働く女性すべてに知ってほしい新法
私は三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の主席研究員として、女性活躍推進やダイバーシティマネジメントに関する調査研究やコンサルティングを行っています。最近の大きな話題は、現在国会で審議中の女性活躍推進法(正式名称「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」)です。法案の審議に際しては、私も参考人として、衆議院内閣委員会で意見を述べさせていただきました。
あまりマスコミで取り上げられておらず、法案の審議中でも企業の人事担当者ですら内容を知らない人も多い状況でしたが、企業にとってはもちろん、私たち女性にとってもインパクトの大きなもの。働く女性すべてに関わる法律ですから、内容を知ってほしいですし、企業経営者や人事担当者をはじめ、ビジネスパーソンには正しく理解して対応していただきたいです。
女性活躍推進法は、国や地方公共団体、従業員301人以上の企業に対し、女性がどのくらい活躍できているのかといった実態を調査、分析し、課題を明らかにすることを義務づけています(従業員300人以下の企業は努力義務)。そして、定量的な目標を定め、改善するために何を行うかをまとめた「事業主行動計画」を策定、公表しなくてはなりません(事業主行動計画の策定については、2016年4月1日施行)。また、現在の活躍状況に関わるデータの公表も求められています。
女性がどのくらい活躍できているかを見るための数値については、「女性採用比率」、「勤続年数の男女差」、「女性管理職の比率」、「労働時間の状況」などが例として挙げられています。現状を把握し、原因を分析し、改善計画を立ててそれを実行するという、通常のビジネスで行われているPDCAを回すことを、企業に求めるものです。
これら4項目は「基本の『キ』」です。もしも経営者や人事担当者の中で、「まだ何も取り組みを始めていない」、「何から手を付けていいかわからない」という人がいたら、これら4項目だけでも把握し、分析するところから始めると良いと思います。また、厚生労働省のホームページ「ポジティブ・アクションを推進するための業種別『見える化』ツール」には、業種別の支援ツールがあり、現状把握や課題分析、行動計画策定の参考になるので、ご覧いただくと良いと思います。
「定着」と「活躍」から現状分析を
4項目を中心としたデータを分析することによって、各企業の課題が見えてきます。できれば、4項目に加えて、「女性活躍推進の構造図」に示したような項目についてもデータを把握していただきたいと思います。女性の活躍は、家庭生活と仕事の"両立"などによって実現する「定着」(仕事を辞めずに続けること)と、職場で能力を発揮することによる「活躍」(期待役割に見合った仕事を任され、正当に評価されること)の両面から考えていく必要があります。男女の活躍度合いにどのくらい差があるのかは、最終的には平均賃金指数の男女差に表れます。しかし、平均賃金指数はあまりにも総合的な指標すぎて、ここに格差があっても、具体的にどんな問題があるのかは見えにくいと思います。
そもそも「採用」ができていなければ始まりませんし、女性は一般職、男性は総合職というように分かれてしまっていては、女性の活躍の幅が狭くなってしまいます。「定着」は、たとえば4項目の中の「勤続年数の男女差」の高低で見えてきます。さらに、「3年目定着率」、「出産時定着率」、「10年目定着率」を分析すると、どのような段階に就業継続の課題があるのかがわかります。3年目定着率が低いのであれば、初任配属時の担当業務や上司、長時間労働などに課題があるのかもしれませんし、出産時定着率が低いのであれば、育児休業や短時間勤務制度などの利用しにくさなどに問題があるのかもしれません。
「活躍」の指標の1つが、最近注目されている「管理職女性比率」です。「管理職予備軍女性比率」、「10年目配置」、「評価、異動・転勤、研修」、「初任配置」などと併せて分析すれば、女性管理職比率が低い原因が絞り込めてくるでしょう。異動・転勤経験の男女差や10年目の配置に男女差があれば、キャリア形成に必要な職務経験が女性に十分与えられていない可能性があります。管理職候補の女性比率は低くないのに、管理職女性比率が低いのであれば、候補となる層の女性が、管理職に必要な経験や能力を身につけられているかどうか自信が持てていない可能性がありますし、管理職の働き方が厳しすぎて、管理職になると仕事と生活を両立できないと考えているという可能性もあります。
「女性管理職を増やすこと」が目的ではない
企業のみなさんが、新法で一番気にされているのは、現状の女性活躍状況を示す数値の公表のようです。公表するデータ項目については、今後省令で定められる候補の中から企業が選んで公表することになります。ワーク・ライフ・バランスや両立支援の取り組みを熱心に行ってきた企業であっても、これら4項目の数値が良いとは限りませんし、これまで公表してこなかった企業も多い状況です。特に最近は、政府の成長戦略に数値目標が掲げられたりと、女性管理職比率に注目が集まっていますが、日本企業におけるその比率はどこもまだかなり低い水準です。
しかし、新法の狙いは女性管理職を増やすことだけではありません。これは数多くある課題の一つに過ぎません。前述の「女性活躍推進の構造図」にあるさまざまな指標を総合的に押し上げることによって、結果的に女性管理職比率も上がってくると考えられますが、短期的に、女性管理職比率だけを上げようとすることには弊害もあります。
近年、多くの企業で、妊娠や出産した女性が産休や育休を経て職場に復帰するようになってきており、企業としては、女性の活躍に関して「これ以上、一体何をやる必要があるのか?」という声も少なくありません。しかし、妊娠・出産時に働き続けられる両立支援だけで十分なわけではありません。戻ってきた職場で、女性が活躍できる環境づくりが必要です。新法の一番重要のメッセージはここにあります。「両立」の先に、「活躍」支援として、まだ企業に取り組んでほしい課題がある、ということです。
これまでの日本企業の正社員にとって、フルタイムというのは8時間勤務ではありません。与えられた仕事が終わるまで、時間制限なく働くことを意味しています。また、そのように働くことが、管理職になるなどキャリア形成をはかるための前提になっている企業が、いまだ少なくありません。だからと言って、「短時間勤務だとキャリア形成ができないから、早くフルタイムに戻って長時間働き、管理職になりなさい」というのは、多様な働き方を受け入れたことにはなりませんし、本当の意味でダイバーシティマネジメントとは呼べません。限られた時間・働き方の中でしっかりと活躍してもらうにはどうしたらいいか、キャリア形成としてどのような道筋・選択肢が設けられるのか、企業は本気で考えるべき時が来ているのです。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 経済・社会政策部 主席研究員 兼 女性活躍推進・ダイバーシティマネジメント戦略室 室長。中央大学大学院戦略経営研究科客員教授。2004年~2007年内閣府男女共同参画局男女共同参画分析官。少子高齢化対策、男女共同参画の視点から、ワーク・ライフ・バランスや女性活躍関連の調査・研究・コンサルティングに取り組んでいる。著作に『国際比較の視点から日本のワーク・ライフ・バランスを考える』(ミネルヴァ書房/共著)、『介護離職から社員を守る』(労働調査会/共著)等。