※本稿は、中島美鈴『しんどい「中年の危機」から抜け出す本』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
40代以降に増える「ぽっかり空いた時間」
週末の夕方、リビングのソファに座って何気なくスマホを眺めている。息子は部活の合宿で不在。娘は友だちと出かけていて夜まで帰ってこない。パートナーは実家に用事があるとかで出かけている。
「さて、何をしようかな」
そう思った瞬間、ふと胸の奥に妙な違和感が広がる。
「あれ、やるべきことがない」
というより、「自分がやりたいこと」が思いつかない。テレビをつけてもピンとこない。本を読む気にもならない。こういう「ぽっかりと空いた時間」が、最近増えてきた気がする……。
子どもたちが小さかったころは、週末といえば公園に連れて行ったり、少年野球の試合の応援に行ったり、家族でショッピングモールに出かけたり、とにかく予定が詰まっていた。仕事でもプレイヤーとして最前線で動き回り、スケジュールに追われつつも目一杯働いていた。
忙しくて大変だったけど、「自分の役割」ははっきりしていたのです。パートナーと共に家族を支える、頼れる存在。現場を支える、頼れる社員。それが今や子どもは高校生、大学生になり、もう親としての出番はほとんどない。仕事では後輩の育成やマネジメントが中心で、自分が最前線に立つことは減った。
「中年の危機」の心理的な揺らぎ
もちろん、それが組織における自然な流れだと頭ではわかっているけど、心のどこかで引っかかるものがある。
「自分は何のために生きているんだっけ? 存在意義は?」
口には出さないけど、ふとした瞬間にそんな問いが頭をよぎる……。
こうした感覚を抱くのは、けっしてあなただけではありません。ミドルエイジを迎えた多くの人が同じような違和感を経験しています。特に、「子育てが一段落した」「仕事の役割が変わった」という2つの変化が重なったタイミングで、この感覚は強くなりがちなようです。
「最近、何をしても楽しくない」
「夜、布団に入ると、昔のことを思い出してなかなか寝つけない」
「仕事に行きたくない。家族と話したくない。ふと、そんな気分になる」
こんな状態が続くと、「もしかして、自分は病気なんじゃないか」と不安になるかもしれません。でも大丈夫。それは病気ではなく、「中年の危機」によって引き起こされる心理的な揺らぎです。
中年の危機とは、一般的に40代から60代前半のミドルエイジに経験する「心理的・感情的な危機」を指します。
10人中8人の大人が迎える「第二の思春期」
男女とも更年期に差しかかるこの時期は、体力や集中力の衰えを如実に感じ始めるころ。健康面に不安を感じたり、同期との昇進の差から自分の能力について考えたり、職場での役割が変わったりして、自分の居場所が定まらない感覚になることもあるでしょう。
ミドルエイジにある多くの人が、自分の人生やキャリア、家族関係、健康状態などに対して揺らぎを感じ、それが自己評価の低下や将来への不安、過去の選択への後悔などにつながっていくのです。
アメリカの心理学者ダニエル・レビンソンの研究によれば、40代から50代にかけて、男女とも約8割の人がこのような心理的な危機に直面するといわれています※。
(※「The Seasons of a Man's Life: The Groundbreaking 10-Year Study That Was the Basis for Passages!」(1978),「The Seasons of a Woman's Life」(1996) by Daniel J. Levinson)
じつに、10人中8人。するすると何事もなくミドルエイジを通過することができる人の方が圧倒的に少数派です。大部分の人がつまずき、悩み、どうしたものか? と眠れぬ夜を経験していきます。
いわば、中年の危機は「大人が迎える第二の思春期」。
10代のあのころ、この先どう生きていったらいいか? 進路に、恋愛に、自分のあり方に、私もあなたも、クラスの一人ひとりが心の揺らぎを経験したように、ミドルエイジにも多くの人が迷い、戸惑うのです。これは病気ではなく通過点。安心してください。あなただけがもがいているのではありません。
要因①人生の折り返し、振り返る時間が増える
では、なぜこの時期は心が揺らいでしまいがちなのでしょうか。中年の危機を引き起こす要因として、主に次の5つが考えられます。
【[要因①]人生の折り返し地点で、これまでを振り返る時間が多くなる】
40代、50代は、人生の折り返し地点です。前述した働き手や保護者としての役割、健康状態の変化などから、「これまでの人生、これでよかったのか」「本当にやりたいことができていたかな」と振り返る時間が多くなります。
そして、ここからが人の心のやっかいなところで、振り返れば振り返るほど、ネガティブな部分を意識してしまうのです。これはネガティブバイアスと呼ばれる心理的な傾向で、私たちにはポジティブな情報よりもネガティブな情報に注意を向けやすく、記憶に残しやすい性質があるのです。
結果、まわりからは充実した人生を送っているように見える人でも、「あのとき、ああしていれば」という後悔や「このままでいいのか」という焦りを感じています。
要因②キャリアの終盤/③身体的な衰え
【[要因②]キャリアの終盤に差しかかり、不全感が芽生えてしまう】
定年年齢の引き上げはあるものの、40代半ばから会社員生活は終盤に向かっていきます。現場から離れる人事異動、役職定年、定年退職といった区切りが視野に入り、また、セカンドライフ研修で退職後の生き方を考えるように促す職場もあります。
もちろん、環境の変化に備えるのは大事なことですが、自分のキャリアが終盤戦を迎えたと気づいたとき、築いてきたキャリアに不完全さや物足りなさを感じてしまうこともあるはずです。
「同期はどんどん昇進しているのに、自分は……」「このまま定年まで、この仕事を続けるのか」「本当はもっと違うキャリアを歩みたかったのに」
特に、出産や育児、闘病、介護のためにキャリアが制限されたと感じている人は、「本当にあのときの選択でよかったのか」という後悔の念がわいてくることもあるでしょう。
【[要因③]身体的な衰えを感じ、生理的な変化に不安を覚える】
「以前は徹夜も平気だったのに、今は少し寝不足なだけで体調を崩す」
「駅の階段を上るだけで息が切れる」
「ふとしたときに人の名前や地名、商品名が思い出せなくなった」
体力面でも認知能力の面でも衰えを感じ始める時期です。特に女性は、更年期によるホルモンバランスの乱れから、イライラや不眠、疲労感が強くなり、日常生活や仕事に影響を及ぼすこともあります。疲れやすくなった、眠りが浅くなった、もの忘れが多くなった……。このような変化は遠からずやってくる老いを意識させ、心理的な不安を助長していくのです。
要因④子どもの独り立ちや親の介護
【[要因④]家庭環境が大きく変化し、新たな役割を求められる】
子どもが独り立ちしていく、親の介護が始まる。この時期は、家庭内での責任や役割も大きく変わってきます。
保護者として子育てに全力を注いできた人にとって、子どもの独立は「空の巣症候群」と呼ばれる喪失感をもたらします。長年、「母親」「父親」としての役割が人生の中心だった人ほど、子どもが巣立った後、急に人生の意味を見失ってしまいがちなのです。
一方で、親の老化が進むと、今度は介護する側としての役割を担うこともあります。仕事と介護の両立に悩み、結果的に介護のために離職をする人も少なくありません。実際、介護離職が最も多いのは50代です。
こうした家庭内での役割の変化が、「自分って何だろう」というアイデンティティの揺らぎにつながっていきます。
要因⑤定年後を意識→お金の不安
【[要因⑤]老後生活への経済的な不安が束縛を生む】
「老後資金2000万円問題」が話題になって以来、老後の暮らしに蓄えはどのくらい必要なのかという議論が続いています。30代、40代前半まではニュースの一つにすぎなかった老後資金の話も、ミドルエイジになると現実味を帯びてきます。
金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(2023年)」によると、50代単身世帯の金融資産保有額の平均値は1391万円ですが、中央値だと80万円。50代の二人以上世帯の平均値は1147万円で、中央値は300万円です。
定年後の生活を意識し始めたとき、「年金だけで暮らしていけるのか」「貯金は足りているのか」「もし配偶者と死別したら、一人で生きていけるのか」といった不安が出てくるのは当然のことだといえます。
こうした経済的な不安が「今の仕事を辞められない」という束縛や、「もう新しいことには挑戦できない」という自己抑制を生み出すのです。
「本当はやりたいことがあるけど、お金のことを考えると……」と一歩を踏み出せない。
これもまた、中年の危機の要因となるぼんやりとした不安です。
「人生の転換点」を知らせるサイン
こうした要因のいくつかが重なると、中年の危機の症状ともいえる次のような状態に陥ります。
・何となく心がいつも重い
・意欲の低下、気力がわいてこない
・隠せない体力や記憶力の衰え
・「あのときああしていれば」という過去の選択への後悔
・「これが望んでいた人生?」と過去を振り返って焦る
・「自分なんか……」と自己評価が低下する
・キャリアや人間関係に対する疑念や不満(怒りっぽさ、ひがみっぽさを伴う)
・「孤独でも大丈夫だったけど、やっぱり……」など、将来への漠然とした不安
こう並べると、まるで病気の症状のように見えるかもしれません。
でも、先ほどもお伝えしたように、中年の危機は男女問わず約8割の人が経験する通過点です。第二の思春期に入ったこと、人生の転換期を迎えたことを知らせるサインだと解釈しましょう。
「若いころの自分と、今の自分は違う」
「これまで大切にしてきたものと、これから大切にしたいものが変わろうとしている」
そのことに心が気づき始めているからこそ、自己認識に揺らぎが生まれるのです。
英語で危機を意味する「crisis(クライシス)」という言葉は、ギリシャ語の「krisis(決断、転換点)」に由来します。つまり、中年の危機とは人生の転換点であり、より充実した人生の後半戦を迎えるチャンスでもあるのです。
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