ビジネスの現場で急速なデジタル変革が起きている一方、経理や財務などの間接業務の多くはいまだ手作業に頼る部分が大きい。デジタル化を浸透させるカギは何か。東京大学名誉教授の伊藤元重氏と、日本で法人・個人事業主向けの購買専用サイトAmazonビジネスを手がける石橋憲人氏が語り合った。

日本のデジタル化は周回遅れになっている

伊藤元重(いとう・もとしげ)
東京大学名誉教授、学習院大学国際社会科学部教授。
米国ロチェスター大学で経済学博士号(Ph.D.)取得。専門は国際経済学。東京大学大学院研究科長(教授学部長)、総合研究開発機構理事長などを歴任し2016年から現職。

【伊藤】デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、旧来の方法論を一新するものです。20年前、30年前にシステムを構築してしまった日本企業の場合、それゆえに新技術への対応が遅れてしまった印象があります。経済産業省が実施した調査(※)で、日本の経営者はビッグデータやAIなど新技術の導入に消極的だったのは有名な話です。その結果、日本のDXは周回遅れになっています。ただここにきて、「それではいけない」と意識を変えた企業が増えています。

【石橋】法人・個人事業主向けの購買専用サイトAmazonビジネスを展開する中で、米国は企業活動のあらゆる場面で、デジタル技術を生かした“無駄”の削減が進んでいると実感します。Amazonビジネスは、現場が必要に応じて経費で消耗品などを購入する間接購買の効率化を支援します。書籍や文房具などを購入した場合、通常の企業なら伝票を起こして、上長の印鑑をもらって、総務に申請するといった処理が必要ですが、Amazonビジネスなら承認フローが買い物の処理にあらかじめ組み込まれているため起票や申請の手間を省いて効率化できます。すでに米国では、多くの企業がAmazonビジネスを使って間接購買における作業負担の削減、言い換えればある種の“無駄”の削減を始めています。日本でも間接購買の“無駄”に対する課題意識は高まっていますが、本格的な改善に向けて悩みを抱えている企業が多いと感じます。

【伊藤】確かに日本企業、特に自動車メーカーなどでは、部品の調達を担う購買部門の意識は非常に高いのですが、日用品や書籍などの間接購買に対してはそこまでではなく、現場任せの部分があります。デジタル化やデータ活用も、売上に直結する生産現場への注目が高いですね。

【石橋】そうですね。ただ、これまで光が当たりにくかった間接購買のデータは、実は“宝の山”なんです。例えば欧米企業は購買データを分析し、複数の部門で同じ物品を購入していた重複などを洗い出し、無駄を削る試みを始めています。日本ではまだ多くの企業がその価値に気づいていないのではないかと感じることもあります。

敏感な経営者は意思決定が早い

【伊藤】我々が文房具を買ったり、本を頼んだりという小口での物品購入は、企業単位でみれば大きな出費になっています。そこにAmazonビジネスを生かせれば、業務効率化などいろいろなことができるというわけですね。Amazonは消費者が不便に感じているところを探して、システム化をするのがうまい。最初から企業向けの展開を想定していたのですか。

【石橋】いえ、むしろお客様のニーズによってサービスが進化した格好です。そもそもAmazonビジネスを開始する前から、企業の備品購入の現場で、Amazonは頻繁に利用されていました。例えば、社員が自分の個人アカウントで参考図書などを購入して、会社へ経費精算するのはよくあるケースです。そこから伝票を起こして精算をしていると、会社として「誰が、何を、いくらで」買っているのか把握しにくく、経費処理の手間もかかります。そうした不便を解消するサイトをつくろうと始まったのが、Amazonビジネスです。アカウントを社内で共有でき、経費精算の手間が省けるうえ、承認などにかかる時間の節約にもつながります。


企業購買の現場でAmazonが利用されているところから、Amazonビジネスの開発は始まった。無料で利用でき、法人価格でのディスカウントや承認ルールの設定、データ分析などが可能。

【伊藤】現場で働く人々の負担をいかに軽減するかを掘り下げていった結果、新たなサービスが生まれたのですね。先日視察に行った米国の医療機器卸企業でも、医師や看護師といった多忙をきわめる医療従事者のために、必要な消耗品を自動で補充するシステムなどが開発されていました。やはり、現場にこそサービスを革新するヒントがありますね。

【石橋】そのとおりだと思います。Amazonビジネスを導入いただいた介護事業者様からは、その都度買い出しに出かける手間がなくなり、介護サービスに時間をかけられるようになったとの声をいただいています。例えば七夕のイベントで笹が必要になった時も、これまでは近隣のホームセンターを巡って探していたところ、AmazonビジネスではPCの注文で完結でき、非常に助かったとのこと。忙しい介護職員の皆様の一助になったことをうれしく思います。

【伊藤】日々の間接業務の負荷が軽減することで、現場がより顧客目線でサービスに注力できるメリットもあるということですね。ただ先ほど申し上げたように、日本企業は既存のシステムが完成されているし、業務フローもできあがっている。新興企業は身軽な一方、レガシーのある大企業で変化を起こすのは難しいのではないですか。

【石橋】固定化したプロセスを変えるには労力がいりますが、Amazonビジネスがサポートするのはあくまでも間接業務の効率化であり、企業の本業にかかわるプロセスを変えるものではありません。間接業務の改善ができれば、従業員の皆様は本業にもっと専念できます。大企業でも人材活用の重要性に気づいている経営者の方は、意思決定が早い。商談そのものは数十分で終わることもあります。

既存システムとの摩擦が少ない設計

【伊藤】「人にしかできない業務」に資源を集中するために、テクノロジーを柔軟に取り入れる――。あらゆる企業にとって重要な経営課題です。欧米の小売り店舗では無人レジ化や電子レシートが普及しキャッシュレス・ペーパーレスが進んでいますが、これらも限りある人材を、接客などより付加価値の高い仕事に振り向けるためです。

石橋憲人(いしばし・のりひと)
アマゾンジャパン合同会社 ディレクター、Amazonビジネス事業本部 事業本部長。
1993年一橋大学商学部卒。経営コンサルティング会社で石油会社や自動車メーカーなどの事業戦略、業務改善戦略の策定に携わる。2010年にアマゾンジャパンに入社。18年6月より現職。

【石橋】特に人手不足が深刻化している今、経営者の皆様は生産性向上への関心を高くお持ちですね。一般に保守的と言われる業界や企業でも、既存業務の“無駄”をなくす方向へ変化しているなと感じます。

【伊藤】何か新しいことを始める際、投資や制度変更がほとんど必要なく、既存システムとの摩擦が生じにくい設計になっているテクノロジーは取り入れやすい。これはすごく重要です。

【石橋】Amazonビジネスは導入無料で、面倒な手続きもありません。従業員の皆様はこれまでのようにPCやスマートフォンを使えば、Amazonビジネスにラインナップされている多種多様な商品をすぐにご注文いただけます。その強みをうまく使っていただいた事業者様の一つが、星野リゾート様です。これまでは満足のいく品質のインテリアや季節行事の雑貨が思うように見つからず、地方から東京に買い出しに行ったりと、探して購入するのに時間がかかり、苦労されていたそうです。Amazonビジネスは取扱商品数が数億種類あるので、しっかりとこだわりの世界観にマッチするものが購入できるようになったとのこと。また配送スピードも評価いただき、急に補充が必要になっても対応できるとおっしゃっていただいています。全社規模でAmazonビジネスを導入いただいた結果、お客様との接点が増えることでホテル、サービスの質が上がり、さらなるおもてなしにもつながっているとのことです。

【伊藤】急速に技術革新が進む時代には、自前のシステム構築にこだわらず、既存のサービスをビジネスにうまく生かしていくべき。戦略性のある経営者ならば、すでに市場にあるテクノロジーを使いこなすことで、人材や時間、資金などの資源をより独自性の高い事業領域に投じ、本業を強化していくでしょう。

【石橋】消耗品や備品を購入するたびに、現場のスタッフが買い出しに行き、さらに伝票を起票して、経費申請して、承認を経て……こうした何重もの作業を、Amazonビジネスで減らすことができ、より本質的な業務に集中できるようになったという事業者様が増えています。さらに、Amazonビジネスに蓄積されたデータを活用した戦略的な購買や、複数店舗の集約管理、ガバナンスの強化など、さまざまな展開にもつながります。“無駄”の削減がひいては、本業の価値向上につながると思っています。さまざまな生産性向上ツールの一つとして、Amazonビジネスを活用していただけるのが理想です。

(※)出典:経済産業省「平成28年情報処理実態調査」