未来ビジョン「志」とは?

――和田学長は就任直後に「金沢大学未来ビジョン『志』」を発表されました。

【和田】新しい体制ではまず「未来への希望」を掲げ、高い「志」を持って、全員でそこに向かって進んでいきたいと考えました。金沢大学が未来にあるべき姿を提示し、そこからバックキャスティングして、今何をすべきかを考える。そのための未来ビジョンを示したかったのです。

金沢大学未来ビジョンの柱は、「独創的な世界トップレベルの研究展開による世界的研究拠点の形成」「社会の中核的リーダーたる“金沢大学ブランド人材”の輩出」「人・知・社会の好循環を作り出す持続可能で自律的な運営・経営の実現」です。

就任直後に新設した改革戦略室では、教員、若手職員に加え学生にも参加してもらい、未来ビジョンについて議論を重ねました。そして卒業生や産業界、自治体などステークホルダーの方たちを含む「オール金沢大学で『未来知』により社会に貢献する」というステートメントが生まれました。未来知とは、「現在だけでなく、将来起こり得る課題を自ら探究し解決していく知恵」を意味しています。

和田隆志(わだ・たかし)
金沢大学長
1988年金沢大学医学部医学科卒業、92年同大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。専門は腎臓内科学、臨床検査医学。金沢大学准教授、教授、医薬保健学域医学類長、理事(研究・社会共創担当)・副学長などを経て2022年から現職。

――教育面においては「金沢大学ブランド人材」の育成を掲げています。

【和田】金沢大学ブランド人材とは、「自ら学び自ら育む教育により、高い『人間力』を身に付け、国内外の中核的リーダーとなるべき人材」です。

そのために教育の面でもSTEAM教育の推進をはじめ、知識だけではない「知恵」と実践力を伴った「人間力」を身に付けてもらうための工夫を行っています。

――2021年に「融合学域」を創設し、新しい学類を次々と開設していますね。

【和田】本学は08年度に学部学科制から学域学類制へ移行しました。14年度に掲げた「金沢大学〈グローバル〉スタンダード(KUGS)」ではリベラルアーツを重視し、分野を横断した文理融合の教育プログラムを全学展開しています。

21年度には文理融合教育の拠点となる「融合学域」を新設し、「先導学類」を設けました。イノベーター人材を育てることが学類の目標で、起業やイノベーションを志向する学生たちが集まり、すでに起業した学生もいます。

22年度には国際的な観光地である金沢の特性を生かした「観光デザイン学類」を設置しました。その特長は、これまで文系の研究対象と考えられてきた観光を「データサイエンスで磨く」ことです。今後はデジタルの力で地域の観光を盛り上げるとともに、人手不足やオーバーツーリズムなど観光に関わる課題の解決と新たな観光の創出を目指していきます。

23年度はさらに、スマートシティや、自動運転を含むスマートモビリティなどを学びのテーマとする「スマート創成科学類」を設置します。

――コロナ禍により大学教育でもコミュニケーション不足が課題になっています。

【和田】コロナ禍で対面の場がないという問題に対し、「雑談のチカラ」と題して、学生と学外有識者が膝を突き合わせ、互いの体温を感じるようなプログラムを実施しています。正規の授業ではなく、コーヒーとお菓子を用意し、学生がふらりと立ち寄って、諸先輩方と雑談するイメージです。とても評判が良く、学外からさまざまな立場の人が手弁当で集まってくれ、順番待ちができるほどです。そうした出会いはその場では偶然に思えても、後から振り返ると必然だったと感じられるものです。学内外、そして海外留学先でも、さまざまな出会いが生まれてほしいと願っています。

北辰(北極星)は金沢大学の前身校の一つである旧制第四高等学校の校章に用いられていた

一層進む「社会との連携」

――研究面では文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択されるなど高度な成果が生まれています。

【和田】本学は研究大学として、基礎研究、応用研究に加え、融合研究に注力しています。現在は1967年に設置された「がん進展制御研究所」から2022年設置の「古代文明・文化資源学研究所」まで六つのフラッグシップ研究所と、「理工研究域附属先端宇宙理工学研究センター」「先進予防医学研究センター」など七つの研究センターを擁し、先端的な研究を推進しています。

WPIの採択を受けて設立した「ナノ生命科学研究所」では、先端的なナノプローブ技術を開発しました。これを用いて生きた細胞の表層やナノ動態を直接観察し、生命科学における未踏ナノ領域の開拓に挑み続けています。そして、関係府省・機関が連携して推進する「ムーンショット型研究開発事業」にも二つのプロジェクトが採択されており、「人々の幸福」の実現を目指しています。

――学外との連携も深めていますね。

【和田】国内外の企業と共同研究や相互の人材交流などを行っており、今秋には株式会社ダイセルの協力を得て、新産学連携研究拠点「バイオマス・グリーンイノベーションセンター」が竣工しました。木材のセルロースから高機能材料を開発する「新バイオマスプロダクトツリー」の構築に向け、本学の教職員・学生のみならず、国内外の企業・研究者と共に取り組んでいきます。

さらに本学は、21年度JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)共創分野本格型に採択されました。「再生可能多糖類植物由来プラスチックによる資源循環社会共創拠点」として「価値観のイノベーション」を目指します。

また、石川県は人口当たりの大学・短大など高等教育機関数で全国1位(金沢市「第2期石川中央都市圏ビジョン」より(※))であり、06年設立の「大学コンソーシアム石川」に見られるように、大学同士や自治体とのつながりも強い地域です。本学は北陸経済連合会を中心とする「北陸未来共創フォーラム」にも参加しています。これは「産学官金連携」組織で、経済・産業の活性化と同時に人材育成と地域への定着も視野に入れています。

私が強い信念とするのは「人は宝、人財」です。私たちは「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」という基本理念の下、「学生や教職員が誇りと愛着を持ち、人が輝く金沢大学」という北極星のように揺るぎない目標に向かって、ベクトルを合わせて進んでいきたいと考えています。

※令和4年3月改訂版