化ジャーナリストで相模女子大学客員教授も務める白河桃子氏、NPO法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク(J-Win)理事の内永ゆか子氏ら19人が参加。グーグル執行役員営業本部長の中條亮子氏のモデレーションの下で、豪華な顔ぶれによる活発な意見交換が繰り広げられた。
ハイレベル・ラウンドテーブル「ワークライフ・マネジメント」の冒頭に登場した安倍首相は、まず日本の現状として「男性が朝早くから夜遅くまで働くことを美徳とする社会」と認める。ITの登場により、場所、時間に拘束されることのない働き方が可能になったとしながら、「どのように実現していくのかが大切」と続けた。
政府の取り組みとして首相が紹介したのが、この夏霞ヶ関勤務の国家公務員に取り入れた“夕活”だ。朝早く出勤し、夕方早く帰って家族の時間など“ライフ”を充実させてもらうというものだが、蓋を開けてみると「3分の2が残業をせずに早く帰宅できている」と首相。一方で、「(残りの)3分の1は残業していたという現実も受け止めなければならない」とした。ワークライフ・マネジメントにおける首相のキーワードは、“多様化”だ。「政府が一律に進めることはできない」「多様な働き方をすることで、生産性が上がる」と述べた。そして、ラウンドテーブルでの議論を日本政府としても活用していきたい、と期待を寄せた。
長時間労働の改善はトップダウンで
リードスピーカーの1人、経済同友会の小林氏は、「グローバル、IT、ソーシャルの3つのうねりが押し寄せ、人々の価値観や生活が大きく変わりつつある」とワークライフ・バランスが今注目される背景を説く。この3つのうねりは、日本経済が直面している課題とも直結する。重工業などハードウェア中心の産業から形や重さのない情報とその処理に収益源が移行しているというトレンドに、どのように日本が対応するのかは今後のポイントになると述べた。
ワークライフ・バランスについては、先に経済同友会が発表した「世界に通ずる働き方に関する企業経営者の行動宣言」で提唱した“スマートワーカー”(主体性な生き方、働き方を選択する人)が同義になる。ここでは、「個人の主体性が発揮され、顧客視点で働ける環境を創る」「多様な人財をリーダーとして育て、登用・活用する」「働いた時間の長さではなく成果で評価し、処遇につなげる」「働く時間や場所のフレキシビリティを確保する」などを提言しているという。
ラウンドテーブルでは、ワークとライフのバランス、あるいはマネジメントの前に、まずは長時間労働をいかにして減らすかに注目が集まった。
例えば、大和総研の是枝氏は、入社時に大和証券グループが19時前退社を励行していたために、自分の時間を生かして勉強をして社会保険労務士の資格を取ったなど自らの経験を語った。「与えられた仕事だけではなく、他の場面でも勉強して成長できた」(是枝氏)。これは、トップダウンで行われた労働時間制限が有効だったと振り返る。また、配偶者の活躍も重要だという。「夫婦2人分の収入があれば、十分豊かな生活を送ることができる」と是枝氏、男性が1人で昇進して稼ぐよりも、女性の活躍を支援して育児や家事を積極的にやることは「最大の投資だ」と語った。
リーダーの立場からは、日本電気の遠藤氏が意見を語った。リーダーシップをもって労働時間を短くするという観点で取り組めることとして、「プロセスのシンプル化」があるという。会議の時間を短くする、5時以降は会議を開かない、などだ。もう1つが、「情報の共有化」だ。ある人が抜けても他の人がサポートできる体制がなければ、柔軟性、多様性のある働き方はできない。これは仕事だけではない──「妻が病気の時、子供に料理を作ったところまずいと言われた。子供の好物についての情報共有ができていなかったから」と言って会場を沸かせた。
北都銀行の斉藤氏は、実際の調査に基づき長時間労働の無意味さを実感している。「店舗を分析した結果、残業と業績は比例していないことがわかった。それどころか反比例している」と斉藤氏。やはりプロセスを変えていくことが、対策の鍵を握ると考える。具体的には「紙の文化」を変えることを提案した。「紙の資料を作るのに時間をかけていて、議論がまったく成されていない。スピードも遅くなる」と斉藤氏。「紙から議論に変えることでスピードも上がり、業績も向上する」と続けた。その実現には、トップがリーダーシップにより改革を行うしかない、と述べた。
子供の教育環境から見直しを
佐々木氏は、イー・ウーマンが主催する「国際女性ビジネス会議」でも多様な働き方が重要なテーマになっていると報告した。多様な働き方に対しては、ポリシー、そして意識・行動の2つの面を分けて取り組むべきだと述べた。意識・行動では、多くが挙げた“リーダーシップ”に合わせて、興味深い指摘をした──それは”教育”だ。特に都心では小学3年生頃から中学受験を睨んで勉強し、夜遅くまで塾に通う。そうやって勉強漬けで小学生時代を過ごし、中学校の部活では上下関係の下で忠誠心を求められ、家族の旅行を理由に休むなどのことができない雰囲気の中で部活に励む。このような子供時代を過ごした子供たちが社会に出て、いきなりワークライフ・バランスといわれても無理、と言うのだ。
労働時間の上限規制は必要か?
長時間労働については、規制として上限を設けるべきかどうかで意見が分かれた。例えばベンチャー企業をよく知るプロノバの岡島氏は、ベンチャー企業の場合、段階(ステージ)によって長時間労働が必要な時期があり、企業成長のために望んでやっている場合もあるという。「大企業と同じ規制を課すのはどうか」と岡島氏。人も企業も成長の段階により違うのではないか、と問いかけた。
少子化ジャーナリストの白河氏は、日本と真面目な国民性が似ていると言われるドイツの事例を紹介した。ドイツでは週48時間労働などの上限があり、さらにはインターバルとして休息時間を確保しているが、これが勤勉な労働者の働き過ぎにブレーキ役を果たしているとの見解を示した。さらに1人当たりの生産性はドイツの方が高い。なお、“36協定”をはじめ日本では長時間労働が可能な環境があるが、ワーク・ライフバランスの小室氏によると、大企業の約7割が月200時間の残業で従業員と合意しているという。一方で企業は、上限設定に反対しているのではない、という。他社が24時間の顧客サービスをやるから自社も……という一種の“泥沼戦争”から脱したいと思っている、と明かした。
経営層はIT講習を受けてください
ラウンドテーブルで挙がったプロセスの簡素化、情報共有はITの得意とするところだが、日本企業ではITの戦略的活用が進んでいないという問題も提起された。
ITの戦略活用を課題に挙げたJ-Winの内永氏は、成功するIT導入のためには、導入時の業務プロセス、業務方法、米国企業では当たり前とされるジョブディスクリプション(職務記述書)、責任権限、決定フローなどを明確にすることがまずは必要だとする。「明確にしなければ、アウトプットを評価できない。そうなると、ただ“頑張ればよい”になってしまう」という。これは長時間労働に陥りやすい。
内永氏は、「“私、ITがダメなんだよねー”という日本のCEOがいるが、リーダーが技術を理解する必要がある。勉強してほしい」と厳しい。「日本では会社の利益におけるIT投資が低いが、世界においてその投資は戦略的なものになっている。どんどん差が開いていく」と危機感を募らせた。そして、現在のように総務省と経済産業省が担当するのではなく専門の「IT省庁の設置を」とも呼びかけた。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page23_001408.html