■編集部より指令

前回の「職場の子持ち礼賛が面白くないと思ったら」の記事(http://president.jp/articles/-/11635)は、多くの方にお読みいただきました。

一方で、これだけの子持ち礼賛の時代であっても、子どものお迎えなどで定時に帰ったり、時短を取る女性の多くが肩身の狭い思いをしています。

仕事を持ち帰り、子どもを寝かしつけてから取り組むという、もはや時短とは言えないような人も。

時短で働くことの損得は、実際のところどうなのでしょうか。また、男性社員たちは時短女性のことをどう思っているのでしょうか。

■大宮冬洋さんの回答

「子育てより残業のほうが楽」つのる夫婦の不公平感 -働く時間・男の言い分
http://president.jp/articles/-/11763

■佐藤留美さんの回答

「0.5人」とカウントされる

ここ数年、子どもを出産後、育児休暇(育休)を取得して、職場復帰する女性社員が増えています。そして、大手企業の人事担当者複数名に聞く限り、その6~7割は短時間勤務制度(時短)を利用しての復帰なんだとか。

日本の会社に時短制度がいかに普及したか、そして、時短のおかげで、キャリアを諦めることなく仕事を継続できる人がいかに増えたかが、わかります。

しかし、コレでワーキングマザーも会社もその他社員もみんなハッピーかといえば、コトはそう単純ではありません。

まず、会社側は「時短社員は戦力にならない」と、文句ブーブーです。先日、私は、ある大手企業のある部門の組織図を見て「ギョッ」としました。

そこには、「○○推進課(5.5名)」などと書かれていたのです。

この5.5名の内訳は? と、その組織図を見せてくれた人に聞くと、この部署には、通常の勤務の人が4人と、育休復帰後の時短勤務の女性社員が3人いるのだそうです。

だったら7名の部署ではないか? そう突っ込むと、時短勤務の女性社員は、一般社員の「半人前」だから、0.5名としてカウントするのだと言います。

それを聞いて私はため息をついてしまいました。

時短社員は、一人前扱いして貰えないのか――と。

同僚からも評判が悪い

さらに、時短取得社員は、仕事を共にする上司や同僚の評判も、よくありません。

「取引先で問題が起きたなど、肝心な時に帰っちゃうから、アテにならない」(広告代理店男性社員)
「責任ある仕事を任せられないから、データの集計や情報収集などわりとどうでもいい仕事をやって貰うしかないが、そうすると、また、『もっと面白い仕事をさせろ』と文句を言う」(飲料メーカー男性管理職)
「時短社員が早く帰ってしまうから、彼女がやるはずの校了作業を私が代わりにやらされた」(マスコミ女性社員)

などです。

中には、「時短社員の時短を引っぺがす」ようにと、経営から圧をかけられる管理職もいるようです。

「ウチでは時短勤務は子どもが小学校に上がるまで取れる規則ですが、立て続けに子どもを産む人は、通算10年くらい時短社員のままです。こんな状況が続いたら、他の部員に負担が掛かり過ぎるので、最近、我々管理職の間には、彼女らに時短取得を辞めさせるように誘導しろとのお達しです」(サービス業管理職)

「時短の母」の働きぶり

こんな風に、時短社員は散々な言われようですが、ワーキングマザーを数十人取材してきた私の知る限り、夕方4時には、「残務なんて知らん」とばかりにサッと帰って、あとは放置なんて人は見たことがありません。

だいたいに、時短社員は、効率よく働く術を身に付けた人が多い印象です。

仕事時間のお尻が決まっているから、日中は火のついたように働きます。それでも、終わらないから、仕事を家に持ち帰るのはもはや常識です。

それで、子どもを保育園からピックアップし、夕飯を作って食べさせ、お風呂に入れて、遊んでやり、寝かしつけた9時ごろになって、一息つく暇もなく、パソコンの電源をオンし、再び、残務を片づけるのです。

これでは、仕事をする場がオフィスから自宅に変わっただけ。

なのに、時短した分だけ給料は引かれ、査定も下げられ、当然、出世ルートからは外され、なおかつ扱いは「半人前」。

しかも、自宅で仕事をするものだから、これを面白く思わないご主人からは、「お前、それでも時短かよ」なんて文句を言われてしまいます……。

そんな嘆きが止まらない「時短の母」を、私はたくさん知っています(もちろん、中には、「時短」の権利を乱用し、仕事の責任を果たさないワーキングマザーも少数ながらもいるには違いないだろうが)。

だったら、時短をやめれば? そう思う人もいるでしょう。

だが、妻、夫、双方の両親が遠方にいる場合、誰が子どもの保育園のお迎えをするのでしょうか?

延長保育を利用すれば? という声もあるでしょう。

でも、0歳児や1歳児の乳飲み子を、1日10時間以上保育園に置いておくのは不憫では? と、考えるのがむしろ普通なのではないでしょうか。

時短を取らないと5時に帰れないという現実

もっとも、子どもが乳児の時期を過ぎれば、本当は時短勤務を辞めたいと思っているママさん社員は数多く存在します。

それでも、なかなか時短を辞められないのは、なぜでしょう?

それは、日本の会社の場合、特に総合職は、時短をやめると宣言することは、無制限の残業を受け入れると言っているのと同義だからです。

ここで改めて、日本の労働基準法を読み返してみると、「使用者は、原則として、1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけません。」とあります。

しかし、誤解を恐れずに言うなら、日本の総合職に対しては、労働基準法はあってないがごとしです。

もし、この法令が順守されるのなら、日本のワーキングマザーの大半は、何も時短勤務を取得する必要がなくなるのではないでしょうか?

本当に、就業時間が9時から5時までなら、保育園の送り迎えにも充分間に合うでしょう。

だが、現実に、日本の総合職は9時から5時までの「フルタイム勤務」なのではなく、9時から無制限の「オーバータイム勤務」が常識と化しています。

だからこそ、総合職のワーキングマザーは「時短」をとらざるを得ないのです。

つまり、「時短」を取るということは、「残業できません」というシグナルを出しているだけ。

断じて、仕事に対してやる気がないとか、責任を取る気がないということではないのです。

くどいようですが、時短の人の多くは、「パートタイム」ではなく、実質はしっかり「フルタイム」で働いています。しかし、「オーバータイム(残業)」をしないがために、「パートタイム」扱いされてしまうのです。

「時短の人」はやる気がない?

そもそも、米国やアジアの企業には、「時短勤務制度」がある会社は、ほとんどないと聞きます。

それを捉えて、時短勤務がここまで普及した日本の会社は、「制度は各国以上に整っている」とエバっていますが、違和感を抱かずにはいられません。

もしかしたら、米国企業はそもそも時短という制度を置かずにも、定時キッカリに帰っても仕事の中身さえシッカリしていればお咎めなしの賃金決定システムや評価制度が整っているからではないでしょうか?

実際、私は最近ある米系の巨大企業を取材しましたが、そこの会社は、社員の評価基準や職務範囲、責任範囲が明確で、なおかつ、在宅勤務など柔軟な働き方を認めています。そのため、時短制度はあるにも拘わらず、これを取得する女性社員はほとんどいないそうです。

それに比べて、日本の会社は女性社員が時短を取得すると、おうおうにして査定を下げられてしまうのはなぜなのでしょうか?

家に仕事を持ち帰ってまでして熱心に働き、並の社員より成果を出している人でも、「時短の人」になった瞬間、「戦線離脱」と思われてしまうのは、どうしてでしょうか?

それは、日本の会社の賃金決定システムや評価制度が曖昧だからだ、と考えずにはいられません。

よく、労働の専門家たちは日本の会社の評価は「やる気査定」だと言います。

賃金決定のベースは年功制で、プラスアルファの部分は人事考課の反映だが、その人事考課のマル・バツは、「やる気」、あるいは組織や上長への「忠誠心」で決まるというのです。

人のやる気や忠誠心を測るのは難しいから、ついつい、労働時間の長さで測られがちです。そこへいくと、夕方、サッサと帰るような奴は、「やる気がない」と判断されてしまうのです。

しかし、アルバイト学生じゃあるまいし、いい年のホワイトカラーの評価や賃金が時間で決まるとは、おかしいとは思いませんか?

現在、「時短の母」が受けているような「パートタイム差別」は、日本の会社が、労働時間を厳密に守れば、解決するし、たとえそれが無理だとしても、労働時間の長短ではなく、仕事のパフォーマンスで評価する仕組みさえ整えば、なくなる問題です。

私が尊敬するある労働の専門家は、「今、日本の会社で成功しているワーキングマザーは、『スカートをはいた男』か、『親と言う名のメイドを抱えている』か、どちらかしかない」と仰いました。

そんな、状況が続くのは、健康的ではないし、子どもの教育に手抜かりはないかを考えると、日本の将来にとって、それが必ずしもいいことだとは到底思えません。

日本の会社は、いい加減、「長時間労働の呪縛」から解放される時期なのではないでしょうか。

佐藤留美
1973年東京生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒。出版社、人材関連会社勤務を経て、2005年、企画編集事務所「ブックシェルフ」を設立。20代、30代女性のライフスタイルに詳しく、また、同世代のサラリーマンの生活実感も取材テーマとする。著書に『婚活難民』(小学館101新書)、『なぜ、勉強しても出世できないのか? いま求められる「脱スキル」の仕事術』(ソフトバンク新書)がある。東洋経済オンラインにて「ワーキングマザー・サバイバル」連載中。