「8速ATがもたらす力強くスムーズな加速が魅力」「静粛性と快適性が向上した」「らしさを踏襲しつつも各部の進化を感じた」――。今年2月に発売された三菱自動車の新型「デリカD:5」が好評だ。かねてより「一度デリカに乗った人は、またデリカを選ぶ」と言われ、コアなファンを持つクルマとして知られるが、ここにきて新たな支持層も獲得している。このデリカ、初代モデルが誕生したのは1968年。昨年が50周年である。長い歴史を重ねながら、ほかに比較すべきクルマが見つからない。そんな独自の立ち位置を保ち続けている理由はどこにあるのだろうか――。
2019年2月発売のオールラウンドミニバン 新型「デリカD:5」。

時代の変化やユーザーのニーズに敏感に反応

名前の由来は「デリバリーカー」。誕生以来、デリカの根底にあるのは「様々な道路状況において、確実に乗員や荷物を目的地まで運ぶ」というコンセプトだ。1968年、キャブオーバータイプの小型4輪トラックとして「デリカトラック」が誕生し、翌年には「ライトバン」「ルートバン」「コーチ」とラインアップを拡大する。

1968年に発売された「デリカトラック」。このクラスのトラックではボンネットタイプが圧倒的に多い中、積載能力のアップや居住性に配慮してキャブオーバータイプを採用した。
大谷洋二
三菱自動車商品戦略本部
チーフ・プロダクト・スペシャリスト

さらに70年代に入ると、71年に新開発のエンジン(86馬力)などで性能を大幅にアップした「デリカ75」が発売され、72年にはそれをベースにポップアップ式ルーフを装備した「デリカキャンピングバン」が登場する。時はオートキャンプが市民の間に広がり始めた頃だ。「時代の変化やユーザーのニーズを敏感にとらえ、新しい価値を提供する。そんなデリカの基本姿勢は当時も今も変わることがありません」と言うのは、三菱自動車商品戦略本部チーフ・プロダクト・スペシャリストの大谷洋二氏だ。現在発売中の新型「D:5」の商品企画を担当した人物である。

71年に発売された「デリカ75」(写真左)。パンフレットでは、「『9人乗り乗用車』のデラックスワゴン」と紹介。72年には、ポップアップ式ルーフを備えた「デリカキャンピングバン」(写真右)が登場。

その大谷氏が、デリカ50年の歴史における大きなエポックとして挙げるのが、2代目デリカ「スターワゴン」への4WDの搭載だ。「人気(スター)」のワゴンを目指し、79年、フルモデルチェンジによって誕生した「スターワゴン」は、オートマチックトランスミッション仕様の追加、パワーステアリングの装着、反転式対座シートの採用(いずれも81年)など、独自性に磨きをかけていた。その上で、82年に4WD車を投入したのである。

79年に発売された2代目デリカ「スターワゴン」。反転式対座シート、マルチサウンドコンポなどを装備した。

「ワンボックスタイプでは日本で初めての4WD車です。ではなぜ、当時の開発陣は他社にないクルマをつくろうと考えたのか。それは、『様々な道路状況において、確実に乗員や荷物を目的地まで運ぶ』という原点を追求した結果だったに違いありません。三菱自動車は50年代より4WD技術を手がけていました。“様々な道路状況において”をより高いレベルで実現するなら、これを生かさない手はない。スターワゴンに搭載された4WDシステムは、初代パジェロと同じものです。まさに培ってきた技術の結晶でした」

82年、「スターワゴン」に4WD車をラインアップ。先行して発売されていた「パジェロ」と同じパートタイム方式(2WD、4WDが切り替えられる)の4WDシステムが採用された。

着々と経済成長を遂げていた当時の日本。83年の「国民生活に関する世論調査」(総理府)では「今後、生活のどのような面に特に力を入れたいか」の問いに対し、「レジャー・余暇生活」と答えた人が最も多かった。デリカもそうした社会の空気を察知していたわけだ。「ワンボックス×4WD」というほかにないクルマが誕生したのは結果であり、独自性を狙ったわけではない。あくまで目的は、時代が求めるクルマを提供することだったのだろう。

“ライフスタイル”に寄り添うクルマ

唯一無二、真の意味でユニークなワンボックスカーとして大きく支持を広げた「スターワゴン」。86年には7年ぶりのフルモデルチェンジを果たし、「スターワゴン」の名前はそのままに3代目デリカに生まれ変わった。このモデルでは軽量化やボディ剛性に配慮し、新たにモノコックボディが採用されている。

86年発売の3代目デリカ「スターワゴン」。フロントガードバーなどを装着し、より精悍なイメージに。91年、4WD車には高度計、傾斜計、内外気温計からなる3連メーターを装備した。

「3代目デリカでは、キャブオーバーワゴン4WDのリーダーカーという地位を確立するため、徹底したオフロード性能と快適性の追求が同時に行われました。ここで見逃してはならないのは、例えばボディやサスペンションなどの開発です。4WDシステムそのものの性能アップはもちろん重要ですが、それが生み出す駆動力をしっかりと路面に伝えながら快適なキャビン環境を維持するには、ボディ剛性を高いレベルで保って、サスペンションが十分に機能できるようにしなければなりません。3代目に限らず、これはデリカにとって一貫して重要なテーマなのです」と大谷氏は言う。いかに各パーツを緻密に連動させ、1台のクルマに仕上げるか。そのこだわりこそが、クルマそれぞれの個性を生み出しているのである。

揺るぎない原点を持ちながら進化を続けるデリカを、大谷氏は乗る人のライフステージ以上に、“ライフスタイル”に寄り添うクルマと表現する。「一般に自動車は、ユーザーのライフステージに応じて選ばれる側面があります。若いとき、結婚後、子どもが生まれてから、そして子どもが独立してから――。それぞれのステージでクルマを変えていく人は少なくない。もちろんデリカも、そうした流れの中で選ばれることはあるでしょう。しかしそれ以上に、自分のライフスタイルに合致するかどうかを重視している人が多いように感じます。キャンプに、スキーに、釣りに――。そんなアクティブな生き方を大事にする人がデリカを選んでいる。実際、購入層は若者からシニアまで非常に幅広いのがこのクルマの特徴です」。

94年に登場した4代目デリカ「スペースギア」も、“ライフスタイル”に寄り添うクルマに違いない。その名前は、日常生活やレジャーのための身近な“道具”(ギア)感覚で愛情を持ってもらえるように、と付けられた。カタログには、「提案!新RV.」「乗る人みんなを、心からくつろがせる」といった言葉が添えられている。

大きなリニューアルポイントとしては、エンジンを従来のフロントシート下からノーズ部に収めた点が挙げられる。これによって前面衝突安全性を大幅に向上させた。そして技術面では、4WD車においてパジェロで好評のスーパーセレクト4WDを採用。走行中、状況によって2WD、4WDを切り替えられるシステムが人気を博すことになる。

94年発売の4代目デリカ「スペースギア」。前席から後席へのウォークスルーを実現。4つの走行モードを持つスーパーセレクト4WDも採用された。

揺るぎない原点を守るために――

そして「スペースギア」発売から13年後の2007年に登場したのが5代目デリカ「D:5」だ。開発テーマは、“ミニバンの優しさ”と“SUVの力強さ”の融合である。「このリニューアルもデリカにとっては大きな変革だった」と大谷氏。「燃費や環境性、衝突安全性などへの要請がますます強まってきたのがこの頃です。そこでデリカとして初めて乗用車系のプラットフォームを用い、FFベースの電子制御4WDを採用しました。またボディ構造として、環状骨格構造の『リブボーンフレーム』を新開発しています」と言うとおり、技術面で大幅な刷新が行われた。

2007年発売の5代目デリカ「D:5」。直線基調のデザインにより、機能的で端正な外観に。肋骨を思わせる新開発の環状骨格構造「リブボーンフレーム」で高剛性ボディを実現した。

そうして手に入れたものが、オンロードでの快適な走りとオフロードでの抜群の走破性、この2つの高次元での両立だ。4WD車といえば雪道や悪路がイメージされ、事実そうした場面で強みを発揮することに間違いはない。しかし三菱自動車にとっての4WDは、特別な運転技術を持たない人でも、どんな場所でも、快適に安心して運転できるようにするための技術なのである。

50年を超える歴史を持つデリカの本質とは何か。それは一言でいえば、“守るべきものを守る、そのために変えるべきものは変える”ということになるだろう。「様々な道路状況において、確実に乗員や荷物を目的地まで運ぶ」。デリカがデリカである限り、この原点が揺らぐことは決してない。ただ、それを実現するための技術、デザインがあれば迷わず取り入れるということだ。

大谷氏は言う。「実はデリカというクルマは、新しいモデルを発表するごとに『これはデリカじゃない』、そんな言葉をお客様から少なからず頂戴します。しかし、実際にクルマに触れ、シートに座り、そして運転していただくと、『やっぱりデリカだ』と言っていただける。今年2月に発売した新型「D:5」もまさにそう。現在、着々と“らしさ”を評価する声が集まってきているところです」。

新型「D:5」では、三菱自動車のフロントデザインコンセプト「ダイナミックシールド」や縦型のマルチLEDヘッドライトを採用。特徴的なエクステリアが印象的だ。また、インテリアの質も一段と高まった。

どうしてデリカは、ほかに比較すべきクルマがないといわれる唯一性、独自性を維持し続けることができるのか。鍵を握るのは、“時間の積み重ね”だろう。どんな自動車メーカーも今から50年前に戻って開発を始めることはできない。時代の変化や乗る人の思いを汲み取りながら重ねてきた進化の過程を他社が手に入れることはできないわけだ。一方で、デリカをデリカたらしめているのは、そうした積み重ねにほかならない。

現状の最高到達点である新型「D:5」が、時代のニーズにどう適応したのか。確かめてみる価値がありそうだ。