企業を取り巻く環境が目まぐるしく変わる現在、従業員のヘルスケアを自社の成長につなげる「健康経営®」の重要度が増している。その生みの親である産業医であり健康経営研究会理事長の岡田邦夫氏、そして、バイタル分析のアプローチから健康経営を後押しするNTTPCコミュニケーションズ代表取締役社長の工藤潤一氏に、課題解決のポイントについて聞いた。

「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

本質は「元気に働いているからこそ健康になれる」

――企業が持続的に活動し成長していく上で、なぜ「健康経営」が欠かせないのか、改めてお聞かせください。

岡田邦夫氏
岡田邦夫(おかだ・くにお)
特定非営利活動法人 健康経営研究会
理事長
大阪市立大学(現:大阪公立大学)大学院修了後、大阪ガス株式会社入社、産業医。2006年にNPOを設立し、現在に至る。女子栄養大学大学院客員教授。

【岡田】1995年施行の「高齢社会対策基本法」前文には「残されている時間は極めて少ない」との記述があります。あまりにも急速に進む少子高齢化によって働き手は減り、医療費は高騰し、やがて国が立ち行かなくなる……そんな危機感の表れです。ではどんな社会を目指さなければならないかというと、「定年まで元気に働ける環境を整える」ことが極めて重要です。その促進のために国はさまざまな施策を展開して経営者に呼びかけてきましたが、関心はなかなか高まりませんでした。そこで2006年、従業員の健康づくりへの投資は、企業が利益を得るための「事業」であるという視点を打ち出したのが「健康経営」です。

健康診断やストレスチェックが義務付けられていたり、労働者50人以上の事業所は産業医を選任する必要があったり、すでに日本の企業は従業員の健康に対してかなりの投資をしています。ところが、ほとんどリターンを得られていないのが実情です。

【工藤】おっしゃるとおりで、経営者としても実感しています。効果が見えてこないのは、どこに問題があるのでしょうか。

【岡田】1997年、厚生省(現・厚労省)の委託で中小企業を対象に行った研究の結果、「経営者のヘルスリテラシーと組織の意識には相関関係がある」ことが分かりました。経営者の意識が高ければ従業員の意識も高くなり、その逆なら従業員も低くなる傾向があるのです。管理者が日常的に自身や従業員の健康を気にかけていて、働きやすくエンゲージメントが高まるような組織であることが、大きなインパクトやモチベーションの向上をもたらし得るということです。これではいくら医療者が働きかけても改善されるわけがありませんよね。従来の「健康だから働ける」ではなくて、「元気に働いているからこそ健康になれる」という発想が健康経営の本質です。

ウエアラブル端末によって組織のリスク度を把握

――では、NTTPCコミュニケーションズはどのようなサービスによって「健康経営」を後押しするのでしょうか。

工藤潤一氏
工藤潤一(くどう・じゅんいち)
株式会社NTTPCコミュニケーションズ
代表取締役社長
1988年NTTに入社。2018年NTTコミュニケーションズ取締役就任。21年から現職。

【工藤】当社は、NTTグループで最初の商用インターネットに始まり、社会に役立つ先進的なITサービスをいち早く提供してまいりました。

健康経営には以前から注目しており、例えば2017年、建設業や製造業といった屋外で働く方々の安全・安心を見守るIoTサービス「みまもりがじゅ丸」の提供を開始しました。ウエアラブル端末によってバイタルデータ、位置情報を取得し、熱中症をはじめとする体調の変化を計測・分析するものです。現時点で520社の導入実績があります(24年7月現在)。

このノウハウを発展させて23年10月にリリースしたのが「健康経営支援サービス」です。コロナ禍で働く場所や働き方が大きく変わり、業務の遂行に影響を与えるケースも増えてきております。当社としても独自のバイタルデータ取得、分析の技術を生かして企業の課題解決に貢献したいと考えたのが出発点です。ウエアラブル端末を装着した従業員が自身の心的ストレスを把握することでセルフケアを促すとともに、統計的に処理されたデータを通じて管理者が組織の活性度やリスク度を可視化できるのが特徴です。もちろんデータから個人が特定されることはありません。

リストバンドや指輪型のデバイス

【岡田】企業は個人に介入していくことがますます難しい時代に入りました。ですから職場全体の状況を見て、問題があればしっかりと改善していくというアプローチが大切です。

【工藤】はい。先生がおっしゃるとおり従業員が安心して利用できるサービスであるというのは、皆さんが関心を寄せてくださる理由の一つだと思います。サービス発表後に160を超える企業からお問い合わせを頂き、数十社での導入が順次進んでいます。管理者が改善策を話し合い、具体的な対策を講じることでよりポジティブな発想が生まれる「正のスパイラル」につながっている組織もあるようです。

AIのアドバイスによってスムーズに次のアクションへ

――テクノロジーの進展はどのような前向きな変化をもたらすと思われますか。

【岡田】いまや小学生でもタブレットを使いこなす時代ですから、ITを取り入れた健康管理、セルフケアのサポートは、とりわけ若い層には受け入れられやすいでしょう。これからの広がりに期待しています。

【工藤】当社の健康経営支援サービスの最大の利点は、組織の活性度、リスク度がリアルタイムのデータとして可視化されることです。それを踏まえて次のアクションへと素早く移行していただくために、この10月には「健康経営アドバイザーAI(仮称)」を搭載する予定です。組織に何らかの変調があったときには管理者にすぐさま通知が届き、AIのアドバイスに基づいてリスク低減に向けた行動を起こせる、そうした仕組みを目指して開発を進めているところです。

バイタル分析で組織の活性度やリスク度を可視化する「健康経営支援サービス」

【岡田】データに基づくアドバイスの価値はどんどん高まっていくでしょうね。健診の結果について医師から説明を聞いても、面談という緊張感もありますし、いつも同じことを言われるのだからあまり覚えていないという人が多いのではないでしょうか。でもスマホやタブレットで向き合うデータなら、きっと落ち着いて読めて、自分のこととして受け止めやすくなるでしょう。当然、AIの助言ではカバーできない問題だと思われる場合は、医療機関で指導や治療を受けることになります。自身でケアして解決できる範囲、そうでない部分を情報から学び取れるという意味では、医療費の削減にも役立つと思います。日本経済の未来は、経営者がどれだけワークリテラシー、ヘルスリテラシーを有するかに左右されると国も指摘しています。先ほども述べたとおり経営者の姿勢が管理者、従業員に波及するわけですから、デジタルやAIツールは、健康経営を成功させる一つの鍵を握ると捉えています。

【工藤】ありがとうございます。ITを駆使したソリューションで、明るく、笑顔にあふれた職場を一つでも多く増やしていきたいと思っています。