1年後に控えたソチ冬季オリンピック・パラリンピックで、オメガは26回目の公式計時を担当する。オメガの公式計時史はおよそ80年前にスタートし、2020年までタイムキーパーを務めることが確定している。公式計時の歴史とともに、オメガが五輪にこだわる理由をソチで現地取材した。

五輪計時史は技術革新の歴史

1932年、第10回オリンピック・ロサンゼルス大会の広告ポスター。初めて公式計時のシステムが導入された。

3月下旬、ソチ国際空港に到着。深夜にもかかわらずカラフルなユニホーム姿の男女が笑顔で出迎えてくれた。彼らはソチオリンピック・パラリンピックのボランティア。世界中の注目と人々が集まるオリンピック独特の期待感・ワクワク感、昨年のロンドン五輪同様の空気感を、現在建設ラッシュ真っ最中のソチでも感じることができた。徐々にヒートアップする熱気を象徴するのが、オメガのオリンピック・カウントダウン・クロックだ。開会式からちょうど1年前の今年2月から、ロシアの8都市で時を刻んでいる。

オリンピックの公式計時の歴史は、1932年、10分の1秒まで計測できるストップウォッチがスイスからロサンゼルスまで運ばれたその時に始まる。その歴史を開き、全競技の計時・計測・管理・情報伝達という現代の総合システムを構築したのがオメガなのだ。公式時計とは、ひとつの時計会社が全競技記録の責任を担うことである。

 

トラック競技を計時する「スキャン・オー・ビジョン」。2000分の1秒までのデジタル計時と連続写真などを単一ドキュメントに統合できる

オメガのオリンピック公式計時史は、技術を中心としたハードとマンパワーのソフトの両面の精度を追求する開発の歴史でもある。1946年のスターターピストルと連動した写真判定カメラ「オメガタイマー」、52年ヘルシンキ大会で100分の1秒単位の記録を可能にした「オメガ・タイムレコーダー」、61年には経過時間をテレビ画面に表示する「オメガスコープ」、さらに2008年北京大会では、仮想世界記録ラインを競泳プール上に描く「ヴァーチャル・ワールドレコード・ライン」など、数々のエポックメーキングなシステムを開発してきた。