職場でのコミュニケーションは十分か? こう問われ、「十分だ」と自信を持って答えられる経営者や管理職は少ないだろう。そうした中、オフィス空間を見直し、社内コミュニケーションの活性化を図る動きが広がりを見せている。社会課題のソリューションを幅広く手がける大和リースでは、リフレッシュルームや喫煙室周辺に“バイオフィリックデザイン”(人が自然を好む性質を生かしたデザイン)を取り入れ、高い効果を上げた。喫煙については、健康増進法の改正により2020年4月より原則屋内禁煙となる。ただし、定められた条件を満たすことで喫煙専用室や加熱式たばこ専用喫煙室を設置することが可能だ。大和リースでは休憩や喫煙のスペースの刷新により、どんな効果を上げたのか。同社執行役員の千田文二郎氏とバイオフィリックデザインの導入をサポートしたKansei Projects Committee 副理事長の柳川舞氏に聞いた。

価値観のぶつかり合いが組織の原動力

――柳川さんは、オフィスの空間づくりのコンサルティングを多く手がけています。今、企業はどんな課題を持っていますか。

【柳川】多くの企業が共通して抱えているのが、“世代間ギャップ”の問題です。およそ20代から60代まで、それぞれの世代の価値観が異なり、分断がかつてよりも鮮明になっている。単に「コミュニケーションを活性化しよう」と掛け声をかけたり、デジタルツールを入れたりするだけでは事態が改善しないという声はよくお聞きします。

柳川 舞(やながわ・まい)
一般社団法人Kansei Projects Committee 副理事長
オーストラリア大使館に勤務した後、2007年に独立してマーケティング会社を設立。11年~19年まで香りのブランディングを行う外資企業日本法人の代表取締役を兼任。13年、Kansei Projects Committeeの設立に参画。現在、ロート製薬と事業提携し、香りのコミュニケーションラボBELAIR LAB(ベレアラボ)でリサーチディレクターを務める。

【千田】例えば若手社員と40代、50代のマネジメント層は、そもそもコミュニケーションツールが異なる世界で育ってきている。良い悪いの問題ではなく、今はFace to Faceでなくてもコミュニケーションを取れる手段がたくさんあります。メールもオンラインツールも便利です。ただ顔を合わせた会議やミーティングになると思うように意見が出ない。そうした会社は多いと思います。

【柳川】では、なぜコミュニケーション不全が企業にとって重大な問題なのか。それは、イノベーティブな発想やクリエイティビティが生まれにくくなるからです。新しいアイデアを出したり、固定観念を打ち破ったりするには、違う考えを持つ人が価値観をぶつけ合うことが大事ですが、それは周囲への信用や自分が受け入れられているという感覚があってこそできること。近年は、生産性が高いチームの条件として「心理的安全性」が挙げられますが、適切なコミュニケーションがなければ信頼感も受容の気持ちも培われません。

【千田】それは結果的に組織にとっても、個人にとっても不幸なことです。若い社員ときちんと話をしてみると、優秀な人が多い。当社では環境関連の事業も手がけていますが、エシカル消費やサステナブルについて真剣に考え、いろんなアイデアを持っています。そうした人財を活かせなければ、会社としては大きな損失です。一方、社員の側も自社内でキャリアパスがしっかり見通せれば転職する必要はありません。コミュニケーションの質が経営に与える影響は相当に大きいと言えます。

部署や役職を超えた交流が生まれやすく

――そうした中、大和リース大阪本店では、今回オフィスにバイオフィリックデザインを取り入れました。どのような取り組みでしょうか。

【柳川】森を歩くと癒やされたり、雨音や鳥のさえずりを聞くと落ち着いたり、人はもともと自然とつながることを好む性質を持っており、それを「バイオフィリア」と言います。その性質を踏まえた空間設計を行うのがバイオフィリックデザイン。具体的には、植栽や上質なアロマ、自然の中の音などをそれぞれ最適な形で組み合わせて自然環境を感じるように空間に取り入れます。

千田文二郎(せんだ・ぶんじろう)
大和リース株式会社 執行役員 環境緑化事業部長
1995年大和リースに入社。宮崎営業所長、さいたま営業所長などを経て、2015年、環境緑化事業部長に就任。室内緑化に自然音やアロマ、木製家具などを複合的に組み合わせる「VERDENIA(ヴェルデニア)」の事業をリードする。

【千田】私たち大和リースでは、バイオフィリックデザインを具現化するものとして、“リラックス&コミュニケーション”をコンセプトに植物、アロマ、自然音を組み合わせる「ヴェルデニア」というサービスを提供しています。今回、柳川さんがいらっしゃるKansei Projects Committeeのサポートのもと、当社のリフレッシュルーム、扉で仕切られた奥には喫煙室も備えたこのスペースをヴェルデニアでリニューアルしたのです。

【柳川】実は、企業のリフレッシュルームなどはせっかく設けても案外活用されていないケースが多いんです。アンケートを取ると、「自席を離れて休憩に行くことに罪の意識を感じる」と答える人が6割以上になる場合もあります。

【千田】それだと、リラックスにもコミュニケーションにも貢献しませんね。ただ今回の取り組みにあたって、すでに別の場所にあったヴェルデニアで調査したところ、リフレッシュルームも、「気持ちの切り替えができる」「異なる意見や考えを尊重する雰囲気がある」「部門や役職などを超えて話しやすい雰囲気がある」といったアンケート結果を得ていました。その上で今回のリニューアルでどんな新たなエビデンスが取れるかを検証したのです。

――検証の結果はどうでしたか。

【柳川】結果から言えば、いずれの項目もリニューアルによって評価が上がりました。また、リフレッシュルーム・喫煙室を利用した人の数も、喫煙者、非喫煙者とも増加しています。それと、今回の検証ではビデオカメラを使って利用者の滞在時間も計測しました。そこで興味深かったのは、たばこを吸った人が喫煙室を退室後、リフレッシュルームに一人一回あたり平均2分37秒滞在していたことです。喫煙室からリフレッシュルームの出口までは10秒ほどの距離なのにです。

【千田】それは、リフレッシュルームにいるたばこを吸わない人と会話をしているんです。バイオフィリックデザインを導入して、リフレッシュルームがミーティングや打ち合わせに使われる機会が増えましたし、偶然居合わせたメンバーが話を始めることもある。喫煙室から出てきた社員が、そこに声をかけたり、加わったり――。いわばインフォーマルなコミュニケーションが生まれているのです。

植栽やアロマ、自然の中の音によるバイオフィリックデザインを取り入れた大和リースのリフレッシュルーム。ミーティングや面談、休憩、昼食など、さまざまな目的で利用され、多様なコミュニケーションが生まれる場になっている。写真左の扉の奥が喫煙室。
喫煙室は部署や役職を超えたコミュニケーションが生まれやすい場の一つ。今回、隣接するリフレッシュルームの刷新によって、より多くの人に利用されるようになった。

【柳川】だいたいは仕事関連の話をしているんでしょうね。同じ会社の人たちが、社内で業務と無関係の話はあまりしないはず。お互い、それほど暇じゃないですから(笑)。

【千田】そうなんです。AさんとBさんが話しているところに、別の部署の顔見知りのCさんがふとやってきて「何の話?」と声をかけたり、「Cさん、あの会社紹介してもらえませんか?」と会話がつながったり。私自身も、これまでにそんな経験を何度もしています。

【柳川】オフィスのコミュニケーションでは、現在“質の高い雑談”の重要性が語られます。『フォーブス誌』の発行人であるカールガード氏は、全米で多様な企業を取材し、雑談が生産性を向上させると言っています。グーグル社で人材育成などを指揮したグジバチ氏も、上司と部下の質の高い雑談が心理的安全性を培う土壌をつくっているとしています。今の千田さんのお話もまさにその例ですね。

【千田】自分のデスクに座っていて、また自分の部署の部屋にいて、触れ合えるメンバーというのは自ずと限られます。それが、リフレッシュルームや喫煙室だとまさに部署や役職を超え、さまざまな人と気軽に交流できる。そこがポイントでしょうね。

【柳川】今回の取り組みでは、たばこの臭いがなるべく気にならなくなるアロマを喫煙室の出入り口付近で使用するなど、きめ細かい空間づくりも行いました。それによって、隣接するリフレッシュルームを喫煙者と非喫煙者が混ざる空間にできたことが一つの成果です。初めにもお話したとおり、革新性や創造性というのは異なる属性、価値観を持った人たちが交流することでより発揮されますから。

世代間のギャップや価値観の違いを生かす場づくりを

――これからの時代、インフォーマルなコミュニケーションや質の高い雑談ができる空間の重要性は高まっていくでしょうか。

【柳川】そう思います。かつてオフィスには大量の業務を短時間でこなす効率性が強く求められました。いわば業務中心の空間設計が重視された。しかし、知的な作業が競争力の源泉となる時代には、個人個人のアクティビティを踏まえた“人中心”の空間設計が大事になります。柔軟なコミュニケーションを促進する場もその一つだと思います。

【千田】世代間のコミュニケーションギャップが存在するのはある意味当然で、特定の世代の社員が価値観を変えることはそう簡単ではないでしょう。であれば、そうしたギャップや価値観の違いを生かす場が、やはり社内に必要だと私も思います。これからのビジネスを考えれば、柳川さんが言うとおりダイバーシティは企業の競争力を高める大切な要素です。社員が自分のデスクとトイレを行き来しているだけでは、組織として多様性を生かすのは難しい。第三の「場」が必要なのです。

【柳川】最近はオフィスを出て、カフェで作業をしたり、ミーティングをしたりという人たちも増えています。ただ、そうなると情報の保全という面で注意が必要です。オープンな空間で業務の話をするのはリスクがあります。その意味でも、社内に安心して話ができる空間があるのは好ましい。そうした場があれば、コミュニケーションは自然と誘発されると思います。

――最後に、今回のリフレッシュルーム、喫煙室での取り組みを踏まえ、社内のコミュニケーションに課題を抱える経営者や管理職層にメッセージをお願いします。

【千田】「報・連・相を徹底するように」「もっとコミュニケーションを取るように」と口で言っても事態が改善することはなかなかないでしょう。それを実現するには具体的な施策が必要です。「お客様に満足していただき、会社の業績に貢献したい」。そうしたすべての社員に共通する思いがつながる場を実際につくり、「どんどん遠慮なく活用してね」とはっきりメッセージを発信することが、まずは経営サイドに求められる役目ではないでしょうか。

【柳川】おっしゃるとおり、個々の社員は基本的にいい仕事をしたい、会社に貢献したいという気持ちを持っています。自由に伸び伸びとコミュニケーションが取れる空間などでそれを後押しすることによって、人間のパフォーマンスはきっと上がるはず。結果、組織のパフォーマンスも向上します。そうした流れをつくるためにも、繰り返しになりますが、業務中心ではなく、人中心の空間づくりを意識していただければと思います。

■2020年4月1日、「改正健康増進法」が全面施行

健康増進法の改正に伴い、2020年4月から喫煙ルールが変わり、原則屋内禁煙となります。ただし、一定条件を満たすことで、対応が可能です。

●設置可能な喫煙環境

※喫煙専用室は飲食・会議等、喫煙以外の行為不可 ※加熱式たばこ専用喫煙室は飲食等可

●屋内に喫煙室を設ける場合の条件

1.出入口の風速を毎秒0.2m以上確保
2.たばこの煙が漏れないように壁・天井等によって区画
3.たばこの煙を屋外に排気
4.施設の出入口および喫煙専用室に法令により指定された標識の掲示- 等

※喫煙室には20歳未満の者(従業員を含む)を立ち入らせてはいけません
※経過措置として、脱煙機能付き喫煙ブースを設置することが認められる場合があります

詳しくは、JTウェブサイトへ

JTでは、オフィスや飲食店の皆様などが分煙環境を整備する際、その方法についてアドバイスする「分煙コンサルティング活動」を無償で行っています。