コストではなく
成長への投資ととらえる
企業が社会の課題解決に取り組むことで、結果として企業そのものが成長する。
これがCSRの理想形です。このサイクルは社会と企業の「共通価値の創造(CSV、Creating Share Value)」と呼ばれます。私はCSVの達成こそ、新時代のCSRのカギを握っていると考えています。
そのためには、CSRを経営トップの意思決定プロセスに組み込み、経営戦略の1要素として取り組む必要があります。いわば「戦略的CSR」の視点が求められているのです。
戦略的CSRは、企業経営に3つの効果をもたらします。
1つは、社会的課題の解決を通じた成長機会の開拓です。再生可能エネルギーの開発やお年寄りにも使いやすいユニバーサル・デザインの製品づくりなど、その可能性は無限に広がります。社会の抱える課題が、そのまま商機になるのです。
社会課題の解決には相応の手間や資金が必要となります。それをコストととるか、投資ととるかは考え方しだい。例えば排ガス問題を放置していても、いずれ規制が強化され、結局は何らかの対応を取らざるを得なくなるでしょう。むしろ他社に先んじて環境対策を取ることで、市場をリードできる可能性が高まります。先行投資としてCSRを進めればいいのです。
2つ目の効果は、CSRが経営プロセスにイノベーション(技術革新)をもたらす点です。CSRは、従業員や地域住民などを含め、多様なステークホルダー(利害関係者)と対話することで取り組むべき課題が明確化し、より良い形へと発展していきます。すでに欧州では、NGOと協調した製品開発などが日常的に行われています。
この点が日本企業は弱いと感じます。もっと外部の目を意識した経営を試みるべきです。そもそも日本は諸外国と比べて、経営幹部に女性や外国人など多様な人材を登用する動きが乏しく、社外取締役の設置にも慎重な傾向があります。さまざまな人材が経営に参画し、ガバナンスの多様性を担保することで、イノベーションを創出する。これも、CSRに向けた取り組みがもたらす効果といえるでしょう。
3つ目の効果は、先ほども述べた企業のブランド価値の向上です。地域とつながり、信頼関係を築くことによってブランド価値を高めていく。特に、これからの成長市場として注目される新興国では、早い段階から地域の持続的な発展に貢献し、地域の信頼を獲得しておくことが、後の販売戦略を左右します。
ある企業では部署横断的に集めた若手社員のチームを、水も電気も不十分な新興国の1地域に派遣して、その国の発展のために何ができるのか、どんなビジネスが可能なのかを考えさせる研修を行ったと聞いています。こうした活動も、戦略的CSRの1つです。
トップが理念を発信して
戦略的CSRを動かす
日本企業のCSRには、まだまだ改善の余地が残されています。「自分たちは十分取り組んでいる」という意識こそが危険なのです。国際的なCSRの水準は年々高まっており、現状に満足していてはやがて取り残されてしまうでしょう。
世界の投資家やNGOは、日本で考えられている以上に、企業のCSRに注目しています。欧米企業で、経営トップがサスティナビリティの理念を積極的に発信しているのもこのためです。しかし日本企業は「言わなくてもわかってくれる」という思いがあるのか、CSRの情報開示に消極的。社会のために活動しても、それが伝わらなければ経営戦略としては不十分です。CSRを企業活動の1つとして位置づけ、その状況をきちんと声にして外部に開示し、情報発信する。これは企業の説明責任としてとらえるべきです。
アニュアルリポート(財務報告書)にCSRの活動報告を盛り込んでいる企業もありますが、社会に訴えていくには、経営者の言葉が必要です。財務諸表などの数字だけで会社を評価する時代ではありません。経営者がどんな理念を持って、企業と社会の「共通価値の創造」に取り組むのか。経営者のメッセージが社内外に発信されて初めて、戦略的CSRは動き出します。