「経営はマーケティング」と常々語ってきた高岡浩三氏(元ネスレ日本代表取締役社長兼CEO)。現在は自身の会社ケイアンドカンパニーの代表として多くのビジネスに携わりながら、真にイノベーションを起こすためのノウハウを伝授している。高岡氏が出張先での「人との出会い」「現場の声」から気付いたイノベーションの本質を教えてくれた。

イノベーションは、「新しい現実」から生まれる

ネスレ日本代表として、「ネスカフェ アンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、数々の革新的サービスを世に送り出してきた高岡氏。現在は、イノベーション創出のビジネスプロデューサーとして「高岡イノベーション道場」を主催し、自ら後進の育成に取り組んでいる。

イノベーションとは何なのか? この問いに対する高岡氏の答えは明快だ。「顧客が認識していない問題、あるいは解決できるはずがないと諦めている問題を解決すること」に尽きるという。

「私はイノベーションに至る発想のプロセスを『NRPS法』と呼んでいるのです。まず『新しい現実(New Reality)』を認知し、そこから導き出される『顧客が諦めている問題(customer's Problem)』を発見し、その『問題』を『解決(Solution)』する。この頭文字を取ってNRPS法と名付けました」

この考え方は、ネスレ日本が生んだ最大のイノベーションである「ネスカフェ アンバサダー」においても実践された。オフィスにコーヒーマシンを無料貸与して、アンバサダーと呼ばれる職場代表者が専用のコーヒーカートリッジを定期購入。1杯約30円の代金を同僚から回収する仕組みだ。

「バブル崩壊以前まで、職場では会社の福利厚生費で購入したお茶やコーヒーを自由に飲める時代がありました。しかし、バブルがはじけてどの企業も経費削減が命題となる中、その形式は姿を消しました。これが『新しい現実』です。そして、ビジネスパーソンが仕事中にコーヒーを飲みたくなったときは、近くのコンビニや自動販売機、カフェなどに行って、自分のお金で買ってこなければならなくなった。この新しい現実から生まれた『もっと簡単に、もっと安価に、家庭で飲むようなおいしいコーヒーをオフィスで飲むことはできないだろうか』という、『顧客の諦めている問題』を解決するため考え、導き出した解決策が、ネスカフェ アンバサダーだったのです」

高岡浩三(たかおか・こうぞう)
ケイアンドカンパニー株式会社
代表取締役社長
1983年、ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャー等を経て、「キットカット受験生応援キャンペーン」や、新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを提案・構築し、超高収益企業の土台をつくる。2010~20年までネスレ日本代表取締役社長兼CEO。20年4月より現職。

人との対話がひらめきのトリガーとなる

新しいマーケティング手法を次々に生み出してきた高岡氏だが、たとえ新しい現実や問題に気付いたとしても、その解決策を導くのは容易なことではない。その秘訣ひけつを尋ねると「ひたすら考えるだけ」とシンプルな答えが返ってきた。

「ただ、自分の頭の中だけで考えていても、なかなか答えにはたどり着けません。そんなとき、人との対話の中からヒントを得るというケースは多いですね。キットカットのキャンペーンにしても当時の九州支社長が地元のチェーンストアの社長から『受験生にキットカットを送る習慣がある』と聞いてきたことが全国に展開する発想のきっかけになったのです。その後、私が聞き取りに伺うと『きっと勝つ(方言できっと勝っとう)』に引っ掛けた験担ぎだったのです。話だけではなく実際の売り上げの数字にそれが表れているのですから、これは全国に広がる可能性があると直感しました」

もちろん、人と話すことで、すなわち答えが得られるわけではない。何度も考えて、考えて、考え抜いているからこそ、人との会話がトリガーとなり、重要なヒントを得ることができるのだと高岡氏は言う。

「常に考えているからこそ、気付きにつながっていくのだと思います。また、僕にとっては『誰と会うか』というのも重要です。イノベーションのヒントを得るために人と会う、ということはありませんが、何か新しい学びを得られる人と話したい。そのためには、相手にも学びや気付きを提供できるように、自分の中の『引き出し』を充実させる努力も必要だと考えています」

新幹線で過ごす時間は「引き出し」を増やす時間

現在は、ケイアンドカンパニー代表取締役社長として、企業のイノベーション創出支援や、パートナー企業との共同事業開発に取り組む高岡氏。会社のある神戸と東京を毎週のように往復しているという。

「いまはリモートワークで仕事ができる時代ですが、ビジネスパートナーとの信頼関係を築くためには、直接対面して、食事を共にするという時間が不可欠です。そのため、ゴールデンウィークや年末年始を除けば、ほぼ毎週東京に来ています。おそらく年に45回ぐらいは東京と神戸を往復してるんじゃないでしょうか」

移動中は、情報をインプットする貴重な時間にしているという高岡氏。

「僕にとって新幹線は、単なる移動手段ではありません。新大阪から東京まで往復5時間……この時間をいかに有意義な時間にできるかを常に考えています。もちろん仕事もしますが、ネットでニュースを検索したり、音楽を聞いたり、ネットフリックスを視聴することもありますね。先日も、プロゴルフ界の激変を描いた『フルスイング その一打が勝負を分ける』というドキュメンタリー番組を見て、大きな気付きがありました。世界最高峰の戦いといわれるPGAツアー(米国男子ゴルフツアー)に対抗して、新たにサウジアラビアの政府系ファンド『LIVゴルフ』ツアーが立ち上げられた影響を描いたドキュメンタリーなんですが、いい時間を過ごせました」

さまざまなイノベーションを成し遂げる中で培ってきた経験と実績から得たノウハウを惜しみなく公開し、日本発、世界基準のイノベーション人材を育成する高岡氏は、「イノベーションは、一握りの天才が成し遂げるインベンション(発明)ではない。気付きと正しい手順があれば誰でもできるのです」と熱く語る。その薫陶を受けた次世代のビジネスパーソンが新たなイノベーションを創出するとき、日本の風景は変わっているに違いない。

高岡流 出張の3カ条
1 対話で気付きを得る
2 誰と会うのかを重視
3 相手にもメリットを