草刈りは任せろ! ロボットが解決する農業課題
この日、白菜畑に降り立ったのは重量にして約15キロ、大きめの車輪がついた箱型のロボット。前面には草刈り用のカッターが、後部に備えるポールの先には画像認識用のカメラが設置されている。2度目の開催となったアグリテックコンテストで優秀賞を受賞した新潟県長岡市のスタートアップ企業、株式会社FieldWorks(フィールドワークス)の草刈りロボットだ。代表取締役の山岸開氏は「すでに平地では、三角コーンで草刈りをする範囲を示せば、それをカメラで認識し、無人で草刈りができるようになっています。今後は、不整地や畑の畝間でも使えるように改良を進めていく予定で、その実証実験を農業が盛んな豊橋市で行っていきたいと考え、今回のコンテストにエントリーしました」と話す。
豊橋市は、知る人ぞ知る一大農産地。戦前に豊川用水が拓けたことで、戦後から高度経済成長期にかけて名古屋市をはじめとする中部地方に作物を供給し、発展を遂げてきた。いまでは、キャベツ、ブロッコリー、白菜をはじめ、地域では100種類以上の野菜を全国に向け出荷している。TOYOHASHI AGRI MEETUPの立ち上げから携わる豊橋市産業部地域イノベーション推進室の室井崇広氏は次のように想いを語る。「この地域の生産者の方々は非常に高い農業技術を持っています。それをスタートアップ企業のユニークなアイデア・革新的技術と組み合わせ、ともに様々な農業課題を解決していきたいと思っています。農業課題は、見方を変えるとビジネスチャンス。豊橋の地から世の中にない新しい農業サービスを開発していこうと立ち上げたのが、TOYOHASHI AGRI MEETUPです」
今年度のアグリテックコンテストには、全国から前年を大きく上回る52社がエントリーし、2024年1月29日には、二次審査を通過した7社のスタートアップがファイナルデモデイにて事業構想を発表した。そのうち優秀賞を受賞した3社が、今後2年間、豊橋市内の農家と社会実装に向けた実証実験を進める予定である。
豊橋ならではの農業課題に直面
草刈りロボットの実証実験への協力に手を挙げたのは、中島由盛氏。14代目になるという家業を継いで農家となり、キャベツや白菜、葉タバコの栽培などを手掛けている。常時多くの作業が伴うため、草刈りは負担になっているという。「この地域の畑は赤土です。雨が降ればトラクターも入れないほどぬかるみ、長靴には重たい泥がびっしり付きます。一方で乾燥すると土が舞って作物にかかってしまい土中の細菌が病害を招くこともあります。日々の作業が天候による土の状態に振り回されることが多く、どうしても時間のかかる草刈りは後回しになってしまいがちです。草刈りだけでもロボットがやってくれればありがたいです」と中島氏。
その期待とは裏腹に、いざ畑に入るといくつもの課題があり一筋縄では行かないもの。この日、山岸氏は初めて中島氏の畑を訪ねたのだが、天気はあいにくの雨。畔の草が露に濡れ、車輪が空転して思うように操縦できなかった。そのうえ想定より白菜を植えてある畝が高く、畝間の幅も狭かったため、畑の中にロボットを入れることが難航した。
中島氏と一緒に実証のスタートを見守ったJA豊橋営農部指導推進課の高須雄司氏は、次のように指摘した。「このあたりでは白菜畑の畝間が一番広いため、ここで入れないとほかの作物の畑では難しい。また畝が高く、作物の生育中に“中耕”という作業があるのもこの地域の特徴的な農法です。これは畝間を掘り起こして空気を入れ、作物の生育を助けるために行います。その際、畑の草取りもしますが、そこでロボットの需要があるのかどうかを検証する必要があります」と今後の豊橋市における草刈りロボット普及に向け、厳しい目を向けた。
未来に向けたアグリテック事業の姿とは?
しかし、そこでめげないのがスタートアップのいいところ。「われわれは学生時代にロボットコンテストに参加していたメンバーが立ち上げた会社です。毎年違うルールに合わせてロボットをつくってきた開発力があります。課題が分かれば、必ず技術で解決してみせます」と山岸氏は意気込む。「まだ詳細は明かせませんが、より狭い畝間に入れる機構や畝の側面をV字に草刈りをしていく機能も開発中です」と言葉を続けた。
すると「畝の肩の高さまで草が刈れれば理想的ですね」と高須氏。「私たちとしては作物が傷ついてしまうことが一番の心配です。外側の葉をちょっと持ち上げて雑草だけ刈れたら最高ですね」と中島氏。次々と具体的なリクエストの声が上がった。
こうした活発な議論こそ、TOYOHASHI AGRI MEETUPにおける実証実験の意義といっていい。これまでもアグリテックは様々な技術が登場したが、企業が開発したサービスやシステムを農家に「使ってみてほしい」と渡すだけで終わってしまうものも多くあった。「それでは単に農家さんに負担を強いるだけ。JA豊橋やわれわれが関わることですべてのステークホルダーが同じ目標を見据えることも事業の狙いなのです。そうした過程を踏まなければとても実用まで持っていくことはできないと思います」と室井氏は話す。
山岸氏も「農家さんから直接課題を聞ける実証実験の場はありがたい。畑一つ、田んぼ一つとっても本当に違いがある。例えばロボット本体を共通のプラットフォームにして、アタッチメントを付け替えることで地域の事情や季節に応じた様々な仕事をさせるなど、コストを抑えつつ、農家さんの『ここでロボットの手を借りたい』という需要をつくっていきたい」と事業化に向けての意気込みを語ってくれた。
TOYOHASHI AGRI MEETUPが目指すこと
雑草に一番効く農薬は「テデトール(手で取る)」、その副作用は「腰痛」というダジャレが全国の農家に通じるほど、農作業における草刈りは重労働。「今回の一度の実証でダメだったではなく、どうすれば使えるようになるのか。いまは畝間に入れなくても畦道の草刈りにならすぐに使えそうですし、可能性は感じました。あとは私たちの年間を通じた仕事のどの作業に草刈りロボットによる作業を落とし込めるかです。少しでも作業負担を減らすことは農業全体にとってメリットになるはずです」と中島氏は初めての実証を振り返る。
今後、FieldWorksは、今回新たに得た課題を解決するアイデアを持ち、継続的に中島氏の畑を訪ね、実証実験を繰り返し行っていく。
「JA豊橋さんの協力を得て、農家さんとスタートアップがマッチングし、実証実験の場を設ける。そしてコンテストの賞金総額1,000万円を活用していただく。もちろんそれだけではスタートアップの事業を軌道にのせるには不十分ではあります。しかし、実証を重ねて実用化が見えてくれば、段階に応じて、その都度、適切な公的補助金を受けるための支援もします。スタートアップの事業化に向けてこれからも伴走していくつもりです」と室井氏。同事業の展望をあくまで実用化=事業化であると位置づける。
FieldWorksとともに優秀賞を受賞した株式会社エンドファイトは、植物と共生する微生物の力で荒廃土壌を再生する循環型農法の実証を、輝翠TECH株式会社は柿農家を舞台に収穫から運搬までをサポートするロボットの実証にそれぞれ取り組む予定となっている。
地域農業の課題解決を、全国に広がるビジネスチャンスに変える。TOYOHASHI AGRI MEETUPは、その大きな一歩をすでに踏み出している。
■TOYOHASHI AGRI MEETUPとは
「未来の農をつくる」をテーマに、愛知県豊橋市の農業者、農業関連企業と全国の有望な農業系スタートアップをマッチングし、豊橋市を実証フィールドとした農業課題の解決につながる新製品・サービス開発を目指すプロジェクト。採択企業はアグリテックコンテスト終了後2年間、豊橋市を実証フィールドとした新製品開発・サービス開発に取り組み、社会実装と地域の農業課題の解決を目指す。
■情報
【令和5年度TOYOHASHI AGRI MEETUP 優秀賞受賞企業】
株式会社エンドファイト(東京都港区)
輝翠TECH株式会社(宮城県仙台市)
株式会社FieldWorks(新潟県長岡市)
受賞企業の詳細は、下記のリンクから。