1885年の東京瓦斯会社創設以来、世に明るい灯を届け続ける東京ガス。今では350万件以上のお客さまに電気を届ける小売電気事業者でもあり、LNG(液化天然ガス)の導入、燃料電池などの技術開発で世界をリードしてきた。2023年11月には、その多様なエネルギーマネジメントノウハウとデジタル制御システムなどを活かした顧客課題解決のための新ブランド「IGNITURE(イグニチャー)」を創設した。エネルギー分野の枠を超越するという同社の未来戦略とは――。東京ガス 取締役 代表執行役社長 CEO 笹山晋一氏に、未来を担う世代の代表としてフリーアナウンサー 山本里菜氏が話を聞いた。

第三の創業期、挑むテーマは「脱炭素」

【山本氏(以下、山本)】東京ガスさんは2023年11月、新たなソリューション事業ブランド「IGNITURE」を立ち上げられました。新鮮な響きの言葉ですが、どのような思いが込められているのでしょうか。

【笹山氏(以下、笹山)】IGNITUREは“Ignite(灯す)”と“Future(未来)”という2つの言葉を合わせた造語で、お客さまの「豊かな未来」と「サステナブルな生活・事業」とを両立するために創設したブランドです。未来に向けて「脱炭素」「最適化」「レジリエンス(強靭きょうじん性)」という3つの新しい価値を提供していきたいという思いから生まれました。

笹山晋一(ささやま・しんいち)
東京ガス 取締役 代表執行役社長 CEO。1962年生まれ。岡山県出身。1986年東京大学工学部卒業。同年東京ガス入社。2016年執行役員 総合企画部長、18年常務執行役員 デジタルイノベーション本部長、20年取締役 専務執行役員 エネルギー需給本部長、22年 代表執行役副社長 CSO。23年4月代表執行役社長 CEO、23年6月より現職。

【山本】Igniteは「火を灯す」という意味なのですね。「私たちの未来に火を灯してくれる新しいブランド」と思うと、なんだかワクワクします。

【笹山】東京ガスは今、第三の創業期にあると考えています。第一の創業は渋沢栄一による1885年の東京瓦斯会社設立で、ガス燈の火を灯し、文明開化に貢献していきました。第二の創業はLNG(液化天然ガス)の導入で、海外から天然ガスを輸送する方法がなかった時代に研究を重ね、1969年に輸入を開始、首都圏の大気汚染改善に大きく貢献してきました。

【山本】今回の第三の創業期におけるテーマは何でしょうか。

【笹山】「脱炭素」です。IGNITUREの1つ目の提供価値でもありますが、東京ガスは2019年11月、日本のエネルギー業界で最初に「CO2の排出をネットゼロにすることに挑戦する」と宣言した企業です。再生可能エネルギーや水素、またe-methane(イーメタン)などの利用を進め、脱炭素で持続可能な地球環境に貢献したいと考えています。e-methaneというのは、CO2からつくる未来の都市ガスのことです。

【山本】CO2から都市ガスがつくれるのですか?

【笹山】CO2は削減も大事ですが、リサイクルして活用することも大事です。工場や発電所などから排出されたCO2を回収し、再生可能エネルギーを使って製造したグリーン水素と合わせることで、カーボンニュートラルなメタンを合成できます。これがe-methaneで、都市ガスとして使えます。

【山本】そんなCO2のリサイクル方法もあるのですね。初めて知りました。

環境変化、自然災害……差し迫る複雑な難問を解決

【笹山】IGNITUREの2つ目の提供価値である「レジリエンス」も脱炭素と関係の深いテーマです。地球環境が大きく変化し自然災害の危険が増すと、企業の事業継続の上でも、エネルギー供給の強靭性が重要になってきます。東京ガスグループでは都市ガスから電気と熱を生み出し、冷暖房や給湯などに活用するガスコージェネレーションシステム(CGS:Co-Generation System)を1980年代から展開してきました。

CGSは電力と同時に発生する熱も利用するため、エネルギー効率が高いエネルギーシステムです。また、設備が小型であるため、工場やオフィスに設置できる分散型エネルギーの一つです。災害に強い中圧ガス導管とCGSを整備することにより、地震や風水害などで既存の送電ネットワークに障害が発生した際にも、電力や熱を供給し続けることができます。六本木や八重洲、日本橋といった近年の大規模な地域再開発では、災害対策を見越して、ビルの内部や地下にCGSを設置し、エリアの事業継続計画(BCP)対策に貢献しています。このように有事の備えに向けたソリューションもIGNITUREのもとで提供していきます。

【山本】IGNITUREの提供価値「レジリエンス」には、有事への備えも含まれているのですね。災害時にエネルギーを供給するということは、私たちの社会や生活にとって、とても重要なことですね。

山本里菜(やまもと・りな)
フリーアナウンサー。1994年生まれ。千葉県出身。2017年青山学院大学文学部英米文学科卒業。同年TBSテレビにアナウンサーとして入社。23年10月同社を退社。同年11月よりフリーアナウンサーとして活動。

【笹山】IGNITUREの3つ目の提供価値である「最適化」とは、デジタル技術を活用しながら、エネルギー利用の最適化に加え、時間・空間・経営資源の最適利用を実現し、暮らしや事業などの調和を提供することを意味しています。東京ガスは時代に先駆けて大型コンピューターを導入、1980年代には地震時などに都市ガスを遮断する機能を備えた「マイコンメーター」を開発した、エネルギー分野における先進IT企業でもあるのです。

東京ガスは都市ガス事業の他に電力事業も展開しており、国内に総容量150万kW以上の発電所を保有し、350万件以上のお客さまに電気を提供しています。2009年には世界に先駆けて家庭用燃料電池「エネファーム」を販売開始しました。その他、太陽光発電システムや蓄電池なども販売しています。

こうした多様な分散型エネルギーをどう組み合わせれば、脱炭素やコスト、レジリエンスの面から見てお客さまにとってベストな選択となるのか。これまで蓄積したデータをAIなどのデジタル技術で分析し、最適な組み合わせを提案していく。それが「最適化」で、このIGNITUREのソリューションで提供していきたいことです。

IGNITUREの3つの提供価値、「脱炭素」「最適化」「レジリエンス」。東京ガスが長年にわたり培ってきた技術・ノウハウに、日々進化する新技術を掛け合わせ提供するその先進的なソリューションは、多種多様な顧客課題の解決を可能にする。

相反する内容を達成し、「豊かさ」と「サステナブル」を両立

【山本】IGNITUREが提供する3つの価値「脱炭素」「最適化」「レジリエンス」は、いずれも今の時代の大事なキーワードですね。

【笹山】東京ガスは2019年11月にグループ経営ビジョン「Compass2030」で脱炭素の行程を示し、その後2023年2月に発表した23–25中期経営計画では、「ソリューション事業のブランドを構築し、本格展開すること」を掲げました。

今後、例えば法人のお客さまに関しては、CO2削減に加え、水資源や廃棄物処理など持続的な環境維持に関する課題が顕在化してくると考えており、災害時のBCPの策定なども社会的に要請されています。これまで東京ガスグループがエネルギーを最適運用するために開発してきたさまざまな技術が、そうしたお客さまのお悩み解決に活かせると考えています。

例えば工場の屋根に太陽光パネルを設置し、そこで発電した電力で系統から購入する電力代を削減、また発生した電力を蓄電池に貯蔵し、夜間の消費電力を賄ったり、CGSと組み合わせて熱も供給したりすることもできます。その他、東京ガスグループでは環境保全プロジェクトなどにより創出されたカーボンクレジットを用いて、カーボンオフセットした都市ガスをお客さまに提供することも行っています。

【山本】IGNITUREでは、ご家庭向け、法人向け、地域・コミュニティ向けとさまざまなお客さまに向けてのソリューションが用意されているそうですが、法人向けでいえば、脱炭素や災害対策に悩んでいる事業者は、東京ガスさんに相談すると、それぞれの企業の事情に合った、ベストな解決方法の提案を受けられるということですね。

【笹山】はい、そのとおりです。これからの社会で企業は安心・安全に加えて、サステナビリティ、レジリエンス、豊かさ、生産性といった、一見相反するような内容を達成していくことがより求められます。創業以来培ってきた技術を活かし、グリーントランスフォーメーション(GX)、デジタルトランスフォーメーション(DX)などの新技術も取り入れながら、お客さまのエネルギーマネジメントなどをお引き受けし、脱炭素をはじめとするお客さまの課題を解決していく。それが、私たちが目指す、これからの東京ガスのビジネススタイルです。

【山本】環境の変化を肌で感じ、「このままでは危ない」と思ってはいても、それをどう防いだらいいのかわからないというのが、私を含め多くの方の実感ではないでしょうか。「こういうエネルギーの使い方をすれば、今の事業を継続、発展させながら地球温暖化対策ができるんだ」と示してくれるIGNITUREは、悩み迷われている事業者や私たち生活者にとって本当に、未来を照らしてくれる取り組みだと感じます。

【笹山】ありがとうございます。お客さまの「豊かな未来」と「サステナブルな生活・事業」を両立することが、IGNITUREの目標です。

【山本】ガス、電気といったエネルギー分野の枠を大きく超えて、未来に向かわれる挑戦ですね。IGNITUREという新ブランドに携わることで、「私たちも地球温暖化対策に手を添えているんだ」という感覚が持てるようになることがとてもうれしいです。