女性管理職にまつわる大間違い
「せっかく管理職になってほしくて、声をかけても、女性がなりたがらないんですよー」
どこの企業でも、政府の委員会でも必ず聞く、このセリフ。しかし「ワーキングマザーはお荷物」と同様、人々がよく耳にする言葉ほど本質からは遠い気がします。
確かにこれだけ政府が「女性活躍推進」「2020年までに指導的地位女性の登用を30%に」と声をかけても、実際に「管理職になりたい!」と目を輝かせる女性にはそれほど出会えない。(ま、そういった若い男性も減っていますが)。
いったいなぜなのか?
それは女性にとって「今の管理職」があまりに魅力やメリットがないからです。
「下手したら残業代がなくなる分、給与も低くなり、責任は重くなり、残業は増える」わけです。女性は現実的な動物なので「地位」や「権力」にはひかれません。
「女性は自信がない人が多いから研修すればいい」とか「女性はリーダーシップに欠けている」などというのは大間違いではと思います。
それでは彼女たちにとってのメリットとは何なのか? それを考えずに「管理職」を増やそうとしても、一定数でとまるでしょう。
カルビーの松本晃会長は「男は何か知らないけれど偉くなりたい。女性は賢いから断る。女性は頭がいいから責任と報酬が見合っているかを計算できるんです。明日から年収1億円と言われたら、女性だって管理職になると思います」と言っていました。
確かに、1億円あれば家事や育児の外注もできるし、職場から近い家に住むことも可能です。「お金」は目に見えない「地位」より魅力的です。
6割が「給料が下がってもいい」
しかし、女性にはもうひとつ大切なものがあります。
「アンケートをとると、6割の女性がワークライフバランスを保つことができる仕事なら、転職して給与が下がってもいいと回答しています」
これはハイキャリア女性に特化した転職サイト「LiB」を立ち上げた松本洋介さんに聞いた話です。
「お金か時間」……女性にとっては同等の価値があるのです。
「LiB」は年収400万円以上のハイキャリア女性のための転職マッチングサイトですが、「新しい!」と思ったのは、登録する際に「働き方」を希望できること。主婦パートなら「週3回」などの働き方を選ぶことができますが、フルタイムのハイキャリア女性は、給与や地位などの条件は選べても、「24時間働くのは当たり前でしょ?」という前提でした。
「子育てに適さない職場環境でも、出産してからの転職活動はきつい。小さな子どもがいると雇ってもらえない」という嘆きを何回もききました。
しかし「LiB」では「ワークライフバランス(WLB)型」という登録もできます。そして登録女性5500名のうち6割が、WLB型にも登録しているということです。
リクルート、女性向けマーケティングの会社トレンダーズ取締役を経験した松本さんは「女性ばかりに囲まれて働いてきた」と言います。
多くの女性たち、それも一流大学を出た優秀な女性たちが出産を機に、両立に悩み「バリキャリか育児か」の二者択一を迫られ、キャリアを中断したり、またはマミートラック(ゆるキャリ)に入り、意欲をなくしていくのをみてきました。
結婚や出産、子育てなどのライフイベントを、しなやかに乗り切る働き方はないのだろうか? そんな疑問がビジネスチャンスとなりました。
「LiBに登録した161人にアンケートをとったところ、5割が将来経営幹部・管理職になりたいと答えていた。しかし、8割が『出産後は在宅、時短で仕事がしたい』とも答えています」(松本さん)
凄母の話はつらすぎる
これは私の取材実感とも一致しています。できる女性、将来は管理職になれそうな優秀な女性たちが、出産後も減速せずに働き続ける「凄母の話はつらすぎる」というのです。彼女たちは「バリキャリかゆるキャリか」の強いられた二者択一ではなく、「一時的セーブ型」ともいうべき志向を持っていました。出産後は「仕事時間を意識的にセーブする」のです。
通常の日本型キャリアパスでは、このような「セーブ」の時期を作ると出世コースからはおりたと見なされる。しかし、彼女たちはとても優秀なので、会社が彼女たちをずっと「おりた人材」と見なすのはあまりにマイナスが大きいと思います。柔軟な人事制度があり、子供の学齢や環境に応じた働き方を選べれば、彼女たちの将来の会社への貢献度は計り知れません。
日本の保守的な企業では「一時的なセーブ」という働き方が社内では不可能という場合もあります。そんな女性たちにとって、LiBはニーズを満たしてくれるサービスなのでしょう。
女性の転職市場が熱い!
「今女性転職市場は活況ですか?」という質問に松本さんは「活況です」とはっきりと答えてくれました。活況の理由は2つあります。
1)20代から30代前半のプレイヤーとしての市場
2)管理職候補としての市場
この2つの市場が「熱い」というのです。
ウーマノミクスで注目される「女性管理職市場」である2)については「これは「管理職にさせたい」側、つまり企業サイドからのニーズが熱いのです。
まず均等法第一世代(40代半ばから50)と呼ばれる働く女性は極端に少ない。ほとんどが企業を去って、家に入るか、外資系などにいってしまった。今いる女性管理職はまさに『サバイバー』でルールもない、道なき道を切り開いてきた人ですが、大半が「討ち死に」してしまった。そもそもパイが少なすぎる」
「やはり女性は難しい」と不況の影響もあり、均等法第二世代ともいうべき30代半ば以上の女性に関しては「採用が抑えられた」という現実もあります。15年目以上の女性も少ないのです。
企業からすれば「管理職になれるような15年目以上の女性が足りないので、補填したい」。そして転職市場では「15年目以上の女性の人材はそもそもパイが少ないのでひっぱりだこ」ということになります。
そして1)の部分、プレイヤーとしての第3世代ともいうべき女性たちは自分たちの希望で「転職したい」ニーズが高い。
「社内にチャンスや魅力ある仕事がないので転職したいという個人の思いが熱いのが20代から30代前半のプレイヤー層です」
松本さんによれば、
「働く女性の数が増え、第2世代が長く働くのを見てある程度ロールモデルもいる。長く働こうと思えば、良い環境を求める。SNSなどで働き方をシェアし、隣の芝生を知っている。もっといい環境に転職したいんです」
寿転職という手もあり
しかし活況だからと言っても転職によるミスマッチがあるのではないでしょうか?
例えばWLBが悪い企業からは子育て期の女性が去っていく。去られた企業は女性を補填したい。しかし転職市場にいる女性たちはWLBを求めている。そんなミスマッチが容易に想像できます。
「確かにあります。女性採用にトラウマがある企業は30代女性は『結婚、出産で辞めそうだから』という理由で敬遠します。そんな企業には20代半ばの女性はすぐに決まります。しかしベンチャーなどでトラウマのない企業は違います。常に人手不足だし、優秀なら時短でもなんでも人がほしい。例えば外資系ITで年棒1000万の人がいる。彼女は5時6時で仕事を切り上げたいという希望です。そこで働く時間は自由で『年収600万』という歩みよりがあり、転職に成功しました。女性は無理は言わない。ちゃんと譲歩する術を知っています」
こういった転職は他でも取材しましたが、企業サイドとしては「半分の年収で優秀な人材を確保できた」というありがたいケースになります。
それではどのタイミングで転職するのがいいのでしょうか? 最近私が取材したのは「寿転職」。20代の女性が結婚を機に退職する。しかし実は転職もしっかりしている。これからの出産、子育ての両立を見据えて、結婚した時点でWLBが悪い企業から去っていくというケースです。
「確かにライフスタイルが変われば働き方も変わる。女性ならではの転職だと思います。転職時点で『結婚、出産予定』を不利になるから明かさない人もいますが、マッチングのためにそこはオープンにするべきでしょう。
それに比べると、子どもがいざ産まれてからの転職は確かに厳しいです。しかし欲しがられる人材はいます」(松本さん)
転職できる人材とは
それではどんな人材が「転職市場で強い人材」なのでしょうか?
「スペシャリティを持った人です。エンジニア、デザイナー、プログラミング、または営業に強い人が求められています。そして武器は『アウトプット』がある人。ぜひ女性は転職の条件交渉で使える『武器』を持ってほしい。20代でも『語れる実績』を作ることが圧倒的に大事です」
松本さんいわく武器とは「営業実績」「プロジェクト実績(自らが主体となったもの)」「企画の実績」などです。
松本さんの話を聞きながら、欧米では当たり前の実績ベースで転職しながらキャリアアップしていくという働き方が、だんだん見えてきているような気がしました。その働き方も、自分のライフスタイルに応じて選べるようになるのです。
「この流れは一時的なものではなく止まりません。少子化で労働力は不足するので必然的に進んでいく。僕がこの起業をしたのは、今起きている働き方の『地殻変動』とも言える動きを速めたいから。女性が働きやすい社会の実現を5年かかるところを3年にしたい。今、働く女性たちに言えるのは『残る』ことも『転職する』ことも、どちらも有りだということです。でも不満を持って居続けるのはよくない。より良い企業に人が集まるという競争原理は働くべきです」
取材を終え、松本さんと私が同じものを見ていることがわかりました。私も「大量のワーキングマザーの出現」は「お荷物」でもなんでもなく、「彼女たちが中心となって、働き方の革命が起きる」と思っています。それは、男女ともに働きやすい世界の実現につながっていく。
転職するという道が整備されてきた以上、育ててきた優秀な女性たちが社外に流出せず、「管理職」への道を歩んでもらうにはどうすればいいのか?
「報酬」もしくは「時間の自由、働き方の自由」を保障するのはどうでしょうか?
そうすれば「管理職になりたい」とモチベーションの上がる人も出てきます。多分女性だけでなく男性にとっても魅力的でしょう。自分の時間をめいっぱい使って疲弊するまで働き、パワーゲームをし、さらに上にいって「見える昇給」があるかどうかは賭け……そんな中間管理職像には、男女ともに魅力を感じない時代となっています。
「女性が管理職になりたがらない」と嘆くより前に「どうしたら、魅力的な管理職像を描けるか」ということを視野に入れてほしい。転職サイトの活況は、まさにその必要性を物語っているのです。
松本洋介
明治大学卒業後、2003年にリクルート入社。タウンワーク、ホットペッパーでは全国営業MVPとして受賞歴多数。新規事業開発室にてエルーカ創刊に携わった後、07年「東証マザーズへの上場実現」をミッションとしてトレンダーズにCOOとして入社。12年営業取締役として東証マザーズへの上場を実現。14年4月LiB創業、代表取締役就任。
白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。「妊活バイブル」共著者、齊藤英和氏(国立成育医療研究センター少子化危機突破タスクフォース第二期座長)とともに、東大、慶応、早稲田などに「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」をボランティア出張授業。講演、テレビ出演多数。学生向け無料オンライン講座「産むX働くの授業」も。著書に『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』『婚活症候群』、最新刊『「産む」と「働く」の教科書』など。