1936年の創業以来、スパークプラグを製造し、自動車や半導体に欠かせない部品、各種工具を提供してきた日本特殊陶業。近年は医療、環境・エネルギー、次世代自動車といった分野にも事業領域を広げている。さらに昨年、シリコンバレーに新規事業の開拓拠点「ベンチャーラボ」を設立。スタートアップ企業などとのコラボレーションの機会を探る。同ラボの責任者を務めるティベット・クレッグ氏と、アーティストのスプツニ子!氏に、異なる文化を持つ相手とコラボレートする秘訣やイノベーションの方法論について語ってもらった。

大切なのはルールよりも本質

――まずはクレッグさんから日本特殊陶業という会社について説明してもらえますか。

【クレッグ】日本特殊陶業は、1936年に創業した総合セラミックスメーカーです。さまざまな素材を混ぜ合わせて緻密にコントロールすることで、非常な高温など厳しい環境にも耐える材料をつくり、エンジンのスパークプラグや排気ガスセンサ、半導体パッケージ、機械工具などを提供してきました。私は米国で入社して20年になりますが、品質にこだわり、お客様の要望をよく聞いて、技術の力でニーズに応えていく、そんな真面目な会社だと思っています。

【スプツニ子!】事業内容を拝見して、実は“理想の彼氏”みたいな会社だなと思いました。幅広い分野に製品を提供され、目に見えない部分で活躍している。職人的な魅力がありますよね。医療や次世代自動車など新しい分野にも力を入れ、陰の立役者として確かな技術で支えてくれる、頼りになる存在だなと感じました。

Tibbetts Craig(ティベット・クレッグ)
日本特殊陶業株式会社
Venture Lab Chief

米国の大学で機械工学を学んだ後、3年間日本に滞在。1999年に日本特殊陶業グループ北米拠点の米国特殊陶業に入社する。同社で技術サポート、技術営業を担当した後、テクニカルセンター長に就任。2018年より同社ベンチャーラボの責任者として、スタートアップ企業とのコラボレーションなどを手がける。

【クレッグ】うれしいですね。私もスプツニ子!さんについて少しリサーチさせてもらったのですが、大学では数学とコンピュータサイエンスを学ばれたんですよね。

【スプツニ子!】両親が数学の研究者で、家にコンピュータがたくさんあったんです。私はゲームをするより、コンピュータ自体をいじるほうが面白かった。

コンピュータサイエンスの、自分の考えを形にして新しいプロダクトやサービスをつくっていくクリエイティブな部分に引かれ、大学では数学とコンピュータを両方学ぶことにしました。

【クレッグ】実は私が大学で機械工学を専攻したのも、自分の手で何かをつくり出せるのが面白いと考えたからです。

――二人とも「新たなものを生み出す」ことへの関心が共通点。そこには、独創性が求められます。スプツニ子!さんは大学卒業後、アートの道に進みオリジナリティあふれる作品を生み出しています。

スプツニ子!
アーティスト

ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年から4年間、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教を務める。テクノロジーによって変化する社会を考察・議論するデザイン作品を制作し、2017年 世界経済フォーラムの選ぶ「ヤング・グローバル・リーダー」に選出。著書に『はみだす力』。

【スプツニ子!】作品を見た方から「人と違うことをする秘訣は?」と聞かれることも多いんですが、私自身は独創性自体を狙っているわけではないんです。「これをやると面白そう」「何かが変わる」と思ったことを素直に形にするようにしている。それが、はみ出して見えているんだろうと感じています。

世の中には、企業内のルールや経済のルールなど、さまざまなルールがありますよね。でも、当たり前だけど大事なのはルールより本質なので、人の声に惑わされずに自分が正しい、面白いと感じられることを実行していこうと常に思っていました。

【クレッグ】そうですよね。場所や時代でルールも変わる。ベンチャーラボの責任者になって、スタートアップ企業の方と多く付き合うようになったのですが、やはり私たちとはルールについての考え方が異なります。スタートアップ企業ではルール自体多くないですし、目標達成の邪魔になるなら必要ないという感覚を持っている。ベンチャーラボを通じて、歴史ある日本特殊陶業にそうした視点ももたらせたらと思っています。

100%コントロールしようとしないことでうまくいく

――異なるバックグラウンドを持つ人とのコラボレーションを通じてイノベーションが生まれるというのは、ビジネスでもアートでも変わりないと思います。スプツニ子!さんも作品制作でさまざまな方とコラボレートされていますね。

【スプツニ子!】やはり個人でできることには限界があります。有り難いのは、作品の構想が固まって、さまざまな分野の協力者を募集すると、内容に共感した多くの人が集まってくれること。「自分もやりたい」と参加してくれるそのパッションがうれしいですよね。

【クレッグ】そこでスムーズに制作を進めるために気をつけていることはありますか。

【スプツニ子!】物事を100%コントロールしようとしないことです。基本的な方向性を決め、その哲学を伝えたら、後はみんなで考えようというスタンス。アイデアを出してもらうのも歓迎で、仮にそのアイデアがすべて理解できなくても、3割は取り入れてみるようにしています。その方が結果として作品の質が上がることも多い。アートに限らず、人の生活や考え方を変えるようなイノベーションは、分からないことに飛び込んで、それを取り入れていくことで生まれることが多いと思います。

【クレッグ】「全部コントロールしようとしない」という言葉はインパクトがありますね。プロジェクトではどうしても、事前に決めた方法に沿って進めたいと思いが強くなってしまう。でも自分が完全にコントロールしてしまうと、それはコラボレーションではなくなってしまいます。

【スプツニ子!】メンバーが、「自分もチームの一員として、裁量を持ってプロジェクトを引っ張っているんだ」と感じると、やりがいを持って、アイデアもどんどん出てきます。

【クレッグ】せっかく一緒に働くなら、メンバーそれぞれの力を生かすべきですよね。全員が同じ目標に向かって歩いているのであれば、個人がある程度自由に動けるような環境をつくることが大切だと感じます。

――ベンチャーラボでも、そんなスタンスで仕事を進めていらっしゃると。今後はどんな形で活動を進めたいと考えていますか。

【クレッグ】今はモノづくりでも、ハードウェア単体で完結するものは多くありません。シリコンバレーには、全世界から先進的な企業が集まる。そこで当社のハードウェアの技術と、他社のアイデアやソフトウェアを組み合わせ、新事業の種を見つけていければと考えています。

ある程度の規模の企業がスタートアップ企業と協働するとなると、上下関係でとらえがちですが、異なる力を持つ企業との間に上下はありません。相手のために何ができるか、どうすれば貢献できるかという視点も大切だと思っています。

【スプツニ子!】win-winでなければコラボレーションの意味がないと。

【クレッグ】そのとおりです。出資というのも一つの方法ですが、信頼関係を深め、共同開発などができる環境を整えていきたいですね。

――スプツニ子!さんは、今後の目標はありますか。

【スプツニ子!】これまで、社会に対する自分の「問いかけ」をアート作品として発表してきました。今後は「アートだけれどビジネス」「アートだけれどもサービス」といった形で提供することも考えています。

【クレッグ】楽しみですね。そうした新しい発想はどこから生まれてくるんですか。

【スプツニ子!】日常生活、あるいは社会を見て感じるちょっとした違和感から発想を得ることが多いですね。私は「面倒くさいイノベーション」と呼んでいるのですが、「これは我慢できないな」「これは面倒くさいな」と感じることがあったら、“受け入れる”のではなく“変えてやる”と思う。そうすれば、それは全部イノベーションの源になるんです。

【クレッグ】歴史のある企業では、既存の流れの中で物事を受け入れてしまうということも少なくないと思います。私たちベンチャーラボが、それを変える一つのきっかけになればと思っています。

日本特殊陶業にとって80年以上の歴史は大切なものだけれど、時にはそれを打ち破って、新しいものをつくっていく必要がある。当社と文化の異なる企業との協働には正直怖さもありますが、自分にはない視点に触れながら、新しいパートナーと新しい製品やサービスを生み出すというのは、すごくやりがいのあることです。協働する企業の方、当社のスタッフ両方が、ワクワクしながら仕事ができる環境をつくって、さまざまなことに挑戦していければと思っています。

様々な分野で活躍する、日本特殊陶業の技術を紹介中 >>

(衣装)
シャツ ¥68,000 スカート ¥68,000
共にビューティフルピープル
問い合わせ先
ビューティフルピープル銀座三越
03-6271-0833