今後の自動車は「CASE」がキーワードになる。Cはコネクティッド(インターネットなどとつながる)、Aは自動運転、Sはシェアリング(カーシェア等)/サービス、EはEVカーのことである。そんな中、コネクティッドサービスを提供するビジネスパーソンたちにスポットを当て、一般ユーザーはそれをどう使えばより快適なカーライフを過ごせるのか? 連載の第5回は「ライドシェア」先進国シンガポールで働く建守氏に「CASE」の未来とそれに関わる保険の姿はどうなるか、直撃した。
建守進
1996年入社。自動車保険などの営業、トヨタ自動車のe-TOYOTA部に出向、本社に戻り、テレマティクス事業室勤務を経て、現在はシンガポールに本拠を置くAIS Asia(あいおいニッセイ同和損害保険の現地法人)のマネージングディレクター。

建守進は現在、シンガポールで働いている。あいおいニッセイ同和損保のアジア地区現地法人のマネージングディレクターだ。彼がやっている仕事はライドシェア大手のグラブ、そしてトヨタ自動車とともに、シンガポールを走るコネクティッドカー向けの保険に関するサービスを提供することだ。

日本ではいまだ本格的なライドシェアサービスは始まっていない。しかし、近いうちに始まるだろう。それは日本だけがライドシェアを認めないという選択肢はあり得ないからだ。建守がライドシェア先進国のシンガポールで経験したことは近々、日本で大いに役立つだろう。

ライドシェア時代に保険はどう変わるか

――今回、お訊ねすることは3つあります。ライドシェアが進むと、社会はどう変わるのか。既存の自動車会社や自動車保険を売っている会社はライドシェア時代になると、変化するのか。また、ライドシェアが進んだ社会のユーザーはコネクティッドカーや、つながる保険をどう使いこなしているのか、です。

【建守】わかりました。いずれも、一言では答えられないものばかりですね(苦笑)。では、まず私の仕事について話します。その前にグラブとはどういった会社なのか、どういったサービスをしているのかを説明しなくてはなりませんね。

――ええ、お願いします。グラブはウーバーみたいなライドシェアの会社ですか。

【建守】はい、似ているところはありますが、グラブはライドシェアだけでなく、さまざまなサービスに進出しています。

グラブ自体はハーバード大学の同窓生ふたりが立ち上げた会社で、当初はマレーシアで始まりました。2012年のことです。

創業者はマレーシアのタクシー事情を憂いていました。女性がひとりでタクシーを利用するには躊躇する環境だったのです。料金を勝手に加算したり、遠回りしたり、また、車自体がきたなくて整備されていなかったり……。それを何とかしたいと思って、まず配車アプリの会社を始めたのです。

――なるほど、タクシー事情がよくなかったから、義憤を感じたというか…。

【建守】ええ、マレーシアに限らず東南アジア諸国では、いまでも尚、メーターをつけていない車、料金を上乗せする運転手がいますからね。

シンガポールだけはタクシーのレベルは高かったのですが、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピンではもう信じられないようなタクシーが走っていますからね。それに対し、グラブの車は料金明瞭、運転手の顔や名前を事前に確認することが出来、忘れ物をした際の問合せもスムーズです。

グラブはウーバーの東南アジア事業を買収したことで(2018年)、東南アジア最大のライドシェア会社の地位を揺るぎないものとしました。今ではシンガポール、インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシア、フィリピン、ミャンマー、カンボジアの8か国で事業を展開しています。

そして、ライドシェアだけじゃないんです。食事を出前する「グラブフード」や旅行商品を扱う「グラブトリップ」というサービスもあります。荷物のデリバリーや決済もできます。グラブはウーバーとは違い、生活のプラットフォーマーになろうとしているのです。

――では、現地の人々がグラブを使うようになって、生活の風景が変わったと思ったことはありますか。

【建守】シンガポールは他の東南アジアの国と違い、タクシーは結構きれいで、台数も多かった。それでも雨が降るとなかなかつかまらなかった。それが、グラブが始まったことで変わりました。私の知っている日本の会社の役員はお抱えの運転手をやめて、グラブの高級車を使うようになったと言っています。それくらい、すぐにブッキング出来るんですよ。なんといってもタクシーもグラブで呼ぶことができます。ここがウーバーとの大きな違いです。

――何でもやっているのですね。

【建守】ええ、ただグラブの方が、少し料金が安い。タクシーは距離と時間によって乗車賃が変わりますからね。一方、グラブはブッキングしたときに固定料金になるので乗客は安心して乗ることができます。ただし、グラブは朝の通期時間帯とか、大雨が降っている時に料金を上げます。稼ぎ時になるからです。「ダイナミック・プライス」と言って料金を変動させる。それでも、グラブが登場して、シンガポールの生活はずいぶんと便利になりました。

シンガポールのトヨタとあいおいニッセイ同和損保の仕事

――では、グラブ、トヨタ、あいおいニッセイ同和損保が現地で一緒にやっていることを教えてください。

【建守】はい、簡単にまとめます。トヨタはグラブの自社レンタカー会社にコネクティッド端末を提供し、車をコネクティッド化する。当社はコネクティッドカーからのデータを分析し、スコア化して保険会社やグラブに提供する。グラブはコネクティッドカーと当社のスコアや分析結果を活用して、ドライバーの安全運転を促進する。乗客は安心安全なグラブの車を利用できる。

――グラブの運転手は自分の車を持っていないのですか? 借りた車でライドシェアの仕事をするのですか?

【建守】ええ、東南アジアでは、車を持っている人は金持ちなのです。

――はい。

【建守】もともとライドシェアは、車を持っている人が実際に乗る時間が短いことから発想されたビジネスです。

自家用車は使っていない時間が長い。そこで、眠っている車を活用して乗客を乗せればいいと思ったわけです。ライドシェア運営会社は配車アプリでお客さんを結びつける役割です。そうすれば一般の人々が余剰時間を活用し、自分の車でお金を稼ぐことができる。

ところが、東南アジアの場合、車を持っている人というのは金持ちですから、ライドシェアで金を稼ぎたいわけではない。
しかし、タクシーはご存知のように車がきれいではない、料金がはっきりしないといった状況なので、ライドシェアのニーズはある。そこで、レンタカー会社がライドシェアのドライバーに対して車を貸すというシステムが出てきました。

ドライバーは車を借りて仕事をして、毎日の収入を稼ぐ。ドライバーは片手間じゃなくて本業です。本業としてやるんだったら、自分の車を買えばいいじゃないかとなるのですが、車を買うお金は持っていないのです。ローンで買おうと思ってもなかなか与信が下りないんです。だから、レンタカー会社は最長では1年間という期間でドライバーに車を貸すのです。

――わかりました。では、トヨタはグラブのレンタカー会社にコネクティッドカーを提供しているのですね。

【建守】はい。グラブに関してトヨタは株主ということもあり、コネクティッド端末を提供し、車をコネクティッド化しています。そして、コネクティッドカーだからこその利点があるのです。

――それは何ですか?

【建守】シンガポールではドライブレコーダーの付いたトランスログという車載機を車につけて、主に運転挙動のデータを取っています。2017年の8月から試験的にスタートして、だんだん台数を増やしているところです。

現在、シンガポールのグラブ自社レンタカー会社では約5,000台の車があり、そのすべてに当社グループ会社の自動車保険が付保されていて、内1,500台の車にトランスログが搭載されています。その保険は「テレマ活用型フリート自動車保険」と呼んでいます。コネクティッドカーならではの利点ですが、グラブはトランスログを通じて、車を貸したドライバーの運転挙動を把握することができます。つまり、ドライバーが安全運転をするよう指導ができる。ここが他の車との大きな違いです。

――保険の面ではどうですか? 利点はありますか?

【建守】ドライバーが安全運転をするようになれば乗客も安心ですし、グラブも稼働車両が増えるので、得をする。また、ドライバーが安全運転をすれば保険料も安くなります。

――それはどういうことですか?

【建守】安全運転の結果、保険金の支払いが想定より低くなった場合は、保険料が一部戻る契約になっています。

保険会社としては、事故が多くなると保険金をたくさん払わなければならない。グラブとしても、ドライバーが事故を起こすと乗っている乗客に迷惑がかかり、評判が落ちます。ドライバーが安全運転をしてくれることが保険会社にとっても、グラブにとっても、乗客にとっても、またドライバーにとってもいいことなのです。

コネクティッド化されていない車では運転挙動がつかめませんし、ドライバーとしても「安全運転をしよう」という意欲が出て来ません。コネクティッドカーと事故削減がすぐに保険料低減へ繋がるからこそ、ドライバーも「急加速、急ブレーキ、速度超過をやめよう」という気になってくる。

――他の国でもやっているのですか?

【建守】いえ、まだシンガポールだけです。しかし、徐々に他の国でもやっていこうとしています。

コネクティッドカーで変わってきたこと

【建守】ドライバーの安全運転をさらに促進するための取り組みも始めました。事故を起こしたドライバー60人をピックアップして、30人ずつのグループに分けたんです。最初の30人には急ブレーキの発生回数を週2回、フィードバックするだけでなく、急ブレーキの回数を減らしたら25ドル分のシンガポールのスーパーで使えるバウチャーをあげると、伝えました。次の30人にはなにもあげず、週2回のフィードバックのみです。

そういう実験を行ったところ、結果としてはバウチャーをあげるあげないにかかわらず、急ブレーキの回数が減りました。バウチャーの金額が少なかったせいもあるかもしれませんが、やはり人間は「見られている」「チェックされている」となると、注意した運転をするものなのですね。

ライドシェア特有の事故とは

――なるほど、では、ライドシェアのドライバーが起こす事故とはどのようなものですか?

【建守】追突です、圧倒的に追突が多い。なぜかといえば、彼らは運転している時にスマホを見てしまうんです。理由はふたつ。ひとつはスマホに表示されたナビを見ること。

もうひとつはお客さまからのコンタクトを見ている。乗客を迎えにいく時に位置を確認するのですけれど、そのためにスマホを見るのです。ホテルの入口なのか、道路上なのか。加えて乗ろうとしている乗客から頻繁にメッセージがくるので、それに返信しなきゃならない。逆に、乗客へピックアップポイントの確認をしようとメールをしたり電話をしたりします。停車してからメールを打てばいいのですけれど、運転しながら操作するドライバーも少なくないんです。それで、スマホを見ていて、前方不注意で追突する……。

でも、これはしっかり前を見て運転していれば減る事故です。ですから、スマホを見ながらの運転を極力減らすよう、指導もしています。そして、ドライバーとしては事故を起こしたら、保険があるとはいえ、車を修理する代金の一部を自己負担しますし、何よりも修理をする時間だけ、お金を稼げなくなります。ドライバーだって事故を起こしたくはないのですよ。

ただ、これまで幸いなことに、トランスログをつけたグラブの車で死亡事故は一件もありません。

――では、軽微な追突はライドシェア時代ならではの事故なのですね。

【建守】そうです。他の国でも起こることですから、予想して対処しなくてはなりません。

――他に建守さんが気ついたことはありますか? ライドシェア時代の変化として?

【建守】なんといっても、人々の生活は圧倒的に便利になりました。もうひとつ、気がついたのですが、グラブの車が走っている国では、いずれも自動車の販売台数が増えていること。

「東南アジアではライドシェアが増えると、車の保有台数は増える傾向にある」と話す。

これまで、「ライドシェアが進むと個人のユーザーは車を買わなくなり、自動車の台数は減る」とされてきました。確かに、アメリカ、ヨーロッパでは、そういった傾向がみられるようです。しかし、東南アジアは状況が違います。

シンガポールだけは車を総量規制しているので、台数は増えていません。しかし、他の東南アジアの国々ではライドシェアが広まれば台数は増加傾向にあるのです。

今まで車が買えなかった中流階級の人たちが車を借り、グラブで稼ぎながら、子どもを学校へ送ったり、休日はその車でドライブに出かけるようになったりしている。数日間ではなく、長ければ1年間もレンタルしているのですから、考えてみれば自家用車と同じなのです。仕事と車がセットになった新しい生活スタイルといってもいいでしょう。グラブが流行ったことによって車両の台数が増えているのが東南アジアの特徴なのです。

つながる保険でお客が得することは

――乗る人にとっては普通の車に乗るよりも、コネクティッドでかつテレマ活用型保険に入っている車に乗った方が安全と言えますか?

【建守】ええ、もちろんです。ライドシェア会社のドライバーを評価する時、これまでは接客についての評価しかなかった。しかし、コネクティッドカーの場合だと、安全運転をしたかどうかというスコアまでわかるのです。ですから、グラブ、トヨタ両社と一緒に、さらにドライバーの安全運転意識をより高めていこうと思います。

スマホに表示されるドライバーのプロフィールに「このドライバーは98点です」と表示すればいい。スマイリーだとかフレンドリーといった接客技術ではなく、運転技術の項目を入れていきたいと考えています。

ただ、低い点をスマホに載せるとドライバーからクレームが出るので80点以上のドライバーの点数が表示されるようにすればいいんじゃないかな、と。低い点数だったドライバーだって、点数を上げるために安全運転になるでしょう。まだ、実現はしていませんけれど、実施してもらうよう働きかけます。

――それにしても、建守さんはずいぶんグラブの車に乗っているんですね。

【建守】頻繁に利用しています。一日一回は乗ると言ってもいいぐらいで、私自身はプラチナ・メンバーです。

――プラチナ・メンバーだと料金は安くなるんですか?

【建守】なりません(笑)。ただブッキングが早くなります、優先ブッキングで、雨の日でもドライバーは私を早く乗せようとする(笑)。これ、ありがたいですよ。

――わかりました。では、こういう取り組みが日本でも始まれば乗客にとってはいいことですか?

【建守】とても良いと思いますね、これは。

付記
このインタビューの後、建守氏から次のようなメールが届いた。要するに、「つながる保険」は事故抑止に役に立つということだった。

「○過去事故をおこしたことがあり、かつ、車載器が搭載されているクルマ(グラブ車)を運転するドライバーを60名ピックアップした。
○4月末から6月末の2か月間、安全運転意識を高めてもらうため、週に2回、彼らの走行データをフィードバックした。
○結果としては、事故の頻度が相当数、減少した」

詳しい数字は企業秘密なのだろう。しかし、コネクティッドとつながる保険の効果を示したものだ。
(野地秩嘉=文 大沢尚芳=撮影)