理解ゼロ、悪気ナシ

「今は妊娠するなと言われました」

ある大手情報産業の27歳女性ミサトさんから、こんなことを聞きました。27歳総合職の彼女は「幹部候補生」として期待されている。だから「今が大事な時だ。妊娠するな」というのです。ちなみに彼女は独身ですが。

その企業では「ワークライフバランス」の旗を降っています。なのに、現場ではこのあり様。実は、これが多くの日本企業の現実です。

いくら上から「女性が活躍しやすい、働きやすい環境を」と言っても、中間管理職のところで止まってしまう。トップは「女性活用」を発信しているのに、上から水をかけても、下まで浸透しない。それは40代、50代の「粘度層」のような中間管理職のせいです。

大量採用された20代後半から30代女性総合職の上司にあたるのは、ちょうどこの年代の人たちが多い。ほとんどが専業主婦の妻を持つ人たちです。だから「子育てをしながら働く女性」というものに対して、「実感」「体感」としての理解がゼロなのです。

そして、もうひとつの問題は、上司にはまったく悪気がないということです。ミサトさんは見込みのある部下です。上司としては順調に伸びて行ってほしい。特に「社員が成長すること」を常に叱咤激励している体育会系の会社の場合、「今は頑張れ。今妊娠すると上にいけないぞ。チャンスを失うぞ」というのは、見込みのある部下、かわいい部下だからこその激励の言葉でもあるのです。

仲間であって、女とは思っていない

もしミサトさんが期待できない部下だったら、きっとここまでは言わないでしょう。

都内で働く別の女性は、10年勤めた会社をやめました。表向きは結婚が理由ですが、別に退職勧告を受けたわけではありません。

「上司から転勤を言い渡されたからです。東京の人と結婚するのを知っているのに、なぜ今の時期の転勤を配慮してくれないのか?」

上司にとってみれば「転勤=成長の機会」です。悪気なく彼女に成長の機会を与えた。それだけです。しかし女性にしてみれば30代の結婚、そして妊娠、という大事な時期です。 転勤したら別居生活……妊娠したい大事な時期を離れて過ごしたくない。

「上司は私を自分の奥さんと同じ女とは思ってくれていないのですよね」

彼らは今までの男性用のキャリアプランに従って、女性部下を育てようとしているにすぎない。専業主婦の奥さんがいる上司は、仕事ができる女性を大事な仕事仲間だと思っていますが、奥さんと同じ女とは思っていない。まして妊娠や出産をどれだけ女性が大事に思っているか想像できないのです。会社の仲間は、いわば同じ宗教を信じている同士と思っています。その宗教の聖書には「プライベートよりも常に仕事が優先」と書いてある。妊娠、出産の文字はないのです。

しかし悪気がなくても、その「無知」と「想像力のなさ」は罪です。「無知」は妊娠、出産の適齢期に関する無知ですね。そして想像力のなさも大問題です。

「こんなにワーキングマザーが増えるとは思わなかった。女性のローパフォーマーが増えて、会社にはマイナスだ」という状況は、そもそも制度を作った男性の想像力のなさが招いたもの。「仕事が優先の女性は仕事のチャンスを失うようなことはしないだろう」と思っている。そして「子育て中の女性がこんなに会社に残るとは思わなかった」という想像力のなさです。産休・育休中の女性が大量発生しても大丈夫な制度を作っておかなかったのです。

有能な部下から、突然、妊娠の報告

では、どうしたら、彼らは気づくことができるのか? 徹底した研修もありますが、まずは経験することです。

ある男性編集長が言っていました。彼の部下はほとんど女性です。彼が一番目をかけ可愛がっていた女性の部下がある日言いました。

「妊娠しました」

彼にとっては青天の霹靂だったそうです。なぜなら「仕事が大好き」な彼女が、仕事の支障(?)になるようなことをするなんて思ってもいなかったから。同じ宗教の信者なのだから、その教義にそむくなんて考えられない。

でもどんなに仕事が好きでも女は女。妊娠するチャンスがあれば、するのです。

「同時に背中が寒くなった。一番仕事が好きな彼女が妊娠するなら、後の女性もどんどん妊娠すると思ったから」

彼の予想通り、彼女を皮切りに次々に部下が産休、育休に入り、今ではそれが普通の光景になったそうです。もちろん現場は恒常的な人出不足ですが、彼はちゃんとマネジメントをしています。それが当たり前の光景になれば「不可能だ」と思うことでも、それなりに対処せざるをえない。女性の力がないことには、彼の仕事は成り立っていかない。雑誌が出せないのですから。

産むときは、腹をくくって産む

彼らに「仕事が好きな女性も妊娠・出産するのだ」ということをわかってもらうためには、やはり身近な実例が必要なのです。

最初の27歳女性ミサトさんにアドバイスするとしたら、「妊娠前までは欲張って仕事をする」ことです。やがてパートナーができて、そのチャンスがきたら、上司の言うことなど気にせず、自分のタイミングで妊娠してください。

まだ独身のうちに自分の仕事を制限するのはもったいないと思います。実際に妊娠するまでは、仕事は仕事としてチャンスを貰ったら淡々と頑張る。そのスタンスで良いと思います。将来の子育てを思い描いて、今から成長のチャンスに尻ごみする必要はないし、逆に「今期待されているから、妊娠したら困る」とセーブする必要もないと思いますよ。

せっかく頑張っても、結局は男性に負けてしまう。出産したら、降格や違う部署に異動させられてしまう。だったら、今の頑張りはムダではないか? 就活説明会でそんな質問をする就活生もいるぐらいです。そう思って最初から仕事をセーブする女性も多いでしょう。

しかし自分の幅を広げておいて、損なことはないと思います。

危険なのは独身の今から「仕事」か「妊娠・出産」かの二者択一を決めて、一方のチャンスを逃してしまうこと。仕事だけに邁進して、後から妊娠のチャンスを逃して後悔している人もいます。また、仕事を辞め妊娠だけに賭けて、不妊治療に苦労している人もいます。どちらに転んでもいいように、できる時には欲張っておく。選択の幅を広げておく。そして、産むときは産む。腹をくくって産むことです。

腹をくくって産む女性が増えれば、上司も現場も変わらざるを得ない。

そしてミサトさんの場合、まず結婚を考えるパートナーを見つける方が先だと思います。

まず仕事をしながら、しっかり結婚相手を探してくださいね。実は結婚のタイミングは子どもを持つことに大きく作用します。その話はぜひ次回に書きたいと思います。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、白百合、東京女子大非常勤講師
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『婚活症候群』(ディスカヴァー携書)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書) など。