2024年10月、新たなビジネス拠点が誕生する。それが世界最大級のインキュベーション施設「STATION Ai」だ。すでに市内にあるWeWork内にプレオープンし、350社を超えるスタートアップ企業が入居している。施設開所に当たっては大手企業も入居を決めており、スタートアップ企業とのマッチングを加速させたい考えだ。開業を前に代表取締役社長兼CEOの佐橋宏隆氏に、その狙いと意気込みを聞いた。

――名古屋の地に新拠点ができることの意義をどう考えているでしょうか。

【佐橋】東京は、世界と比べても恥ずかしくないスタートアップエコシステムがすでにできていると思います。ですが日本の他の地域はまだまだ。東京一極集中という状況の中で、他のどこに可能性があるか。やはり名古屋のものづくりの既存産業の強さに注目しています。スタートアップを集める、ユニコーン企業を生み出すのが大きな目標ですが、地域の既存産業と融合し、既存産業をアップデートしていくことも狙いです。そのポテンシャルがあるのが、この地域だと思います。

佐橋宏隆(さはし・ひろたか)
STATION Ai株式会社
代表取締役社長兼CEO
2004年ソフトバンクBB(現ソフトバンク)入社。経営戦略グループマネージャー、SBイノベンチャーの事業推進部部長等を経て、21年より現職。

――既存産業とスタートアップがどのように融合していくのでしょうか。

【佐橋】スタートアップは7割弱くらいがソフトウエア産業です。ハードウエアをつくるスタートアップは、世界的にも本当に数が少ないです。今後、そこは増やしていくべきだと思います。ソフトウエアの領域は、立ち上げのコストが少なく、リスクを抑えながら進める、いわゆるリーンスタートアップの考え方が広がっています。それはスタートアップだけではなく、大企業の新規事業においてもプロジェクトの進め方のバイブルのようになっています。それが徐々に、ハードウエアの新しいプロダクトづくりにも定着していくのではないでしょうか。

――既存企業にとってもスタートアップの技術やカルチャーを取り入れることにはメリットがありそうです。

【佐橋】現在、メンバーとして357社のスタートアップが、大企業や中堅・中小企業と協業したいと集まってきています。スタートアップが入居するだけの拠点はたくさんありますが、大企業をはじめ、さまざまな事業会社も一緒に入居する拠点は、他にはなかなかありません。スタートアップをどう探すかというソーシングのところや、ただ支援するだけとか、自社がもうかりたいだけというのではなく、同じ目標を持って、同じ目線で協業していける関係づくりは容易ではありません。日々、交流があって、協業の機会がある。そういう拠点にしていきたいと考えています。

――既存の事業会社からは新規事業部やオープンイノベーションの担当部署が入居するイメージでしょうか。

【佐橋】昨年10月末から既存企業向けにもプレエントリーを受け付けていますが、ほとんどはそうした部門です。現在は150社以上の事業会社から前向きに検討いただいています。フリーアドレスのコワーク席、セキュリティー面で安心な個室、オープンな固定席の3種を用意しているので用途に応じて選んでいただけます。大手企業に人気なのはオープンな固定席ですね。いわば出張所のような形で拠点を構え、そこにスタートアップの方が気軽に訪ねることもできます。そのほかには金融機関や士業からも問い合わせが多く、起業や新事業の滑り出しに必要な全てのプレーヤーが集まってきています。

――既存企業にはオープンイノベーションに二の足を踏んでいる、協業は始めたけど事業をどう育てていいか分からないといったケースもあります。

【佐橋】そもそも戦略なきオープンイノベーションといった話はよくあります。とりあえずオープンイノベーション推進室のようなものをつくり、明確な戦略がないまま「スタートアップを手広く探しています」「良いところがあったら考えます」と。それだと一向にパートナーは見つからないですし、スタートアップを自社の技術や持っているアセットとどうひも付けてよいか分からないということにもなります。何か特定のアセットを使った新しい事業を生み出したいのか、既存のプロダクトをさらに伸ばすためにスタートアップと協業したいのか。明確な目標やオープンイノベーションの位置付けを経営トップも含めてコミットしていただきたいというのはあります。

われわれもただマッチメイクだけではなく、戦略づくりから支援しますし、協業が決まった後もしっかり入り込んで事業化を仕掛けたいと思っています。オープンイノベーションは、スタートアップ側から仕掛けるときもあれば、大企業側から仕掛けるときもありますが、われわれのような第三者が仕掛ける場もあってよいと思います。

7階建ての施設にはオープンな交流の場も
「1、2階はカフェやイベントスペース、7階にはルーフトップバー。これらを一般開放します。学生やスタートアップ、大手企業の方々まで自然な交流が生まれてほしい。無料で見学できるイベントなどの仕掛けも考えていますので、ぜひ気軽に足を運んでください」(経営企画部部長・尾﨑裕樹)

――大企業側からスタートアップへの仕掛けというのは、具体的にはどのようなことでしょうか?

【佐橋】大企業側から「こんな技術を使って一緒に協業しましょうよ」とスタートアップに呼びかけるリバースピッチが盛況です。昨年はダイキン工業さまにリバースピッチをしていただきました。空調機サービス事業と機械部品の設計関連技術がテーマです。前者にはマーケティングに強い、後者には細かい技術を持っているスタートアップが登壇し、リバースピッチに応える形でソリューションを提案しました。このイベントにはオーディエンス11社、登壇4社のスタートアップが参加し、そのうち3社と協業の検討をしています。われわれのコーディネーターも中に入り、伴走しているところです。

ダイキン工業さまのように社内エンジニアがいて、自社として最新の技術トレンドを追いかけている。一方、事業領域のここの部分はスタートアップが持っているこの技術で解決するのではないかと仮説を立てる。その仮説を立てたところから、まさにこういう取り組みが始まる。事業仮説がないままやるのと、あった上でやるのでは、成功率もまったく変わってくるのです。

――一方でスタートアップに目を向けると成長のある段階で伸び悩むことが見受けられます。

【佐橋】STATION Aiは、世界と肩を並べる強いスタートアップエコシステムをこの地域につくるのが大きな目的です。その過程でユニコーンを生み出していくこともやります。その意味で足りないことは、いわゆるグロースステージに差し掛かった頃に、大きな成長資金を提供するプレーヤーが、まだこの地域にはいないことです。だから、われわれがそのプレーヤーをしっかりと呼び込んでくる。国内外の機関投資家や事業会社の投資を活性化するということも一つ。いわゆるテックジャイアントや超多国籍企業もしっかり誘致していきたい。

われわれがモデルにしているSTATION Fが、それをうまくやっています。広大な施設の中でさまざまな大企業がエリアを広めに借り、協業するスタートアップの家賃まで肩代わりしている。なぜなのか。それは「場の価値」だと。同じ場にいると、例えば他社のプログラムに参加していたもののドロップアウトしたスタートアップの人材と知り合い、新たな技術を知り、その後の協業につながる。人材や情報の流動性があるのです。その場にしかない、あらゆる価値が、この場にいると享受できる。それがセレンディピティ的にどんどん起きる。それが入居している最大の理由だというのです。

われわれもSTATION Aiという場の価値を最大化し、オープンイノベーションの聖地といわれるような環境をつくっていきたい。そのためにも多くの企業に手を挙げていただきたいと考えています。