「ポストコロナ」が模索される中、経済成長と社会的課題の解決を同時に実現するとして到来が期待される超スマート社会「Society 5.0(ソサエティファイブポイントゼロ)」。その意義や進行中の取り組みについて、経団連審議員会副議長も務める大和証券グループ本社の日比野隆司会長に、キャスターの榎戸教子氏が聞いた。

デジタル革新で社会は次のフェーズに

【榎戸】コロナ禍が株式市場に与えた影響をどうとらえていますか。

【日比野】日本では期末が近いことも加わり、3月中旬に大暴落が起こりました。しかし4月以降は上昇基調に転じ、6月には日経平均も年初の水準近くまで回復しています。

こうしたわが国を含む世界の株式市場の回復をリードしたのがDX(デジタルトランスフォーメーション)への強い期待です。DXの進展によりビジネス機会が拡大し、企業収益も向上する──。そんな期待を反映し、先端IT企業を数多く抱える米国のナスダック市場は最高値を更新。GAFAM(※)の時価総額は東証一部全体を超える6兆ドルに到達しました。

榎戸教子(えのきど・のりこ)
キャスター
常葉大学外国語学部卒業。さくらんぼテレビジョンアナウンサー、テレビ大阪アナウンサーなどを経てフリーキャスター。現在、BSテレ東「日経プラス10」のメインキャスターなどを務める。

【榎戸】DXの加速は明るいきざしと考えていいのでしょうか。

【日比野】そうですね。特にテレワークの拡大は働き方改革の促進、生産性の向上やダイバーシティの推進など、多方面に大きな影響を及ぼすでしょう。

図らずも日本のデジタル革新の遅れを認識することになり、その導入効果の実感もより大きなものとなりました。現在はまさに、日本のDXを推進し、社会課題を柔軟に解決しながら経済を成長させていく「ポストコロナ」に向かう新局面。ここでカギとなるのが経団連が政府と一体となって強力に推進する日本発の未来社会コンセプト「Society 5.0」です。

【榎戸】「5.0」は何を意味するのですか。

【日比野】人類がたどってきた狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く第5の社会。いわば「超スマート社会」です。

IoT、AI、ロボットなどの新技術を最大限に活用し、「リアル」と「バーチャル」を融合。これまで主流だった「均一的なサービスによる効率化」ではなく、一人一人が抱えている制約からの解放や、社会課題の解消を目指します。2030年を目標年として国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)達成も後押しするでしょう。そこでDXによる「中長期的な経済成長」と「持続可能な人間を中心とした社会の構築」に向けたコンセプト「Society 5.0 for SDGs」の取り組みが進んでいます。

【榎戸】現在のIT化による「情報社会」との違いはどこにあるのでしょう。

【日比野】ゴールの置き方が違うという点だと思います。目標はあくまで「よりよい人間社会」の実現。そのためにテクノロジーが人に寄り添うのです。誰もが活躍できる社会、持続可能で多くの成長機会に恵まれた社会。そんな「人間中心の社会」をデジタル技術が支えることで、多大な経済効果と社会的効果がもたらされると予測されています。

※GAFAM…Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの頭文字。

※経団連・東京大学・GPIFの共同研究報告書「ESG投資の進化、Society 5.0の実現、そしてSDGsの達成へ ─課題解決イノベーションへの投資促進─」をもとに作成。

日本の力を結集する重要なチャレンジ

【榎戸】経済効果を生む背景について教えていただけますか。

【日比野】まず新製品・新サービスによる市場の代替です。DXの進展により、ドローンやロボットを活用したスマート農業など、社会のニーズを適切につかみ、課題を効率的に解決できる製品やサービスが登場します。また、ロボットとの役割分担などで生産投入が削減され、人間がより価値の高い仕事に集中できれば、生産性の大幅な向上が見込めます。さらにデータ活用などで潜在需要へのアプローチも可能になり、プロセスの自動化・効率化は経済取引のスピードを上げます。

【榎戸】その効果の規模は。

日比野隆司(ひびの・たかし)
大和証券グループ本社 取締役会長
日本経済団体連合会 審議員会副議長
1979年、東京大学法学部卒業、大和証券入社。2002年、大和証券SMBC執行役員。大和証券グループ本社常務執行役員などを経て、11年に取締役兼代表執行役社長、最高経営責任者。2017年より現職。

【日比野】経団連、東京大学、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の三者で「Society 5.0 for SDGs」の経済効果などに関する共同研究を行い、本年3月に報告書を公表しました。データなどを活用した「次世代ヘルスケア」の成長機会は約36兆円、自動運転などの「スマートモビリティ」は約21兆円。そのほかものづくりのデジタル化や次世代エネルギーなど、想定される新技術がすべて実装された場合、2030年までの成長機会は約250兆円に上ると算出されました。

社会的効果についても、人間のさまざまな制約をDXが解き放つという事実はテレワークなどで明らかになりました。質の高い教育や医療なども、より万人に届きやすくなるはずです。

【榎戸】今、私たちが垣間見ているのが、まさに「Society 5.0」の世界だということですね。今の流れを活かし、徹底したデジタル改革を進めていくことが今後の日本にとって重要ですね。

【日比野】おっしゃるとおり、私たちは変革のさなかにいます。経団連は「Society 5.0」実現の核となる企業のDXを推進するため「DX会議」を立ち上げました。また、経団連、東京大学、GPIFの三者は先ほどの共同研究報告書の公表とともに「Society 5.0 for SDGs」に向けたアクションプランにも合意しました。DXの推進には官民問わず全ステークホルダーが連携しながら取り組みを進めていくことが肝要。政府は規制改革に動いています。

そして金融・資本市場を通じて、中長期的に資金が循環することが大切です。SDGsを経営の基軸とする当社としても、その実現に貢献していくことは、事業活動の重要なテーマです。

【榎戸】日本の挑戦が世界をけん引することを期待しています。

【日比野】「Society 5.0」実現の過程では、日本の伝統的な「ものづくり」の技術も大きな力となるでしょう。日本企業にはこの挑戦を成し遂げる力が十分備わっていると思うのです。

他国のモデルとなりうる持続可能で人間中心の「Society 5.0」。海外にも展開することで、世界中でよりよい社会が実現します。日本企業のビジネス機会は、さらに増大していくでしょう。