昨年11月、アジアクロスカントリーラリー2022で、三菱自動車が技術支援する「チーム三菱ラリーアート」が総合優勝を遂げた。もともと過酷な環境下で覇を競うラリーで、無類の強さを誇った三菱自動車。ダカール・ラリー以来13年ぶりの復帰戦での快挙を、三菱自動車はこの先どう生かしていくのか。同チーム総監督の増岡浩氏に聞いた。

ラリーは三菱自動車の哲学を形にすることに寄与する場

「準備は完璧でしたが、初戦で勝てたのはラッキー。うれしかったですね」

開催回数27回という歴史を持つアジア最大級のラリー「アジアクロスカントリーラリー2022」。タイ・カンボジアの2カ国を通過する6日間、約1700キロメートルのラリーに出場し、結果を出したチーム三菱ラリーアート・増岡総監督の口元がほころんだ。

アジアクロスカントリーラリー2022で優勝した車種「トライトン」(写真はテスト時のもの)。

「参戦した車種はピックアップトラック『トライトン』。私もハンドルを握って施したチューニングがうまくはまってハンドリングがよく、車体やエンジン、タイヤなど主要な部分のトラブルはゼロ。常に最高のコンディションで走ることができました」

1982年、22歳で三菱自動車の契約ドライバーとなって以来、世界中でラリー参戦を重ね、2002年、03年は世界一過酷といわれるダカール・ラリー(旧称パリ-ダカール・ラリー)で連続して総合優勝を果たした、文字通り斯界のレジェンドである。

その増岡氏は現在、広報、開発、そしてラリーアートビジネス推進室に籍を置く。ラリー参戦が、ミツビシの名を内外に知らしめることと、技術研さんという二つのミッションを担っているわけだが、技術研さんの柱と言い切って増岡氏が注力し続けるのが、テストドライバーの育成だ。なぜ、テストドライバーの育成が「柱」なのだろうか。順番に見ていこう。

増岡氏(中央)が総監督として率いた「チーム三菱ラリーアート」。初参戦にして初優勝を飾った。

不規則に荒れた地形に設けられたコースは時速150キロメートル前後で走行する高速区間もあれば、岩場や泥濘ぬかるみや深い水たまりなどの低速区間もあり、状況によっては前走者の巻き上げる砂や埃に妨害されて「ドライバーは5分に1度は口から心臓が出そうになる」というラリー。日本の一般道を走るユーザーとは一見、無縁な世界にも思える。

だが、競技用の安全装置を付けたり、サスペンションやタイヤ、ブレーキなどをラリー仕様に改造しているとはいえ、参戦したトライトンの車体の大半は市販のそれと同じ。実際にラリーを走るのとほぼ同じ走行性能・耐久性を持つ車を、三菱自動車は一般のドライバーに提供していることになる。

「そのトライトンの主な販売先は、東南アジアや中東、アフリカ、南米。今回のラリー参戦の目的の一つは、その中でも特に重要な東南アジアでの認知度向上です」(増岡氏、以下同)

例えばスマトラ、ボルネオのユーザーがパーム油やゴムの運搬に使うトラック。山間部の農園から麓の里に至るどんな路面・天候でも、ゼロトラブルの走行が求められる。アジア圏のラリーに出場・優勝することは、このニーズに訴求する絶好のPRとなる。

それだけではない。ラリーは「どんな天候や路面でも、安全・安心・快適」「どんな場所に行っても、確実に帰ってくることができる」という三菱自動車の哲学を形にするのに、大きく寄与する場でもある。

「参戦のもう一つの目的は、厳しいラリーで得た経験を、次の新商品の技術開発にフィードバックすることです」

ラリーを走って生じた車体のひびや溶接の剥離を逐一修正し、車体の剛性を上げ、サスペンションのベストなポイントを特定する――そのフィードバックを長年繰り返してきた三菱自動車。この過程で難しいのは、車体の軽量化と耐久性、駆動力と旋回性能、車体の高さとカーブでの安全性という、それぞれ“こちらを立てればあちらが立たない”性能を兼備させることだ。

「重量を軽くすると、走る・曲がる・止まるといった運動性能は上がるが耐久性は落ちる。だから肉は削るだけ削る一方、要所は補強します。四輪の駆動力を強めると直進が良くなる半面、旋回性能が落ちるから、前後の駆動力の配分に絶妙な味付けが必要です。車高が高いと悪路の走破性がいい半面、重心が上がってカーブが不安定になり、走行中にタイヤが浮く状態になるので、そこは全て電子制御でフォローしています」

テストドライバーの技量以上の車はつくれません

こうした“味付け”は、テストやラリー本番の走行時――無論、先の優勝時も含む――に車体のあちこちに取り付けた計測器でデータを収集し、それを基に増岡氏率いる開発部隊が行う。彼らは社内の各部署のスペシャリストを1~2人ずつ集めた小所帯である。

増岡 浩(ますおか・ひろし)
三菱自動車工業株式会社 理事
「チーム三菱ラリーアート」総監督
現役時代にダカール・ラリーで日本人初の総合優勝2連覇(2002、03年)を果たしたレジェンド・ドライバー。

テストドライバーやラリードライバーが過酷な環境下での運転を通じて得た「これはいい」「危うい」等々の言語化が難しい“感じ”を、この開発部隊が走行データを通じて分析し、パーツや車体に反映させ、試走し、修正する。この手探りの工程を地道に繰り返すことで、走りの快適さや安全性の水準を少しずつ上げていく。

「部品こそCAD(コンピューター支援設計)で作りますが、最終的に車体を人間の感性に合わせるのはドライバー。彼らの技量以上の車はつくれません」

そのテストドライバーたちは、増岡氏というレジェンドが手塩にかけて育て続け、順調に成長しているという。

「横転のメカニズムや、車体が滑り出したときの立て直し方などを直接教えています。以前なら横転事故や、運転ミスによるコースアウトのような事故が年に1回はあったのですが、今は限りなくゼロに近づいています」

こうして鍛え上げられたドライバーの感性と過酷なラリーの経験、そこでナンバーワンとなった自信と膨大なデータ。これら全てが前述のプロセスを通じて新しい技術を生み、「どんな天候や路面でも、安全・安心・快適」「どんな場所に行っても、確実に帰ってくることができる」という三菱自動車「らしさ」を磨き上げていく。

「全天候型で、強くて運転が楽しい。社員全員がそんな三菱らしさ、三菱の原点に返るべき。ラリーアート復活は、その実現に向けた一つの布石です。誰でも買えて、許される場所で思い切り性能を発揮できる車をつくりたい」

そのためには結局、人なんです――言葉の端々から、三菱自動車の哲学を体現し続けてきた心持ちが伺える。