オペレーターは秘書でコンシェルジュの役割
松尾陽子さんは豊田市で生まれ、豊田市で育ち、トヨタに入社。現在は名古屋のトヨタ・コネクティッドで部長職をしている。トヨタに入社後、経営企画部に所属し、その後、ITS(Intelligent Transport Systems)企画部を経てe-TOYOTA部に移る。
同部ではコネクティッドの前身にあたる「G-BOOK」と関わり、その後、トヨタ・コネクティッドに出向。主業務は顧客接点の担当。ドライバーを助けるオペレーターのまとめ役という説明がもっともわかりやすいだろう。
松尾さんが「つながるサービスの達人」なのは、彼女が統括しているオペレーター諸氏がいずれも達人だからだ。達人を指揮する達人で、いわば「勇将の下に弱卒無し」(蘇軾「題連公壁」北宋時代の詩)である。
トヨタ・コネクティッドのオペレーターは車に乗る人を見守る。車両の異常はセンターで把握しておりドライバーからの問合せに的確なアドバイスとサポートを行う。それだけではない。道案内をし、飲食店の場所を教え、ホテルの予約までする。事故の対応もする。
ドライバーにとってはナビゲーターであり、秘書であり、コンシェルジュだ。コネクティッドカーはトヨタだけではない。しかし、他社のそれとの決定的な違いはオペレーターサービスにある。松尾さんはそのすべてをわかっている。
トヨタ車の250万台がコネクティッド
――コネクティッドとは何か、どういった点が乗っている人の役に立つのかを教えていただけますか。
【松尾】まず、コネクティッドの役割は、私たちがお客さまの車、そしてお客さまご自身とつながっていることで、安心、安全なドライブを楽しんでいただくことです。
私の職場、コネクティッドセンターは、コネクティッドカーの顧客接点です。代表的なサービスは、車から直接リクエストにお答えする有人オペレーターサービスですが、コネクティッドをご利用いただくための顧客サポート全般を担っています。拡大していくコネクティッドカーに対し、デジタル技術活用による顧客接点の拡大と顧客体験の向上が使命と考えています。
――では、現在、トヨタの車のうち、どれくらいがコネクティッドカーになっているのですか?
【松尾】レクサス、トヨタあわせ250万台です。これからコネクティッドカーの普及に伴い、台数は大きく拡大していきます。
――オペレーターと常時、話すことができるのがトヨタのコネクティッドカーの特徴ですね?
【松尾】おっしゃる通りです。オペレーターの席数は約200席で、名古屋、埼玉、山形と3拠点で運営しています。年中無休、24時間、つながっていますから、オペレーターの人数は席数の1.5倍くらいでしょうか。ただ、コネクティッドには音声認識システムによる対話サービス、「エージェント」もついていて、お客さまは利用シーンで使い分けていらっしゃいます。
盗難などトラブルにも強い理由
【松尾】まず、車とつながるサービスで言えば、「eケア」があります。エンジンの異常などの故障が起きた場合、ナビゲーション画面に「警告ランプが点灯しました。オペレーターに確認してください。」というメッセージが出ます。
お客さまの車から連絡を受けたオペレーターは、オペレーションシステムで、お客さまの車にどのような異常が発生しているか把握し、走行可否や必要な対処をアドバイスします。さらにこの情報は、担当販売店にも同時に通知されていますので、私どもから販売店へお客さま対応を迅速かつ的確に引き継ぐことができます。販売店が対応できない深夜、走行に支障がある状況であれば、私どもからロードサービスの手配を行います。
――コネクティッドで気づくことのできる車の異常とは、どういったものでしょうか?
【松尾】エンジンの故障など走行をお控えいただくような異常だけでなく、ハイブリッドバッテリー冷却装置のフィルターの目詰まりなどメンテナンスのおすすめもアドバイスしています。
また、車が走っていない間もコネクティッドされています。ドアのこじ開けなどによりオートアラームが作動した場合、メールと電話で異常をお知らせしています。車から離れてしまっているドライバーはすぐ駆けつけることができず心配ですよね。その場合は、警備員を派遣することもできます。ドアのロックや窓の閉め忘れ、ハザードランプの消し忘れをお知らせする「うっかり通知」というサービスもあります。
――盗難された車を追跡もするのですか?
【松尾】はい、盗難車両はオペレーターがオペレーション端末で位置追跡します。車が停止し、エンジンがオフになった時点で、その場所をお客さまと警察に連絡します。
事故、急病には「ヘルプネット」で対応
【松尾】ドライバーが事故や急病にあった場合に備え、「ヘルプネット」というサービスがあります。ワンタッチボタンに加え、エアバッグ作動と連動し、自動的につながる機能があります。気を失われている、あるいは気が動転していて、どこにいるか、うまく説明できないといったシーンでも、現在地と車の特徴はセンターが把握しているので、そのまま警察、消防には必要なデータが連携されます。
――確かに、事故でケガをしている時に、携帯を出して「もしもし」なんてやっていられません。
【松尾】事故後の処理として、保険のデスクにも連絡が行くようになっています。ドライブ中に起こるさまざまなことをサポートできるのがコネクティッドカーの特徴です。
――あおり運転にあったといった危険な状況に陥った時も、ヘルプネットでいいのですか?
【松尾】はい、ヘルプネットに連絡していただければ、警察に通報することもできます。ただ、まだあおり運転の事例はありません。
「暴走族に囲まれて困っている」という通報はありました。緊急事態にワンタッチで警察・消防に通報できるということは、大きな安心につながります。
口頭で教えてもらえることのありがたみ
――では、いよいよ、オペレーターについての話です。実際にはどれくらいの方がオペ―レーターサービスを使っているのですか。
【松尾】レクサスのオーナーズデスクの場合でお応えします。
レクサスの契約者の方の半数は、年に1度以上、オペレーターサービスを使われています。平均すると年に4回ですから、結構使っていただいてると思います。
――音声認識のエージェント機能はどうですか? これも使う方は多いですか?
【松尾】今はスマホやスマートスピーカーで慣れ、音声認識を使う方は増えてきていると感じます。音声認識と意図解析技術は向上しており、細かな条件のないシンプルなリクエストには自然言語で十分答えられます。「駐車場のある」とか「今営業中の」「〇〇通り沿いの」というドライブ中ならではの条件で施設を絞り込むこともでき、インターネットの情報検索より便利ですよ。これはオペレーターサービスで培ったお客さまニーズを取り込んでいるともいえます。
ただ、飲食店などを検索する時、店名を曖昧にしか記憶していないと、音声認識だとヒットしにくい。また、「近くのそば屋を教えてほしい」といった場合、立ち食いそばの店が出てくることもあります。その点、オペレーターは、そば店を教えてくれと言われたら、駐車場があるのか、どういったそばを出しているのかまでオペレーターが調べてから返答します。
――乗っている人からのニーズが多いのは道案内ですか?
【松尾】そうですね。ナビの目的地設定が6割、交通情報や店舗情報のお調べが2割です。
――でも、交通情報はカーナビがあれば、解決できるのでは?
【松尾】ええ、でも、お客さまにしてみれば運転に集中したいのだと思います。お知りになりたい道路についてピンポイントでの確認依頼が非常に多くあります。
――オペレーター全国の道に精通しているのですか?
【松尾】業務の特性上、道路は勉強する必要があります。道路で特に難しいのは通称です。都内の環状7号線を「環七」というように、全国にその土地で使われる通称があります。
日ごろの勉強と想像力が必要な仕事だと思います。道路の通称だけでなく、地名や名所、名産など、知識があればあるほど余裕をもって対応できます。地理検定の資格を取って積極的に知識を増やしていくスタッフもいます。
想像力という点では、「一を聞いて十を知る」ことが得意な人が向いています。話し方や声のトーンで、お客さまの状況、期待されていることを思い描きます。「急いでいるな」「優先したい条件は何かな」といった事をお客さまの反応でくみ取り、臨機応変な対応ができることが目指す姿です。
――松尾さんも「一を聞いて十を知る」タイプですか?
【松尾】いえいえ、私はそうではありません、たぶん(苦笑)。当社には、そういうオペレーターが大勢います。
レストラン予約をご利用いただいたお客さまにアンケートを取った時、意外だったのは、20~30歳代の若い方のご利用がユーザーの年齢構成に比べ高かったことです。
休日、家族で行楽に行くと想像して、昼食をどうしようかとなった時、お父さんは運転しながら家族の意見を聞いて、にぎわう観光地のレストランを予約するのって大変ですよね。駐車場を探すのも一苦労です。楽しいドライブの時間をスマートフォンで情報検索して、お店に電話してということに使うのはもったいない。
――確かに、そうですね。
【松尾】加えて、人ならではの対応で気をつけないといけないことがあります。ネット上に情報は、充実してきましたがそれでも、今日、その情報が正しいとは限りません。例えば、今年のゴールデンウィークの店舗営業日は変則的でした。レクサスオーナーズデスクのレストラン紹介では、必要であれば、お店に直接電話で確認をします。お店と駐車場の位置関係、テーブル席か座敷か、小さなお子さま連れでも問題ないかなども状況によりヒアリングします。アナログですけれど、正確で確実、プラス気が利いている情報であることは、人が対応するサービスの期待値です。
そしてもう一つ、このサービスの難しいところが時間との戦いです。車って、あっという間に移動してしまうでしょう。
サービスを始めたころは、丁寧なあいさつ、言葉遣いを重視していましたが、お客さまアンケートで多くのお客さまから「丁寧さよりスピードを」と意見をいただきました。お客さまにとって大切な時間。今はお待たせしないこともおもてなしとして、失礼にならない程度に、できるだけ短いやりとりでお客さまのニーズを聞き出すことを重要視しています。集中力と高度なスキルが必要で、難易度は上がっています。
随分手間かかかることをしていると思われるでしょうが、コネクティッドが集積するビッグデータとIT技術の活用で人に頼る作業を自動化する技術開発も推進しています。オペレーターは、お客さまと気持ちを通わせること、すなわち期待に応えることと心を尽くすことに集中できるようにしていきます。
どうしても自分では使わない理由
――松尾さんご自身は通販サイトのオペレーターと話して、気になることはありますか?
【松尾】家電製品などの困りごとでカスタマーサポートに電話をすることがありますが、どうしても仕事モードになりますね。不具合は切り分けのヒアリングが重要ですが、話しの進め方に感心することが多いです。どのような情報を見て、教育はどうしているのかということが、問い合わせた困りごとより気になります。
業種は違ってもコンタクトセンターの仕事の基本は同じなので、他社さまとの交流は積極的に行い、参考にさせていただいています。
トヨタのコネクティッドの特徴は、「ヒューマンコネクティッド」、24時間365日、人とつながっているからこそのジャストインタイムサービス、「究極の安心」です。
あいおいニッセイ同和損保さんと「つながる保険」を共同開発したのですが、私は大ヒットだと思ってます。専用の自動車保険はコネクティッドの価値として、すごくわかりやすい商品ですから。
安全運転をしたら、保険料が割り引かれる。お客さまも、自動車会社も、保険会社も、みんなウィンウィンになるわけですから。
コネクティッドで事故を減らすのに貢献できるのはありがたいことです。
オペレーターの話に戻りますが、あいおいニッセイ同和損保さんの保険のコールセンターも品質が高いと思うんです。
事故のようなお客さまが動揺されるシビアな状況の時に、いかに落ち着いていただくか、心配を取り除くかというテクニックをお持ちだと思います。
――コネクティッドされていると、交通事故は減りますか?
【松尾】そうですね。急ブレーキ、急発進、速度超過をしているかどうかがわかるのですから、自分のスコアを見ることによって、安全運転を意識するようになると思います。これは「つながる保険」に入っていなくとも、コネクティッドカーの特徴のひとつです。ドライバーの運転傾向をもとに「エコな運転」「安全な運転」の2つの観点で採点とアドバイスをスマートフォンアプリで見られます。
――ありがとうございます。松尾さんご自身も乗っているのはコネクティッドカーですか?
【松尾】はい。レクサスのNXです。もちろんオペレーターサービスは使えます。
――使ってますか?
【松尾】いいえ、自分では使わないですね。
――また、どうして?
【松尾】オペレーターサービスを使いたいシーンはありますが、私が使うとオペレーターを占有することになりますから。お待ちになっているお客さまがいるかもしれないと思うと気が気でなくなります。どうしても仕事モードが抜けませんね。