褐炭から水素をつくる世界初のプロジェクト──。今、Jパワー(電源開発)などが取り組む日豪水素サプライチェーン構築実証プロジェクトが着々と進行中だ。その意義や狙いとは。Jパワーの北村雅良会長と宇宙飛行士の山崎直子氏が語り合った。

経済的かつ大量に水素をつくる仕組みを

【山崎】水素はロケットの打ち上げに欠かせない燃料ですが、最近は発電エネルギーとしても注目されています。水素は貯蔵が可能なうえ、発電時にCO2が出ないのも利点ですね。

北村雅良(きたむら・まさよし)
電源開発株式会社 代表取締役会長
1972年電源開発に入社。取締役・企画部長、常務取締役、代表取締役副社長などを歴任し、2009年より代表取締役社長。16年より現職。

【北村】まさに期待のエネルギーです。ただ見逃してはならないのは、純粋な水素は自然界にほとんど存在しないため、人間がつくる必要がある点です。つまり水素は二次エネルギー。その意味で私は、水素社会自体は素晴らしいけれど、「水素をどう生み出すか」という課題にもっと目を向けるべきだと訴えています。

【山崎】確かに水素の製造にもエネルギーが必要。どんなエネルギーも一長一短がありますから、総合的に考えないといけません。いずれにしても、いまや電力は地球にとって不可欠。1970年のアポロ13号のアクシデントでも、地上で対策を議論するうち「Power is everything.」(電力がすべて)という声がもれたそうです。宇宙船内の電力が失われたら、通信もできず、計算機も使えず、無事な帰還は不可能だった。宇宙から見れば、地球自体が宇宙船のようなものですから、電力確保の問題は非常に重要です。

【北村】一方で気候変動も深刻さを増し、CO2排出量の削減が地球的な課題となっている。その解決策の一つが水素の活用です。これを本格的に進めていくには、経済的かつ大量に水素を製造する仕組みが絶対に必要です。

山崎直子(やまざき・なおこ)
宇宙飛行士
1996年よりNASDA(現 JAXA)に勤務し、 国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」の開発などに従事。2010年にISS組立・補給ミッションに参加。

【山崎】そこで日豪水素サプライチェーン構築実証プロジェクトを推進なさっているわけですね。

【北村】豪州ラトロブバレーの炭田には日本の総発電量にして240年分の褐炭が埋蔵している。半分以上が水分でこれまであまり利用されてこなかったこの石炭から水素をつくろうと、日豪の企業や現地政府が協力しています。当社が以前より研究開発している石炭のガス化技術やガス化したガスからのCO2の分離・回収技術が生きてくるプロジェクトです。

【山崎】具体的にはどのようにして水素ができるのでしょうか。

【北村】まずガス化炉で褐炭と酸素を反応させると、主に水素と一酸化炭素が生じます。一酸化炭素は水と反応させ、水素とCO2に転換し、水素を分離します。こうしてできた水素をマイナス253℃で液化し、専用タンカーで日本へ運ぶ。将来的には発生するCO2は先ほど触れた回収技術で取り出し、豪州沖の海底の地下深くに封じ込める計画です。

【山崎】実現すれば、CO2フリーの水素製造が可能になる。Jパワーさんがガス化やガス精製の上流工程を担い、そのほか各社が強みを生かして進めていく画期的な一大プロジェクトです。

日豪水素サプライチェーン構築実証プロジェクトの全体像
未利用の褐炭から水素を製造し、液化、海上輸送の後、神戸空港島の荷役基地で受け入れる計画。最初の水素製造および輸送試験は、2020年から2021年の間に実施予定だ。

このプロジェクトには、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)及び豪州政府の補助金を受けて、技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(川崎重工業、Jパワー、岩谷産業、シェルジャパン、丸紅、JXTGエネルギー、川崎汽船)と豪州側のコンソーシアム(川崎重工業、Jパワー、岩谷産業、丸紅、住友商事、AGL)が参画している。

【北村】まさしく日豪の各社が連携してサプライチェーンを構築することが今回のポイントです。チェーンが途切れていては、エンドユーザーは水素を使えない。単に褐炭を採掘、利用する事業でなく、「水素を製造、供給する産業」を生み出すというのが参画するメンバーの共通認識で、常にベクトルを合わせながらプロジェクトを進めています。

【山崎】チームワークですね。宇宙開発プロジェクトでも、それぞれ得意分野を持つ者が役割分担をしましたが、そこではお互いのインターフェースを明確に主張し合い、シビアな調整が行われる。それでも高い完成度を追求する姿勢は、誰もが一様に保ち続けました。

【北村】我々も日豪両国政府も入った運営委員会を設け、侃々諤々の議論をします。私自身は、ある程度の意見の衝突は構わないと思っています。後で大問題が顕在化するより、早く問題がわかったほうが事業の質が高まります。

豪州ビクトリア州のラトロブバレーで建設が進む「褐炭ガス化・水素精製設備」の完成予想CG。NEDO課題設定型産業技術開発費助成事業(2015-2020年度〈予定〉)「未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業」。資料提供:HySTRA

人間の知恵が生きる技術の力で課題を解決

【山崎】「Power is everything.」の観点からいえば、電力供給も限定されたエネルギー源に頼ると、問題が起きたときに大変です。多様なエネルギーを活用できるよう幅広く技術開発を進め、イノベーションを起こしていくことが望ましいように思います。

【北村】人間が知恵を使って何とかできるものが、技術ですね。技術の力で課題を解決していきたい。当社は炭素を資源ととらえ、化学品や燃料、各種素材に転換するカーボンリサイクルにも取り組んでいます。よく脱炭素という表現が使われますが、炭素自体はあらゆる生物体や化学品に不可欠なものです。また再生可能エネルギー事業にも注力し、例えば風力発電で国内シェア2位です。今回の水素のプロジェクトも含め、いずれも挑戦のしがいがあります。

【山崎】多角的なアプローチで、ゼロエミッションを目指されているんですね。いまや多くの人が持続可能な社会をつくっていくことの重要性を認識していると思います。これから大事になってくるのは、実際にチャレンジをしている人や企業を応援していくことではないでしょうか。ESG投資も広がりを見せる中、技術を持つ企業のチームワークの中に、投資家なども加わって、みんなで目標に対しコミットすることが求められますね。

【北村】それが社会を具体的に変えていく力になるに違いありません。Jパワーは企業理念において、「わたしたちは人々の求めるエネルギーを不断に提供し、日本と世界の持続可能な発展に貢献する」という使命を掲げています。これを実践することで、社会から後押しされる存在を目指したいと思います。