社会に貢献する人材の育成を目指し、学生一人一人と向き合う教育を実践する福井工業大学。就職率は99.6%、学生満足度は95.6%(※)に達し、11年連続で受験者が増加している。同学の掛下知行学長に独自の取り組みや大学運営の考え方について聞いた。

共同研究に留まらず企業とともに人材育成も

独自の取り組みで、これからの大学のあり方を示したい
掛下知行(かけした・ともゆき)
福井工業大学 学長
理学博士
1976年北海道大学理学部物理学科卒業。78年同大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。79年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程中退。大阪大学教授、大阪大学大学院工学研究科長などを経て、18年4月より現職。

社会構造が大きく変化し、地域経済のあり方とともに、今、大学の存在意義が改めて問われている。そうした中、掛下学長は次のように言う。

「福井工業大学は創立50周年を迎えた2015年に、従来の工学部に加えて環境情報学部とスポーツ健康科学部を新設。環境、食品、バイオ、経営、デザイン、健康科学など、地域の産業と課題を幅広くカバーする学問的基盤が整いました。ここで産業界や自治体とより密に連携しながら、企業との共同研究のみならず、教育面の知見を生かして産業を担う人材を育てる、また地域に根ざした新事業の創出を支援するといった役割を果たしていきたい。豊かな自然のもとで伝統工芸や世界的なニッチ企業が発展し、日本有数の教育県としても知られる福井県の特徴を生かしながら、地域の課題を解決していくモデル、いわば福井モデルを創り上げられればと考えています」

昨年10月には、リカレント教育として北陸初となる産学連携によるエンジニア育成プログラムも開始。大学の専門知識や設備を生かし、企業のニーズに即した内容を提供している。

「リカレント教育というと、通常、大学が用意した講座を一般の方が聴講する形が多いと思います。しかし企業は今、必要なスキルを持つ人材の採用、育成が難しいという喫緊の課題を抱えている。そこで機械や化学、ITなどの分野での私たちの教育力を生かし、実務で役立つ内容を提供することにこだわりました」

AIやIoTの活用を地域と連携してサポート

そして、昨年4月に地域活性化を目的に設立された「AI&IoTセンター」も注目を集めている。

「今後、企業におけるAIやIoTの活用はますます重要になるに違いありません。しかし、『それを自社にどう取り込めばいいかわからない』という中小企業が多いのが実情です。そこで企業支援を行いながら産業界のニーズも収集し、対策を検討していきたいと考えています」

多彩な研究者が揃った同センターでは、先端分野の独自研究や企業と連携した研究も積極的に推進している。また、福井工業大学は文部科学省の私立大学研究ブランディング事業として、宇宙事業の「ふくいPHOENIXプロジェクト」を地域と協働しながら展開し、北陸最大のパラボラアンテナから得たデータを農業や防災、観光振興に生かす研究を進めてきた。

「AI&IoTセンターではこのプロジェクトで打ち上げる人工衛星、またIoTなどを使って収集した多様なデータを掛け合わせ、AI解析もしながら研究を進めていきます。同時に地域企業の技術導入を支援し、地域の人材や産業を育てる拠点としても活用する。取り組むべきテーマは企業の方と対面で頻繁に議論してこそ明確になりますから、垣根を低くし、誰もが参画できる組織にしていきたいですね」

AI、感覚情報処理、ロボット、IoTといった幅広い分野の研究者が集い、「ふくいPHOENIXプロジェクト」で打ち上げる人工衛星からのデータや、ドローンによる空撮画像データ、IoTで収集したデータ、県や企業が所有するビッグデータなどを掛け合わせたAI解析によって、新たな価値を生み出していく。

失敗を乗り越えての成功体験が将来の力に

一方、福井工業大学の教育プログラムに目を転じたとき、特徴的なのが充実した海外留学制度だ。例えば3週間のインターンシップ研修では、タイ・バンコクにある同学ASEAN事務所の支援のもと、東南アジアにある福井県企業の海外拠点などで現地スタッフと協働。グローバルな視点を身に付けていく。

「研修から戻ると、学生の顔つきは変わり、コミュニケーション手段としての英語学習にも真剣に向き合うようになります。実直ですが挑戦に尻込みしがちな学生たちが、自身の殻を破るよい機会になっています」

海外企業で実務を経験する3週間のインターンシップ

「人生を変える3週間~海の向こうで、未来の自分に出会う~」をコンセプトに、夏季休暇を利用して海外企業でのインターンシップを実施。旅費や宿泊費は大学側が負担する。

掛下学長が教育で重視しているのは“成功体験”だ。

「成功するには、多くの失敗を乗り越えなければなりません。つまずきながら努力を重ね、物事を成し遂げた体験が、後の人生でくじけず新しいことに挑む原点になる。教職員が一体となって、そのための環境づくりに力を注いでいます」

課題に主体的に取り組む力を育むため、学生主導のプロジェクト型教育や地元をテーマにしたPBL(課題解決型学習)も実施。そうした教育は企業にも高く評価され、昨年、大学が単独で主催した学内企業合同研究会には上場企業を含め約500社が集まった。また、2018年に締結した大阪大学工学部・同大学院工学研究科との教育研究交流協定も、着実に機能し始めている。最後に掛下学長は言う。

「企業、自治体、他大学との連携を強め、偏差値の枠組みだけでは測れない独自の価値を追求し、これからの地方大学のあり方を示していきたい。そう思っています」

(※)就職率、学生満足度はともに2018年度の数値。