「HaaS」の発想で技術の使い方を考える
【石渡】いまや社会ではIoTやAIの導入がどんどん進んでいます。この変化に応じ、URでも全国約1600カ所、計72万戸に上るUR賃貸住宅、いわゆる団地をいかに進化させていくか。これが大きな課題です。住空間のハードづくりには経験豊富なURですが、団地への情報技術などの導入となると羅針盤がありません。そこで1年ほど前、坂村先生のINIAD cHUBと共同研究を始めさせていただくことになりました。
【坂村】その羅針盤をつくるにあたって、何より大事なのが「人間の視点」で考えることです。住まう人が基本というのは当然ではありますが、実際に研究開発を始めると「技術の視点」で物事を考えがち。それだと、本当に役立つものがなかなか生まれてきません。
すでにシェアリングサービスやキャッシュレス決済は世の中で当たり前になり、若い世代は学校でプログラミングを勉強する時代です。さらに10年経てば暮らし方、働き方は想像できないほど変わっているでしょう。IoTやAIの活用もそうした人や社会の変化を前提として検討していく必要があります。
【石渡】おっしゃるとおりです。私たちURもいわゆるスマートハウスの開発を目指しているわけではありません。団地、さらにはその周辺地域と最新のテクノロジーを掛け合わせることで、新しいライフスタイルやワークスタイル、コミュニケーションの形を提案していきたい。パラダイムシフトをリードしていきたいと思っています。
【坂村】そうしたチャレンジを行う場として、URの団地は絶好といえますね。郊外の豊かな環境に立地する団地も多く、実際に大勢の人が生活を送っている。現在の日本の縮図ともいえる側面を持っています。ではそこで、どんな発想のもと技術を取り入れていくか。私は、“as a service”の考えが欠かせないと思っています。例えば交通業界ではMaaS(Mobility as a Service サービスとしての移動)という言葉を使いますが、URに求められるのはHaaS(Housing as a Serviceサービスとしての住まい)ということになりますね。
【石渡】さまざまな先端技術を上手に活用したサービス、ソフトによって生活環境を変革していく──。HaaSは、まさに私たちが目指す方向性を端的に示す言葉です。例えば、通信環境の整備で自宅でのリモートワークも実現しやすくなります。夫妻で育児をしながら、郊外の自然に恵まれた環境で仕事を続けられる。少子化対策にもなるでしょう。団地の集会所の一部をコワーキングスペースにして、遠隔会議システムなどを整え、シェアリングすることも考えられます。
そのほか、魅力の向上、安全性の確保、多様性への対応といった方向性でさらに視野を拡大していき、人が輝く住まい方を模索していきたいと思っています。
「連携」を大事にして団地の未来をつくり出す
【坂村】今後、私たちが研究を進めていくにあたって、鍵となるのはさらなる「連携」「つながり」だと思います。グローバルで新たな技術やノウハウがどんどん誕生する今の時代、情報を囲い込んでもできることは限られている。オープン・アーキテクチャで物事を進めていくことが重要です。URには、ぜひつながりたい企業や組織がつながりやすい場を提供してほしい。
【石渡】2030年の住まい方を探っていく私たちのコンセプトは“Open Smart UR”です。団地という場から日々生まれる“ビッグデータ”を囲い込んでしまっては確かにもったいない。実際、近年はURもオープンになり、外部との連携が盛んです。こうしてINIAD cHUBと連携させていただいているのも、もちろんその一環。今後、モデルとなる住戸をつくって、そこを考える拠点、情報発信の拠点にしていきたいと考えています。
【坂村】とても重要ですね。技術の世界で新しいことをするとき、抽象論、概念論ではうまくいきません。やはりリアルと紐づけてこそ見えてくるものがある。その意味でモデルを提示する意義は大きいと思います。
【石渡】事例があることで、何が良くて、何が悪いのか、課題解決に向けた議論も深まるはずです。
【坂村】それを知った企業が、さらに議論に加わる。そうした流れもつくることができればいいですね。
【石渡】1600カ所、72万戸もの賃貸住宅団地のストックは半端なスケールではありません。多くの企業に“Open Smart UR”への取り組みに参加していただき、URが持つ団地を活用することで、むしろ各社ご自身の可能性を広げてほしいです。そうした連携がURの団地の範囲を超えて、地域、さらには日本全体の新しい居住機能・住環境の創出へと、発展していけばと思っています。
【坂村】URと同じように、現在多くの企業がオープン戦略を選択し、連携を重視していることは確かです。これからの団地のあり方、そこでの住まい方についても、多様なつながりが、多様な可能性をもたらすことになるでしょう。いまURは、住宅というハコを提供するレベルから脱し、ハコ以外で社会に貢献しようとしている。URの歴史における大きな転換点に、私も立ち合っています。“Open Smart UR”が成功して振り返ったとき、今年2019年が重要なエポックメイキングの年であるよう、研究会での連携をいっそう強くしていきましょう。