今年、「天虫花草」という自社ブランドでライフサイエンス事業を推進。人生100年時代の社会貢献を目指すというトップの強い思いが事業の核を成す。
坂本隆司(さかもと・たかし)
第一工業製薬株式会社
代表取締役会長
1947年生まれ。富士銀行、富士投信投資顧問を経て2001年に第一工業製薬入社。13年に代表取締役会長に就任(現任)、15年から社長を兼任(22年に退任)。

「入社した時は、正直どん底でしたよ」

第一工業製薬・代表取締役会長の坂本隆司氏は、2001年の入社当時をそう振り返る。同社は1909年に京都で創業した工業用薬剤の大手。初期には一般向けの洗剤やせっけんも製造・販売していたが次第に工業用製品が増え、73年には中間材料メーカーにシフト。これを第2の創業と位置付け、以降BtoB企業として歩んできた。だが80年代のバブル期に当時の経営層が財テクを選択し、その後に残されたのは巨額の損失。再建を託されたのが元銀行員の坂本氏だった。

坂本氏は取締役として入社すると、事業の可視化、組織・人員の再編、研究開発費アップ、工場買収など大胆・迅速に改革を遂行。これらが奏功して業績は回復し、最高益も更新。順風満帆の再建劇だが、坂本氏の心にはまだ「やらなきゃならん」とするものがあった。新事業の創出、すなわちBtoCへの進出である。

なぜ工業向けのBtoB企業がライフサイエンスに進出したか

「きっかけは“仙人”との出会いです」

2017年、坂本氏が出会ったのがバイオコクーン研究所・代表取締役フェローの鈴木幸一氏(故人)である。同研究所は岩手大学発のベンチャー企業で、カイコハナサナギタケ冬虫夏草の研究で40年以上の実績を持つ。鈴木氏はその“仙人”たるエキスパート。坂本氏のアンテナが反応した。

養蚕技術を活用して得られたカイコハナサナギタケ冬虫夏草。国際ジャーナル『PLOS ONE』(※)に、アルツハイマー病を含む認知症および老化改善が期待できる新規有用成分「ナトリード®」を発見したという論文が掲載された。

「最初は冬虫夏草と聞いて、そんな山奥に取りに行かなければならないものはペイしないと思った。ただその後にカイコと聞いた途端に、それは話が違うぞと。培養すれば生産量も増やせるし、うちの技術を使えば製品化できると踏んだ。それでこれだ、と決断しました」

翌年、第一工業製薬はバイオコクーン研究所と、エキス抽出や粉末化の高い技術を持つ徳島県の池田薬草をグループ化。カイコハナサナギタケ冬虫夏草を柱としたライフサイエンス事業を立ち上げてこれを“第3の創業”として掲げ、今年、新ブランドの「天虫花草」で自社製品の販売を開始した。

「なぜライフサイエンス事業かといえば、自社が未開拓の分野、今後成長が期待される分野ということはあるが、それ以上に人に向いたものだということ。人生100年時代、経済を支えている人間の命や健康長寿に関わることに参入したいという思いがあった。同事業は2025年までに100億円の売り上げを目指す」

このライフサイエンス事業立ち上げの中心人物となったのが同事業統括部長の髙原英二氏。BtoCの豊富な経験を買われて2020年に入社した。

「一番のハードルはBtoCの経験者がいなかったことですが、方法さえ分かればできる人は多い。社内外の人間でいいチームを組めたことが順調に進んだ要因です。外から来た私から見ると、この会社にはまだまだ面白い技術がある。それらを基に第2、第3の柱ができれば売り上げ目標の達成も夢ではありません」

目下、天虫花草ブランドの製品を拡充中で、養蚕技術を活用して地域創生を目指す取り組みも始まった。新しい一歩が大きな広がりを見せ始めている。

※Public Library of Science社発刊の査読付き科学雑誌。実験とデータ分析が厳密に行われたかどうかという指標のみで論文掲載可否が決まる。

40年以上の研究と京都で113年培った技術と信頼が生んだカイコハナサナギタケ冬虫夏草ブランド