気候変動の深刻化を受けて世界各国の対策が進んでいる。日本も2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言、翌年には30年に向けて二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出を13年度比で46%削減するという目標を掲げている。そんな中、「脱炭素」に向けた動きを活発化させているのがエネルギー産業だ。積極的な技術開発により、早くからCO2の地中圧入技術などを磨いてきた資源開発大手INPEXの取り組みを加賀野井彰一執行役員に伺った。

ウクライナだけではないエネルギー供給難の原因

――これから寒くなると暖房の利用が増えますが、ウクライナ情勢を受けて今冬は暖房燃料等のエネルギー供給不足が懸念されています。現状をどう見ますか。

【加賀野井】ご指摘のエネルギー供給難については、ウクライナ侵攻によって一躍クローズアップされましたが、実はそれ以前から問題になっていました。原因は「脱炭素」です。地球温暖化の原因となる温室効果ガス、特にCO2を排出する化石燃料の消費量をできるだけ減らそうとする国際協調の取り組みが進んでいます。そのことが世界のエネルギー供給に影響しているのです。

石油や天然ガスの開発には長い時間と多額の投資が必要です。ところが世界各国が脱炭素という目標を掲げているため、将来の石油や天然ガスの需要動向を読み切れず、われわれエネルギー開発会社はどうしても投資に消極的になります。石油や天然ガスの開発では生産量を維持するだけでも相当額の投資が必要になるのですが、そうした事情で投資が滞っていたため、コロナ後の需要の盛り上がりに供給が追い付いていないのです。

加賀野井 彰一(かがのい・しょういち)
株式会社INPEX 執行役員 水素・CCUS事業開発本部 本部長補佐
技術開発ユニット ジェネラルマネージャー
1993年帝国石油株式会社(現株式会社INPEX)入社後、主に石油・天然ガス生産設備の設計や操業を担当。途中、技術研究所にて水素製造の研究開発にも従事。2006~20年、オーストラリア北部準州ダーウィンにおけるLNG製造・出荷設備の設計・建設・操業に携わる。帰国後技術本部で操業現場の技術サポートを行い、21年1月より執行役員。同年3月からの水素・CCUS事業開発室ジェネラルマネージャーを経て22年1月より現職。

進む「クリーンエネルギー」への技術開発

――INPEXは安定供給を使命としつつ、「ネット・ゼロカーボン」を掲げていますね。どういう試みを行っているのですか。

【加賀野井】ネット・ゼロカーボンは、温室効果ガスの排出量を森林などの吸収量や、CO2回収技術などの回収量とで差し引きゼロ(実質ゼロ)にするといった世界的な取り組みです。

ネット・ゼロカーボンを目指す当社としては、日本だけでなく世界各地で、当面は需要が見込まれる石油や天然ガスといった化石燃料の開発・生産の効率を上げて、できるだけクリーンな供給を行います。私が所属する水素・CCUS事業開発本部では、さらに一歩進めて、以下に述べるような新たな技術分野に取り組んでネット・ゼロカーボンを目指しています。

たとえば、エネルギーとして使用してもCO2を出さないクリーンエネルギーへの取り組みです。具体的には水素やその派生物であるアンモニアの供給です。そこには化石燃料から製造し副生物のCO2を大気に排出しないように作る「ブルー水素」や、再生可能エネルギー由来の電源で水を電気分解して作る「グリーン水素」なども含まれます。

また、排出されるCO2に対して「CCS(Carbon Dioxide Capture and Storage)」と呼ぶ回収・貯留技術を適用することへの取り組みです。これは天然ガス開発などの際に排出されるCO2を回収して、地中深くに再び圧入・貯留するという技術です。

さらに、「CCUS(Carbon Dioxide Capture, Utilization and Storage)」といって、回収したCO2を、たとえば石油や天然ガスの増進回収等に有効利用する技術も開発しています。CCSやCCUSは、CO2を地下に貯留することで、大気中のCO2を大量に減らすことができる世界的にも注目されている技術です。

●CCS・CCUSの仕組み

長期にわたる国内外での経験・知見が最大の強み

――ネット・ゼロカーボンを目指すには一社単独の視点ではなく、各方面との対話や調整が必要ですね。

【加賀野井】はい。目指すゴールは「社会課題の解決」です。どういったアプローチがお互いの国や企業にとって有益なのか、さらには全体として最適かという議論も大切です。各方面と対話を進める中で、当社の強みと先方の求める内容がうまく合えば、一緒に事業を創り上げていくことができると考えています。ネット・ゼロカーボンを目指すという課題において、たとえば化学、鉄鋼や自動車、航空業界といった、これまであまりお付き合いのなかった業界とも協業に向けた対話を行う機会が増えているんです。

当社は海外だけではなく国内においてもさまざまな事業を手掛けています。たとえば「南長岡ガス田」(新潟県長岡市)は国内最大級の埋蔵量を持つ大型ガス田で、1984年に生産を開始しましたが、現在も主力として稼働しています。また、南長岡ガス田を起点として総延長約1500kmのパイプラインを所有しており、富山県から関東地方まで、パイプライン沿いの都市ガス事業者や工業用需要者の方々に天然ガスを供給しています。

こうした事業による経験・知見が当社の強みになっています。まずは油ガス田の開発や、生産・供給設備の設計、操業を担うことで獲得してきた技術力にはじまり、操業へ向けてプロジェクトを企画・推進するための各種ノウハウも蓄積しています。これらの経験・知見は、先ほど述べたクリーンエネルギーの供給やCCS事業など、これからネット・ゼロカーボンを目指すために必要な事業の推進にも生かせると考えています。

南長岡 越路原プラント
1984年から稼働しており、国内最大級のガス処理能力を持つ。天然ガスや油の生産に加え、発電事業も行う国内で類を見ない総合エネルギー拠点。

最初から関わったイクシスLNGプロジェクト

――加賀野井さん自身も2006年から14年間、オーストラリアにおける天然ガスの液化・出荷事業である「イクシスLNGプロジェクト」に携わり、設計から建設、試運転、操業も担われたと聞きました。

【加賀野井】オーストラリアには、西オーストラリア州パースに4年、北部準州ダーウィンに4年ほど駐在しました。ダーウィンは人口十数万人のサイズですが、すごく住みやすく良いところでしたね。

私はこのイクシスLNGプロジェクトに、コンセプトを決める段階から参加しています。大型の長期プロジェクトに、最初から最後まで関われたのはとても幸運で、多くの学びを得ることができて「技術屋冥利みょうりに尽きる」と思っています。

私自身は国内の老朽化した設備を改造する業務も担当しましたし、また、技術研究所で水素製造の研究開発に従事した時期もあります。そういったさまざまな経験、人との交流が現在の「水素・CCUS事業開発本部」の業務に生きています。

イクシスLNGプロジェクト 沖合生産・処理施設
イクシスガス・コンデンセート田から産出された生産物の分離・処理を行う施設。半潜水式の海上生産施設としては世界最大規模。

責任は重い、しかし大きなチャンスがある

――さまざまなキャリアを積んでこられた加賀野井さんから見て、INPEXの強みや魅力とは何ですか。

【加賀野井】当社はグローバルにビジネスを展開しており、国内はもちろん海外でも大きなチャンスが広がっています。さらにこの脱炭素の流れの中では、これまでにはない新しい機会が転がっています。そして大前提として、エネルギーの安定供給という人々の生活に直結したミッションを負っています。それだけに責任は重いのですが、「世のため人のため」の仕事なんだということを強調したいですね。

仕事の中身をご紹介すると、特に大型プロジェクトでは大きなチームで取り組みます。イクシスLNGプロジェクトでいえば、「この天然ガスを日本に届ける」というのが共通のゴールで、そのために多くの人がそれぞれの役割に従事しました。バルブを調整する人もいれば、ペンキを塗る人もいる。運搬船が近づいたときに船長と交信する人、設備運転が最適かをコントロール室で監視する人……。年齢も性別も、国籍も人種もさまざまです。こういった仲間たちと一つのチームで目標を達成するのが醍醐味だいごみです。

そしてINPEXは挑戦のできる企業風土を持っています。高度経済成長期の60年代には天然ガスを地下の枯渇したガス田に貯蔵することを始め、90年代にはCO2を地下に圧入して石油の回収率を上げる取り組みもしました。そういったことが、先ほど説明したCCSやCCUSで先行する礎となっています。

失敗も多くありましたが、失敗したからこそ見えてくる世界もあります。エネルギーの安定供給という大きな使命の下、環境負荷を減らしていくという挑戦をチーム一丸で進めるのが当部署の仕事です。これからその挑戦を仲間たちと楽しんでいきたいと思っています。