働く人の生活時間や睡眠時間を確保する「勤務間インターバル制度」。1日の終業時刻から次の始業時刻までの間に、一定時間以上の休息時間(インターバル)を設けるこの制度の導入は、企業にどのようなメリットがあるのか。野球指導者として常勝チームをつくり、睡眠やスポーツ医学に造詣が深い工藤公康氏と、人材マネジメントに深い知見を持つ経済学者の今野浩一郎氏が語り合った。

監督も、ビジネスリーダーも「チームを勝たせ続ける」ためのマネージャー

――近年「働き方改革」だけでなく、休暇や労働時間短縮などを示す「休み方改革」という言葉をよく聞くようになりました。労働者の生活や睡眠時間の確保を目的とする「勤務間インターバル制度」の意義を、おふたりはどのようにお考えでしょうか。

【今野】勤務間インターバル制度は、「休息時間」=「労働時間以外のあまった時間」という固定観念を覆し、「まずは休息(インターバル)を取ることが大事だ」という意識の醸成を図るために、非常に重要と考えています。私は常々「休息に市民権を!」と言っています。

十分なインターバルを取ることが業務の集中度を高め、生産性向上に寄与するということ自体は、実はかなり前からいわれています。それでもなお、長時間労働を続ける、つまり十分なインターバルを取らない人が少なくありません。これは、長時間働き、インターバルが短くなると時間当たり生産性が低下しても、あるいは、そんなことを意識せずに、労働時間を増やして生産量を増やそうというやり方が、いまだに多くの企業で行われているからだと思います。

工藤公康氏
工藤 公康(くどう・きみやす)
1963年愛知県生まれ。1982年に西武ライオンズに入団以降、現役中に14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝き「優勝請負人」と呼ばれる(通算224勝)。2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督に就任。2021年退任までの7年間に5度の日本一を達成。2020年に監督在任中ながら筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻を修了。体育学修士取得。2022年4月より同大学院博士課程に進学、スポーツ医学博士取得に向け研究や検診活動を行う。

【工藤】似たような風潮は、プロ野球界にもあります。プロは人に評価してもらわないといけない世界なので、監督やコーチが見ていると、自分の体力の限界を超えてもずっと練習し続ける選手がいるんです。

【今野】先ほどの長時間労働の話と同じですね(笑)。

【工藤】はい。でもこれは、一流の選手のやり方ではありません。一流の選手は、「監督やコーチに言われたからやる」のではなく、大谷(翔平)選手のように「自分が将来どうなりたいか、そのためにいま何をすべきか」というビジョンを明確に描き、一日のルーティンをつくっています。「どうなりたいの?」「そのために、自分には何が必要なの?」と聞いて、最初のルーティンをつくる前の段階をつくってあげないと、動くことができない若い子たちが多いんです。限られた時間内で自分の目標を達成するためにはどうすればよいのか。それを自分で考えられない選手は、試合でベストパフォーマンスを出し続けることはできません。

【今野】タイムマネジメントという点では、この勤務間インターバル制度を導入することによって、従業員が限られた時間を自分で意識的に管理できるようになる効果は期待できるでしょう。ただし、制度を導入したからといって、すべてがうまくいくわけではありません。制度自体はあくまで「形」ですから、まずは、この制度を導入することで、会社としてどうありたいか、その目標を達成するために従業員にどう働いてほしいのかという理念をしっかりもたないといけない。その理念を実現するための手段として、この制度を利用してほしいと思います。

今野浩一郎氏
今野浩一郎(いまの・こういちろう)
1946年東京都生まれ。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了。その後、神奈川大学、東京学芸大学を経て1992年に学習院大学経済学部教授。2017年から学習院大学名誉教授。学習院さくらアカデミー長。専門分野は人事管理。

【工藤】制度の導入を目的にしてはいけないということですよね。私は、監督も経営者などのビジネスリーダーも、言ってみれば「チームを勝たせ続けるためのマネージャー」だと思っています。監督は、選手たちに動いてもらえなければ解任されてしまいます。同じく経営者も、従業員が効率的に働いてくれなければ、たちまち会社経営が立ちゆかなくなるでしょう。

何か新しいことをするときは、メリットに目がいくんですが、デメリットも必ず生まれます。それをどうやって削ってなくしていくかという視点も欠かせません。会社側が「睡眠はどういうもので、人体に与える影響や、生産性、集中力、やる気がどう変わっていくのか」ということをちゃんと知っておかないと、単に制度を導入するだけでは、生産性が下がることにもなりかねません。

ですから私の場合は、新しいトレーニングや制度を導入する場合は、まずは選手たちをしっかりと観察し、どういうやり方が選手のパフォーマンスを上げ、結果を出せるのかという目的を常に考えていました。手段が先ではありません。もちろん、トレーニングやコンディショニングなどについてコーチ陣や選手たちと対等に話をするためには、私自身が常に知識を得る必要性も痛感しました。

リーダーが理解し、環境を整え、データに基づいて話す

【今野】工藤さんは監督在任中に筑波大学大学院でスポーツ医学を学び、睡眠についても勉強されたそうですが、これは休息・睡眠の重要性を理解しないと選手たちに指導内容がきちんと伝わらないという想いからですか?

【工藤】はい。私は現役時代から食べることと睡眠を重視してきたので、いまの若い人たちにも「よい睡眠」を取ることの重要性を教えるため、米スタンフォード大学の睡眠の専門家から睡眠の効果と重要性について学んできました。

アメリカではずいぶん前から、大手IT企業などが社内に仮眠をするためのナップルームなどを設けて話題になっていましたが、メジャーリーグでも仮眠を取る部屋が設置されていました。アロマを焚いたり、ヒーリングミュージックを流したりして、選手が快適に仮眠できる環境が整備されているのには驚きました。

【今野】メジャーリーグではそこまで仮眠を重視しているのは、驚きですね。そのように捉えられているのは、仮眠によって集中力が上がるという科学的なデータがあるからですか?

【工藤】データもありますが、そもそもメジャーリーガーたちは「自分のパフォーマンスが少しでも上がる可能性のあることはなんでもやってみる」という強い意志があるので、浸透が早いんです。日本の場合は「仮眠=昼寝=サボり」と考え、仮眠をすることに抵抗を感じる人も多く、なかなか浸透しません。そこで私は、誤解を解消するために、率先して仮眠を取るようにしていました。わずか20~30分でも、そのあとのパフォーマンスがぐんとよくなるので、これを選手たちに広め、仕組み化しようと考えました。

生粋の西武ラインズファンの今野氏と工藤氏との対談は組織論から野球談議まで広がった。
生粋の西武ライオンズファンの今野氏と工藤氏との対談は組織論から野球談議まで広がった。

導入後の従業員の動きを定点観察する

【今野】たしかに、仮眠がパフォーマンスの向上に影響を及ぼすという研究結果があったとしても、浸透しなければ意味がないですよね。現場を動かすために、監督自らが示して見せるというのは、非常に効果的だと思います。企業の場合も、経営者が睡眠や休息の重要性を正しく理解し、事実に基づいて根気よく説得できるかどうかが、従業員たちに浸透させるためのカギと言えそうですね。

【工藤】そうですね。それと、もうひとつ。制度を導入して終わりではなく、導入後に従業員が実際にどう働いているかを定点観察していくことは必ずやっていただきたいです。野球もそうですが、新しいトレーニング方法を入れてすぐに成果は出ません。目標を立て、そこに向かって進んでいるかどうか常に見守る。これができるかどうかで、導入効果に差が出ると思っています。

【今野】自分のチームの人材がどんな状況なのか、しっかり観察していく必要がありますね。今日、工藤さんとお話しして、やはり、経営者やリーダーが従業員にきちんと伝えるということがとても重要だと思いました。制度は、あくまでも制度。その意図は何か。それを自分の言葉で説明して浸透させていくことが重要ですね。

厚生労働省では、2024年9月19日に「勤務間インターバル制度導入促進シンポジウム」を開催しました。本シンポジウムでは、2019年4月から企業に努力義務が課されている勤務間インターバル制度について、その重要性、企業が制度に取り組むメリット、導入を進めるためのポイントなどを、先進事例とともに解説しました。当日ご視聴いただけなかった方や、シンポジウムの内容を再度ご視聴されたい方、ご興味のある方は、下記URLより動画をご覧いただけます。

また、「働き方・休み方改善ポータルサイト」内にて、制度を導入・運用する際のポイントをまとめた「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」、制度を導入している企業の事例等をご紹介しています。