信頼を生む飯森流コミュニケーション

飯森氏の音楽活動の中で、その手腕が特に際立つのが楽団員とのコミュニケーションだ。公演後に舞台の袖で団員たちが引き上げてくるのを待ち、一人一人に「お疲れさま」と声を掛けるのが飯森氏の慣習だが、そうした行為が団員との信頼関係につながっている。

「忘れてはならないのが『指揮者は音を出していない』ということです。音を出すのは相手、しかも人間なので、『イヤだな』と思われてしまったらベストの音は得られない。逆に自分が100%の力で振ったタクトに対して相手が140%くらいの力を出してくれたら、こんなにいいことはない。そういう人間関係を築けるように気を付けています」

近過ぎても情が湧いて客観的に見られず、遠過ぎても適切な指示が出せない。一緒になってひとつの音楽をつくりあげる、数十人にも及ぶ団員それぞれへの接し方も絶妙だ。

「普段の会話などから、上からものを言っていい人、そういうふうに言われるとカチンときて一気にモチベーションが下がってしまう人、それからちょっといじめた方が伸びる人とか(笑)、それぞれの個性を察して接し方を考えます。演奏では当然指揮者がリードするわけですが、言ったことがマイナスになるようでは何の意味もないですからね」

普段から積極的に「ありがとう」

夫婦それぞれの生まれ年に当たるポートワイン、CROFTのボトル。結婚時に10本ずつ購入し、何かの記念の折に2人で1本ずつ開けて楽しむそうだ。(写真提供・飯森氏)

そんな飯森氏の姿勢はプライベートでも変わらない。夫婦間でも日ごろから活発にコミュニケーションを取っており、「ありがとう」とお互いに伝え合うのは日常茶飯事だという。

「ただ、結婚する前はこんなに自分が変わるとは思っていなかったですね。いつも僕は家庭よりも外に意識が向いていましたから」

その意識が大きく変わったのが、この春から小学校に通う息子が生まれたとき、そして一昨年の東日本大震災だ。

「子どもが小さいこともあり、いろいろ考えたのですが親戚がいる福岡へ居を移したんです。僕は仕事柄なかなか頻繁には家に帰れないのだけど、そんな中でも奥さんは息子のことも一人できちんと面倒を見てくれて。友人とも離れて慣れない土地に行き、とまどいもあったかもしれません。でもまったく動じない。すごく強いなって思います」

奥さまのことを「とても芯の強い人で、僕は全然かなわない」と語る飯森氏。そう心から思うからこそ、普段から「ありがとう」という言葉が自然に出てくるのだろう。