約6割の経営層がAIに自信を持っていない
少子高齢化が急速に加速する日本は、生産年齢人口の減少も続き、生産性の向上と雇用・労働市場における柔軟性の不足を解消することが喫緊の課題となっている。
こうしたなか、「『人財躍動化』を通じて、社会を変える。」をビジョンに掲げ、人財サービス事業を展開するアデコ株式会社は、人財派遣や人財紹介サービスにとどまらず、雇用や人事に関するあらゆる要望にトータルソリューションを提供。躍動する人財の輩出と人財が躍動できる環境を創出している。
昨今はビジネス現場への生成AIをはじめとしたAIの導入が急速に進み、AIスキルを活用し新たな価値を生み出せるかどうかが、今後の企業の持続的成長の明暗を分けることになる。しかし、アデコが世界9カ国の経営幹部層2000人に行った、AIが人財戦略に及ぼす影響に関する調査(※1)では、約6割の経営層が「AIスキルや知識に自信がない」と回答していることがわかった。この結果を受け、AIによるディスラプションを乗り切るには、経営層がAIについて主体的に学ぶ姿勢が必要だと、同社の平野健二社長は話す。
「経営層のAIに関するスキルや知識が不足していると、従業員のリスキリングも遅れがちになります。リーダーは、まずは自社の現在地を正しく理解し、ビジネスのどこをAIに置き換えることができるかを把握する。社内への啓発やカルチャー醸成という次のステップに進むためには、これが欠かせません」
浸透スピードの速いAIに備えるためには、リーダーが切迫感を持つことが重要だと平野社長は言う。
「これは、AIに対して恐怖や脅威を感じる必要があるという意味では決してありません。AIはもはや、脅威ではなくビジネスチャンスです。これからは、AIを活用できなければビジネスが成り立たなくなる時代がやってきます。まずは経営層がこういうマインドセットを持つことが非常に重要なのです」
※1 Adecco Group「AI によるディスラプションを乗り切るには」
デジタル人財を社外だけに頼るリスク
こうした背景から、企業のデジタル人財のニーズも高まる一方だ。現状は社内で育成するよりも、社外から採用してスキルギャップを埋めようとする企業が多い。前出の調査では、デジタル人財を自社で教育する予定がある企業は、わずか3分の1という結果もあった。「社外からデジタル人財を採用する」というアプローチだけでは、社内のスキル不足を生み出し、コストを増加させるリスクが増すばかりだと、平野社長は言う。
「社外から人財を採用するだけでは、既存の従業員のデジタルスキルは向上しません。また、スキルを持つデジタル人財は限られており、どこの企業も獲得に苦労しているため、雇用するには往々にして高額のコストがかかります。このため、既存の従業員との間に賃金格差が生まれ、さらには人財のミスマッチや人手不足による生産性の低下などをもたらし、結果的に既存従業員の労働意欲も低下させてしまいます」
働き手の意欲を高めつつ、持続可能な企業の成長を目指すためにはどうすべきか。平野社長は、社内でデジタル人財へと押し上げるスキル教育を行い、全従業員の関連スキルを育成することが必要だと説明する。
「デジタルの世界は競争と進歩が激しく、5年後はさらにデジタルテクノロジーのスキル需要が高まると予想されます。これは、決して特別な職種における話ではありません。リーダーは、すべての従業員に、デジタルスキルの向上なくしてはこの先のビジネスは成り立たないということを理解してもらうように働きかける。そのうえで、従業員全員にAIスキルや知識を身につけられるトレーニングの機会や学ぶ場を提供していくことが必要だと考えています。世界的にも人財マネジメントにおいてジョブベースからスキルベースへの転換が求められている中、企業においては従業員が主体的にリスキリングに取り組む企業カルチャーの醸成が重要です。こうした取り組みが組織の健全性の維持と従業員のウェルビーイングにつながります」
とはいえ、やみくもにAIを導入すればよいというわけではない。
「生成AIをはじめ、AIは完璧な存在ではありません。間違いもあれば、倫理的に不適切な対応をすることもある。ですから、AIの導入を成功させるためには、倫理的かつ責任あるAI利用ができるようなデジタルトラストを社内に構築することが欠かせません」
人間ならではの特性が企業の強みになる
人間には依然としてAIにはない強みがある、と平野社長は言う。
「人間には、AIにはない創造性や、その場の空気感を読む想像力があります。調査結果でも、『職場では、AIよりも人間味のほうが、影響力がある』と答えたリーダーが約6割いました。とくに日本は、相手の気持ちをおもんぱかるホスピタリティが優れています。AIは働き手の負担を軽減し、こうしたヒューマンスキルを向上させるためにこそ、導入する必要があるのです」
今後、世界で加速度的にAIの導入が進めば、創造性、共感力、革新的思考といった人間ならではの特性こそが企業の強みになっていくと平野社長は言葉を重ねる。
「たとえばAIの活用で反復作業の負担を軽減することができれば、働き手はより創造性の高い業務にまい進できるようになります。こうした積み重ねが、他社に対する優位性ともなっていくはずです」
実際、前出の調査結果でも「生成AIはスキルアップと能力開発を実現するために重要な役割を果たす」と回答した経営層は約8割に及んだ。こうした状況下を見据え、アデコでは2022年から、人財の躍動化とそれによる組織の活性化を目的とした事業「Adecco Academy」を提供している。
なかでも、2025年までに50万人のデジタル人財輩出を目指し、日本国内における人財のリスキリングとアップスキリングを支援する「リスキリングプロジェクト」を2021年より展開し、単にデジタルスキルを身につけるだけでなく、リスキリングへの意識を高め実際にリスキリングに取り組むためのサポートも実施。リスキリングを促すことで人財の内発的動機を呼び起こし、人財が躍動する社会を構築することを目指している。
リーダー自らが率先してリスキリングを
アデコのリスキリング支援は、民間企業にとどまらない。岸田前首相は、2022年10月の所信表明演説で「今後5年間で1兆円をリスキリングへ投じる」と発表したが、アデコは「リスキリングを通じたキャリア支援事業」の補助事業者として経済産業省の取り組みをサポートしたり、東京都の「デジタル人材育成支援事業(短期集中コース)」の運営を行ったりするなど、日本全体のリスキリングにも大きく貢献している。
変化が速く、予測が難しい時代だからこそ、リーダー自らが率先して学び、変わろうという内発的動機を持つことが重要だという平野社長。自社の事業においても、AIに代替されるということを常に考えると話す。
「アデコの主力ビジネスはアウトソーシング、人財派遣、人財紹介、コンサルティング事業ですが、近い将来、我々の業務の多くはAIで対応できるようになるかもしれません。実際、すでにコールセンター業務を生成AIが行うパイロット版が開発されているという話も聞いています。スピードや量といったAIが得意とするところでAIに勝ることはできませんが、AIが導き出した方法を精査したり、そこからさらなる事業創造のアイデアを膨らませたりすることは、人間にしかできません。そう考えれば、このAIによるディスラプションの時代は、むしろ新たなビジネスチャンスととらえることもできます」
将来的にAIの活用が広がり、企業の業務改革が進んでいけば、人間の働き方も変わり、求められる能力やスキルも変化していくのは間違いない。AIのテクニカルスキルはもちろん、AIには代替できないヒューマンスキルを磨いていくことが、他社との違いを生み、企業の持続的な成長につながる。
「創造性や他者への共感は、まだ当分AIにはできない分野だと思います。ルーティーンワークはAIに任せ、経営者自身の経験や情熱を大事にしながら、ヒューマンスキルはたとえば、先ほどもお伝えしたようにホスピタリティが求められる業務などにシフトしていく。これにより、企業の成長、ひいては日本経済の発展にインパクトが与えられると考えています」