コロナ禍によりテレワークが広がるなど、働き方の多様化が加速している。この動きのなか、働き方改革とも合致した「新たな旅のスタイル」として観光庁が推進するのが、ワーケーションやブレジャー(※)といった仕事と休暇を組み合わせた滞在型旅行だ。その普及に取り組む観光庁の平泉洋参事官に話を聞いた。
平泉 洋(ひらいずみ・ひろし)
国土交通省観光庁
参事官

──観光庁として「新たな旅のスタイル」を推進する背景には、どんな状況がありますか。

【平泉】従来の日本の旅行は、どうしても休暇の取得時期が重なり、宿泊日数も短くなりがちで、結果的に特定の時期・場所に人が集中するという問題がありました。働き方の多様化も進むなか、ワーケーションやブレジャーは、そうした課題を解消し、旅行需要の平準化、新たな旅行機会の創出に貢献する手段になると思っています。こうした考えは「経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太方針2020)」にも明記され、昨年7月の「観光戦略実行推進会議」でも言及されています。

ワーケーションというと、リゾート地などで余暇を楽しみながらテレワークも行う「休暇型」を思い浮かべる方が多いと思いますが、仕事をメインにした「業務型」もあります(下図参照)。

社員側はもちろん、企業側にも有給休暇の取得促進や社員の帰属意識の向上、場所を変えての議論によるイノベーション創出など多くの利点があり、柔軟な働き方ができることは優秀な人材を確保するうえでもプラスになります。さらに受け入れ側は、地域の活性化にもつながる。こうした「三方良し」の取り組みを、日本ならではの持続可能なモデルとして普及させていきたいと考えています。

──実践している人たちからは、どのような声が聞かれますか。

【平泉】実は観光庁でも、昨年私を含めた職員が北海道の洞爺湖でワーケーションを体験し、「集中力が高まる」「クリエイティブな発想が期待できる」といった感想を持ちました。また、日本航空やユニリーバ・ジャパンといった導入企業(ページ下部囲み参照)でも、生産性向上や仕事へのモチベーション維持に効果があったということです。特に両社とも地域貢献を盛り込み、社員、企業、地域で三方良しとなるよう工夫しながら、お互いの関係強化にも役立てている点が素晴らしいと感じます。

※ Business(ビジネス)とLeisure(レジャー)を組み合わせた造語。出張などの機会を活用し、旅先での滞在を延長するなどして余暇を楽しむこと。

混雑や密集の緩和が感染症の対策にも

──今後の観光庁の施策について教えてください。

【平泉】観光庁が実施した調査では、国内企業における「ワーケーション」の認知度は8割を超えているものの、実際に導入・利用している企業はわずかでした。そこで三つの方向から環境整備を進めていきます。

第一は、より広く情報発信を行い、新たな旅のスタイルの目的や意義を伝えていくこと。これにより、社会全体の機運醸成を図ります。

第二は、企業と地域、双方の環境整備で、企業には制度導入に向けた支援を提供していきます。昨年末には、企業が制度導入する際に課題となる労災保険給付や交通費負担に関する税務処理等についてわかりやすく解説したパンフレットを観光庁のホームページで公表しています。また、制度が定着するには集中して働き、楽しめる環境づくりも重要ですから、地域に対してはソフト・ハード両面における受け入れ体制整備を支援します。

そして第三が、企業と地域とを結ぶモデル事業の推進。ワーケーションなどに関心の高い企業と全国の自治体を公募し、アドバイザーの派遣などによって双方の体制を整備。両者のマッチングを経て、受け入れ実施後の効果検証も行います。

──最後に企業の経営者や人事担当者に向けたメッセージをお願いします。

【平泉】繰り返しになりますが、ワーケーションやブレジャーは、企業、個人、地域の三方にメリットをもたらすものです。感染症対策の面から見ても、混雑や密集が緩和されることで感染リスクの軽減にもつながるはずですし、これからの働き方の形を考える意味でも効果的な手段だといえるでしょう。

新年度にはモデル事業にご協力いただく企業、地域の公募手続きを予定しており、詳細は報道発表や観光庁のホームページでお知らせします。各社のニーズや目的に合った形態で取り組んでいただき、経営課題の解決、地域との持続可能な関係づくりにつなげていただければと考えています。

観光庁「『新たな旅のスタイル』促進事業(中間報告)」(令和3年2月5日)より。

企業によるワーケーション取り組み事例

有給休暇取得率を高め自律型人財の育成にも

日本航空(JAL)

有給休暇取得を推進する施策の一つとして、2017年にワーケーションを導入。休暇目的という位置付けのもと、従来のテレワーク規定を軸に労務管理・運用を行い、業務の進捗状況は上司への報告などで共有している。東京での通常勤務との比較調査では、仕事へのストレス、上司との関係性、仕事のモチベーションなどでポジティブな回答が得られた。

地域関係者との交流、熊野古道の修復などを行う和歌山県でのワーケーション体験ツアーや滞在先で集中討議をする合宿型ワーケーションなども実施。仕事もプライベートも自分自身でマネジメントできるような自律型人財の育成にも力を入れており、2019年には出張時に休暇を付けたブレジャー制度も導入している。

熊野古道を修復する「道普請」の様子。取り組みを社内報でも紹介し、認知拡大を図っている。
「地域 de WAA」で働く場所の選択肢がさらに広がる

ユニリーバ・ジャパン

2016年に働く場所や時間を社員が自由に選べる新しい働き方「WAA(※)」を導入。上司に申請して業務上支障がなければ、理由を問わず会社以外の場所で仕事ができるようになり、ワーケーションも可能となった。導入後のアンケートでは、「生産性が上がった」「生活が良くなった」などの回答が得られ、特に育児中の社員からは高評価だった。

同社では「WAA」が地域活性などと親和性が高いことに着目し、「地域 de WAA」も導入。自治体が指定する地域課題の解決に貢献する活動を行うと、提携している宿泊施設の宿泊費が無料または割引となるなどの仕組みをつくった。交流をきっかけに、地域限定商品を開発・販売し、売り上げ増となった例も出ている。

※ Work from Anywhere and Anytime

地域と連携して課題解決に取り組む活動も積極的に進めている。