データを活用しイノベーションを起こす時代に、AIを使いこなせる人材は不可欠だ。経済学者の岸博幸氏と、「NECアカデミー for AI」で社内外を対象にしたAI人材の育成に取り組む学長の孝忠氏が今後のAI人材育成について話し合った。

ハイレベルな人材が切磋琢磨できる場が必要

経済学者
岸 博幸(きし・ひろゆき)
慶應義塾大学大学院教授。一橋大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。コロンビア大学経営大学院でMBA取得。資源エネルギー庁などを経て、第1次小泉内閣で経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏の大臣補佐官に就任。各種メディアで地域再生をはじめ、政治経済について提言する。

【岸】日本企業はAIやビッグデータに消極的といわれますが、それではイノベーションが少ないのも当然です。本来リードすべき大企業は、ソリューションを生み出せていない印象です。これは経営者の意識の問題ですよ。欧米や中国からみるとかなり遅れているんじゃないですか。

【孝忠】中国は5、6年前から国を挙げてAI活用に取り組んでいますし、アメリカでは大手IT企業が優秀なデータサイエンティストを数百人規模で確保し、新たなソリューションを生み出そうとしています。日本でも少数精鋭の人材が気を吐いていますが、やはり海外に渡ってしまう人が多いんです。

【岸】それは非常に惜しいですね。日本企業だと自由にやれないのか、報酬のレベルが違いすぎるのか――どこに要因があるんでしょうか。

NECアカデミー for AI学長
孝忠 大輔(こうちゅう・だいすけ)
2003年4月、NEC入社。流通・サービス業を中心に分析コンサルティングを提供し、16年、NECプロフェッショナル認定制度「シニアデータアナリスト」の初代認定者となる。18年、NECグループのAI人材育成を統括する「AI人材育成センター」のセンター長に就任し、AI人材の育成に取り組む。

【孝忠】一番大きいのは、海外には優れた研究者が多く、切磋琢磨できる環境が整っていることだと思います。ウェブでコミュニケーションできる時代であっても、対面で話し合うなかで受ける刺激は大きいですからね。

【岸】ハイレベルな学びの基盤がモチベーションになるわけですね。一方で日本では大企業が十分にAIを活用できていないという現状もあります。これは、どこにボトルネックがあるとお考えですか。

【孝忠】先ほど岸さんがおっしゃられたように、経営者の意識が変わっていないためか、企業の中でAIを使いこなせる人材が育っていないんです。音声認識や画像認識などを利用したAI技術はすでに溢れています。しかし、それらを活かしてより価値のあるサービスやソリューションを生み出すには、経営判断できる人材が必要です。今後はこうした“AI人材”への投資が重要になると思います。

実践の場を踏んでこそ発想の引き出しが増える

【岸】AIというとデータサイエンティストを連想しやすいのですが、孝忠さんのおっしゃるAI人材はどんな役割を果たすのでしょうか。

【孝忠】実際にAIプロジェクトを動かすには、AIの基礎知識を持ち分析に秀でたデータサイエンティストのみならず、より幅広いスキルを持った人材が必要です。例えば、経営課題に対してAIでどんな解決が図れるのかを企画したり、その解決に役立つシステムを開発したりする人材など、さまざまです。

NECではAI人材を「コーディネータ」「コンサルタント」「エキスパート」「アーキテクト」の四つに定義している。

【岸】しかしデータサイエンティストすら不足しているなか、AI人材の確保はなおさら困難でしょう。

【孝忠】かなり高待遇でないと外部からは獲得できないでしょうね。ただ、これからはAI人材が数百人、数千人単位で必要となっていく時代で手を打たないわけにはいかない。そこで私たちが社内外に向けて始めたのが、AI人材の育成プログラム「NECアカデミー for AI」です。「入学コース」では1年間を通じて、さまざまな研修とOJTの場を提供し、AI人材としてのスキルを育てていきます。

NECアカデミー for AIでは、必要な基礎知識を習得し、メンターのもとで実践指導を受ける。

【岸】企業からすると優秀な人材を現場から離して1年間留学させるようなものですから、勇気のいる決断です。成果を挙げることも考えなければいけないと思いますが、どういった内容になっているんですか。

【孝忠】誰を入学させるかという企業側の“目利き”も重要です。研修では座学やモデルケースでの学びのみならず、AIプロジェクトを実践の場として提供し、スキルアップを図っています。

【岸】現場を踏むと圧倒的に能力が上がりますよね。ビジネススクールで知識だけ習得したコンサルタントって全然役に立ちませんから(笑)。

【孝忠】もともとNECでは2013年から社内でビッグデータにかかわる人材育成はしていたんです。でも、いくら研修を重ねても現場に戻るとうまくいかない。AI活用の現場では、状況に応じて自ら課題を発見し、試行錯誤する力が必要で、与えられた課題に対して正解を導く研修との間には、高い壁があったのです。この壁を壊すには、OJT方式で実践を経験させるしかないと気付きました。当社の場合、多様な業種・業態のAIプロジェクトに関わることができるので、そこで実践力を身に付けてもらっています。

【岸】今ヨーロッパの先端的な教育学者の間では、何が問題かを自分で設定する能力が大事だと言われています。その意味でNECの試みは、AIに留まらず、働く人の能力を高めることにつながると思います。

だれもが当たり前のようにAIを享受できる社会へ

【岸】日本の国際競争力を高めるうえでも非常に意義のある取り組みですが、実際のところ、NECさんはこれで儲かるんですか?

【孝忠】あまり儲かりませんね(笑)。でも、今後のNECがAIソリューションを開発していくには、そもそも我々自身がAI人材を擁する必要があります。そして、お客様側もデジタル活用へシフトしていくことで、私たちのビジネスチャンスは増えていく。そうすることで、社会全体を変えていきたいという思いが原点にあります。

【岸】NECって良い意味でアホな企業で、社会を良い方向に変えようと大まじめに思っているんですよね。いわゆる大企業は正解を評価する減点方式で人を育ててきたけれど、NECはそんな意識を変えてAI人材を育てようとしている。ここはお世辞抜きで評価すべきです。

【孝忠】AIは比較的新しい分野ですから、年功序列や凝り固まった視点が通用しないんです。実際、工場などの生産現場にいくと、若い社員のほうが柔軟にAIを取り入れようとしています。こうした発想を大事にしたいですね。

【岸】昔はハードウェアがNECの主戦場でしたが、今はAIの次世代を作りだす会社へと変わっているんですね。さらにスケールアップしてほしいと期待しています。

【孝忠】AI人材を大勢送り出し、AIを誰もが当たり前のように使って、幸福を享受するような社会を実現していけるように頑張ります。今日はありがとうございました。

研修プログラム参加者の声

1年間で6本のプロジェクトを経験。さまざまなノウハウを吸収できた

NEC
金融システム本部
中川尊裕(なかがわ・たかひろ)

現在はお客様と一緒にデータ分析するAIの『エキスパート』として、損害保険会社のAIプロジェクトに参画しています。もともと文系出身でデータ分析は未知の領域でしたが、スキルアップのために社内向けのOJT研修プログラムに志願。1年間で6本のプロジェクトを経験しました。

AIのデータ分析は試行錯誤の連続です。従来のウォーターフォール型のシステム開発では前工程に戻ることは基本的にありませんが、AIのデータ分析ではむしろ、最初から想定通りの結果が出ることはありません。試行錯誤を重ね精度を高めていく工夫が必要です。期限が迫るなかで、より良い分析結果を出すにはどんな発想が必要なのか――。OJTを通じて、分析サイクルを、身をもって経験できたのは大きな収穫です。

当然、私一人ではなくメンターの指導を受け、チームメンバーと話し合う場があったからこそ、数多くのプロジェクトに関われたと思っています。そこで各人の持つ方法論やノウハウを吸収できたのも大きな収穫です。現在のプロジェクトに携わっていく中でも、「じゃあこの方法でやってみよう」という引き出しになっています。

これからはさまざまな業種でAIの知識や発想が生きてくる時代になると思います。そこでAIの実践経験を持つことは、より深い提案や議論の土台になるはずです。