2023年3月に販売が開始された、JR東日本の「オフピーク定期券」。この新たな定期券の登場により、私たちの働き方や社会はどのように変わるのか。その未来図を、東日本旅客鉄道株式会社 鉄道事業本部 モビリティ・サービス部門 運賃・運輸収入ユニット マネージャーの見持昌史(けんもちまさし)氏に聞いた。

混雑緩和はハード面からソフト面の改革へシフト

都心の朝の通勤ラッシュは、日本を象徴する光景として海外でも有名だ。「オフピーク定期券」は、この混雑の根本的な解決に挑む商品といえる。首都圏の電車特定区間で平日朝のピーク時間帯以外に利用でき、通常の通勤定期券よりも約10%割安になる。ピーク時間帯に利用する場合は、別途、IC普通運賃が必要となるが、定期券区間のピーク時間帯利用が月2~3回程度であれば、「オフピーク定期券」の方が割安になるという。

「通勤時間帯の混雑緩和は、国鉄当時から重要な経営課題の一つでした」と見持氏は語る。「これまでもあらゆる手が尽くされてきました。ピーク時間帯には直通運転や編成車両を増やしたり、複線化・複々線化を進めたり。車内空間を拡幅するための新型車両導入など、輸送力をアップさせてきたのです」(見持氏、以下同)

そのかいあって状況は改善されてきたが、JR東日本はさらなる高みを目指している。「より快適に、安心して安全な鉄道での移動時間を過ごしていただきたい、同時に働き方改革推進に寄与していきたいと考えます」

鍵は、乗客一人一人の行動変容にあるという。「前述した輸送力増強はコストと時間を要します。無限に本数や車両を増やすこともできませんし、コスト上昇が運賃に反映されれば、お客さまの望まない結果にもなりかねません。鉄道事業者だけの取り組みでは、お客さまのご要望に十分お応えできないことが分かってきたのです」

そうした観点は以前から存在し、鉄道会社だけではなく、国を挙げてオフピーク通勤に向けての対策が打ち出されてきた。しかし継続的な行動変容には至らなかった。

誰しも満員電車に乗りたくはないが、定刻に会社にいなければ仕事は滞るし、評価に影響する可能性もある。「自分一人出社時刻をずらすことはわがままに映る」と自制する日本らしい考えの影響もあったろう。

そんな空気を一変させたのがコロナ禍だ。「政府が国民に3密回避を強く訴え、企業も社員に在宅ワークを推奨しましたが、何よりもお客さまご自身が通勤時の混雑を避けたいと願うようになったのです」

2023年3月18日、満を持してJR東日本は日本の鉄道会社として初めて「オフピーク定期券」の販売を開始した。

「従来型のハード面からの混雑緩和対策から、ソフト面での改革へ。お客さまのワークスタイル、ライフスタイルの変化と共に新しい一歩を踏み出したのです」

「気兼ねなく時差通勤」経費削減以上の価値あり

すでに21年に、JR東日本は「オフピークポイントサービス」を開始している。JRE POINTに登録済みのSuica通勤定期券(オフピーク定期券を除く)により、対象エリアで平日の朝、ピーク時間帯前後1時間に駅構内に入場した場合、ポイントが還元される仕組みだ。こうした個人客向けサービスに対して、「オフピーク定期券」は企業が組織として導入し、従業員が利用する仕組みも考えられるため、より広範囲での効果も期待されている。

では、実際に「オフピーク定期券」を導入した企業や個人からはどのような声が届いているのだろう。

「個人のお客さまからは、『オフピーク定期券を購入してからは、会社に気兼ねなく時差通勤できるようになった』『混雑回避で通勤負担が軽減した』『家事育児などとの両立が可能になった』などの声を頂いています。一方、企業からは、『通勤手当の抑制による経費削減が行えた』という声に加えて、『柔軟な働き方に対する企業姿勢がアピールでき、従業員の満足度向上や、採用場面での競争力強化につながった』といった声が大きいです」

だが同時に、まだ開拓の余地も残されていると感じている。ヒントは導入をためらう企業の声にある。

「未導入の企業からは、『社員ごとの通勤経路などの違いから、全社員が利用できない』といった公平性や、『規定変更や経理システム対応などコストや労力がかかる』といった負担面から、導入を悩まれていると聞いています。こうしたご相談を頂いた際には、全社員対象でなく一部社員や部署単位で導入されている他社の事例や、『オフピーク定期券』への対応が可能な『経理負担解消につながる経費精算システム』を取り扱う事業者のご紹介を行っています」

確かに従来の仕組みやシステムを変更するには、手間もコストもかかる。時差通勤を許容するには、企業側の意識・働き方改革も求められる。だが、労力やコストを補っても余りあるメリットを伝えていきたいと見持氏は意気込む。

「『オフピーク定期券』導入のために、会議時間の見直しやテレワーク推進といった働き方改革を同時に行われたという企業のお話も聞いています。コロナ禍を機に、多くの企業が多様な働き方を模索されています。通勤手当の最適化はどこにあるのか。どうか直接的なコスト削減ばかりでなく、従業員が受け取るメリットや採用活動で求職者に与える企業としてのイメージも含め、多様な側面からご検討いただきたいですね」

迫りくる人材獲得難時代 課題解決の突破口に

新型コロナウイルスの猛威は去ったが、人々のマインドは元には戻らない。柔軟な働き方を体験したビジネスパーソンや新社会人世代にとって、「満員電車通勤」は就労をためらわせる大きな要因となり得る。子育て世代や介護世代にとっても、柔軟な働き方ができるか否かは切実な問題だ。今後、本格的に人材獲得難時代に突入する日本にとって、オフピーク通勤は一つのブレークスルーとなるはずだ。

JR東日本が目指すゴールは多様な働き方の実現だ。そのために企業の働き方改革の推進に貢献したいと考える。

「鉄道を利用されるお客さまや企業それぞれがメリットを感じ、より幸福に毎日を過ごすための仕組みをつくっていきたいです。社会を変える一歩は、お客さまや企業のご理解、ご協力なくしては成し得ません。『オフピーク定期券』を通じて、社会全体のピークシフトを共に実現していきたいと願っています」

混雑を緩和し、柔軟な働き方を後押し! オフピーク定期券

*ピーク時間帯は入場駅によって異なり、入場時に判定。駅ごとに1.5時間ほどで設定。
*ピーク時間帯に乗車した場合は、IC普通運賃が発生。
*対象エリアは、首都圏の電車特定区間(下図)。
*私鉄、地下鉄駅にまたがる場合は、JR区間のみに適用。


混雑緩和および働き方改革の推進を目指し、2023年3月に発売された「オフピーク定期券」。働き手が柔軟な働き方への対応を重視する今、この定期券を導入することで時差出勤やフレックスタイム制を選択しやすい環境が整えられ、従業員満足度の向上や採用市場における競争力強化につなげることができる。また、通常の通勤定期券より約10%割安となるため、経費削減も実現できる。